3 本物の始まり


 高校に入学してはや数か月、俺——伏野白斗ふしのはくとはそれなりに充実感を感じる高校生活を送っていた。


 昔から顔が良いと褒められてきた。母親譲りの美形な顔は、幼稚園生のころはそこらの女子園児を置き去りにする可愛さで褒められまくり、小学生に上がれば毎年大量のチョコをいただくことになった。

 中学に上がってからは父親の遺伝子が仕事をしたのだろう、身長も高くなりはじめイケメン度合いにますます磨きがかかった。そんな中学生時代は変に斜に構えていたせいで彼女はおろか友達もかなり少なかった。まぁ、周りから持ち上げられすぎて若干人間不信になっていたせいかもしれないが……


 だからこそ高校では友達を作ることを目的として自身を変えた。

 変えたといってもいわゆる高校デビューのようなことはしていない。髪も染めていないし、ピアスもあけてない。ただ、人と話すことを心掛け、その際によく笑うようにするだけ。


 中学時代にいた数少ない友達であった男のアドバイス曰く、


「お前は顔が良いけどな、そのせいで置物じみてるっていうかなんというか、下手に触れちゃいけないみたいな感覚を持ってるやつが多い。だから、お前から話しかけろ、話すときによく笑ってみろ。そーすりゃ変わるよ」


 友達の言葉を信じるならば、たったそれだけで俺の目標は叶うらしい。

 正直、怪しかった。一部を除き自身の周りには、遠巻きに腫物のように扱う勢力と、アイドルや神のように扱ってくる勢力、という二極化した人達しかいなかったためである。そんな人たちがこんなことで変わるとは思えなかったから。


 ただ、結果は今の状況を見る限りそのアドバイスは正しかった。今や学校ではよく話しかけられ、今日は昼食を一緒にとって放課後にカラオケに誘われた。大躍進である。


 ありがとう。難波なんば、お前が正しかった。


 そんなこんなで今はカラオケからの帰り道。アイスでも買おうかと途中のコンビニに寄っていた。


 ケースの近くで中身を物色していたその時、突如地面が揺れた。

 最初はただの地震かと思ったが、明らかに今まで体験したモノとは揺れの大きさも時間も違う。

 間違いなく大地震のため少し焦りはするが、それでもしばらくすれば収まるはず。そう思ってケースにしがみついて転倒しないようにする。

 しかし、揺れが収まることはない。さすがにおかしいと感じ始め店の出口に向けて足を進めようとしたその瞬間、地面が、消えた。



 ―——————————————



「———っか!大丈夫か!?おい!大丈夫か!?」


 耳元で大きな声がして目を覚ますと、おかしな光景が広がっていた。


 うん……森だ……


「え?森……?」


「よかった!意識はあるみたいだね」


 先ほどから耳元で大声を出していたのはおそらくこの人物だろう。

 今は、ほっとした表情をしながらこちらをのぞき込んでいる。


「えっと……ここは……?」


「わからない。地震で揺れていると思ったら気づいたらここにいて……君はコンビニに入っていたお客様でしょう?」


「はい」


 声をかけてくれていたのはコンビニの制服を着た中年男性だった。


「巻き込まれたのは私と君と、もう一人店内にいた友禅ゆうぜんさんだけだ」


 そう言われて周りを見渡すと、木のそばに同い年くらいの若い女性の店員さんが立っていた。


 目が合ったので会釈をしておく。もちろんスマイル付きである。

 トリアエズ、エガオ、ダイジ



 すると突然店員さんが血相を変えてこちらに走ってくる。

 そしてそのまま突き飛ばされた。


 ……なぜだろう。そんなに気持ち悪い笑顔をしたつもりはない。なぜだかわからない。本当に心当たりがなさすぎる。



 いきなり突き飛ばされて困惑したが、その理由は次の瞬間判明した。

 俺が突き飛ばされた位置、数瞬前まで自分の体のあった位置を大きな黒い影が通り過ぎる。

 影は通り過ぎた後ゆっくりこちらに顔を向ける。


 見た目は犬というより狼にのような厳つさがある。ただし、その大きさはかなりでかい。おそらく全長2メートルを超えるし、全高も1.5メートル近くあるように見える。


 守ってくれたのだろう。おそらくだが、あの若い女性の店員さんは狼が来るのがわかったから。それがたまたま目が合ったタイミングと同じだっただけで……


「あ、ありがとうございます」


「いえ、それより、その傘貸してもらえます?」


「え?あ、はい、どうぞ?」


 朝の時間帯は雨が降っていたので持っていた傘を要求され、おとなしく渡す。そうして女性は受け取った傘を構える。



 戦う気なのだろうか?それとも威嚇用で追い払う気なのか?あの巨大な狼を?どうやって?それはあまりにも危険すぎるんじゃないか?


 いろいろな思考が混雑する中、相手の動きに合わせて、少女と呼べる見た目の店員は巨大な狼に向かって駆け出した。

 狼もまた少女に向かって駆け出す。その巨体にふさわしい爪と大きく開いた口から覗く牙をちらつかせながら、目の前に走りこんでくる生物を物言わぬ肉塊にせんと猛然と地面を蹴る。


 これが殺気と呼ばれるものなのだろう。自身が狙われているわけではない。おそらく狙われているのは傘を握った少女の方だ。しかしそのうえで感じる恐怖。確実に命を狙いに来る猛獣の畏怖を叩きつけられる。


 一人と一匹の距離は数秒で詰まる。


 交錯の瞬間。少女がとった行動は急制動をかけつつ、回転。勢いそのままに突っ込んでくる巨狼の右前足を、回転しながらふるった傘で的確に払いのけつつ、その進路からは少し外れた位置に体をずらし込んだ。

 

 それでもひるむことなく少女に食って掛かろうとする巨狼に対して、少女はすでに払っていた傘を自身の体のそばに引き寄せ、構えをとって迎え撃とうとする。

 半身になって傘を持ち、右手を前に左手は傘の柄の底に添える形をとっている。


 その構えから繰り出されるのは――突き


 少女を噛み殺さんとする巨狼の、その大きく開いた口に吸い込まれるように撃ち込まれた傘は、当然のことながら先端が鋭利な刃物のようになっているわけではないのにもかかわらず、狼の殺意を乗せた加速と、少女の体重を乗せた突きによって、狼の喉から眼球を貫くという結果をもたらした。






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先輩(6年前の姿):未知の状況で迷わず戦うタイプ

         強い


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