2 家


「中継で会見の様子は確認していましたが、おかしな点はありませんでしたよ。安心してください」


 車を運転している男——鵜飼うかいは運転中であるため、前を向いたまま告げる。


「ありがとうございます。鵜飼さん」


「そろそろ家につきます。ネクタイぐらい緩められても誰にも責められやしませんよ」


「いえ、やるからには徹底的に、ですから」


「ハハ、そうですね」


 やるからには徹底的に、その言葉を発した者も聞いたものも同じ人物を想像する。

 この言葉は、二人の共通の知り合い、かつどちらにとっても恩人である女性の口癖のようなものである。

 だからこそこれ以上は何も言わない。その言葉が意味することは二人とも知っているのだから。


 ———————————————


 家につく。車に乗ったまま地下にある駐車場まで進み、停車したところで二人ともが車から降りる。


「荷物お持ちしますよ」


「ありがとうございます鵜飼さん、じゃあこっちの荷物をお願いします」


 白斗はくとの持ち物は書類関係の入ったカバンと離さずに持っている一本の刀剣である。

 そのうちカバンの方だけを預ける。


「それといつも申し上げてますが、私のことは鵜飼さんではなく呼び捨てで構いませんよ」


「いや、普通に抵抗あるんですよね。なのでこれからも鵜飼さんって呼びます」


 自身のことを呼び捨てで大丈夫というこの男——鵜飼典敏うかいのりとしは今年で56歳。

 6年前からの付き合いはあるが、今年22歳の自分が呼び捨てで呼ぶのは当たり前だが気が引ける。

 ちなみに鵜飼は一応この家の執事ということになっている。というか本人がそう名乗っている。名乗った経緯は単純に本人が執事をやってみたかったから。実際の仕事は各種連絡、家の設備の管理、装備や成果物の管理保存、資産管理、などなど多岐にわたる。

 そもそも探索者としても2級ほどの実力があり、かなり強いが、本人は年齢を理由に探索には出ずに後方での支援を仕事としている。

 出会ったときからそうだった。この男はずっと誰かをフォローすることが非常にうまかった。一時はその在り方を目標としたこともあるほどに。


  ―――――――――――――――


 6年前——世界が変わる迷宮ダンジョン化の災害が初めて起きたとき、二人は同じ場所で最初期の同時多発迷宮化の現場の一つに巻き込まれた。

 正確には二人だけではなくもう一人、少女が同じ迷宮ダンジョンに巻き込まれた。世界全体で前例のない現象。何とか切り抜けた後も世界は混乱の渦に包まれており、まさに混沌と呼べる世の中となっていた。


 白斗も鵜飼も迷宮ダンジョンの中では少女に助けられた。何度も何度も。まさに命の恩人である。そしてその少女のために自身の道を決めた。

 少女のための英雄になる。民衆のための英雄になどなるつもりはなかった。しかし、少女がそうあるべきと行動したのだから、自身もまた民衆の前に立つ――そんな英雄になることを誓った。

 たとえ力がなくとも責任を自身で背負えるように。


  ―――――――――――――――


 地下の駐車場から直接入れるようになっている玄関を開ける。

 地上には地上で玄関はあるが、使っているのはもっぱら地下からの玄関である。

 途中の廊下で鵜飼とは別れてリビングの方に向かって歩く。


 隙を見せないため、という理由で車の中であっても気は抜かなかったが、家の中は大丈夫である。この世界において間違えなく最高の機密保持レベルと安全性があると言い切れる。

 だからこそ歩きながらネクタイを緩めるし、一番上まで絞めていたボタンをはずしていく。

 そうやって廊下を進んだ先でリビングにつながる扉を開ける。



 扉を開けた先、リビングの中は――非常にやかましかった。

 もう、めちゃくちゃである。音と音が重なり合っている。さらに光も行きかっている。さながらDJが音を奏で、照明が屋内を照らし、内部で人が盛り上がっているクラブの中にいるような感覚である。

 クラブ、行ったことないけど……


「なに、やってるんですか?先輩……」


 問いを投げかける。このやかましさではあるいは届かぬかもしれぬほどの声量で。されど、確実に投げかけた人物の耳に入るという確信をもって。


「ん?おおー、お帰り。さっきまでテレビで見てたよ。今回もばっちりキマってたねー。いやぁーさすがさすが、さすがは世界に誇るイケメン英雄、『白銀剣』様だったよ」


 ケラケラと笑いながら答えたのは一人の女性。この家の家主であり、この家の安全を確実なものとしている存在でもある。この世界においてそんなことが可能である人物というだけで並々ならぬ存在であることは明白である。


「それはどーも。あれが俺の役目ですからね。それが完璧じゃなきゃダメですからね。というか質問に答えてください!なんなんですかこの状況!テレビもつけっぱで何してるんですか!?」


 部屋の中のやかましさ。その原因はつけっぱなしにされているテレビやタブレットから出てくる騒音であった。

 まず、リビングの壁にかかっている大きなテレビ。そして女性の前のローテーブルに置かれたノートパソコンとタブレット複数台、そして女性のそばにふわふわと浮いているタブレット複数台。

 合計8個の画面、それらすべてから別々の動画が流れている。大音量で、画面を光らせながら。当然うるさい。パッと見ただけでもホラー映画と恋愛映画と青春ドラマとギャグアニメとお笑いコンテストがある。もうそれぞれの画面からの情報が交錯しすぎてる。


「これね。見たかったやついっぱいあったから、一気に見ちゃえって思ってね。便利だよ、これおすすめ」


「そんな情報量を同時に処理しきるなんて俺には無理ですよ……」


「そう?まぁ、ハクでも3画面くらいならできるんじゃない?」


 易々と言ってのけるが、そんなリアル聖徳太子みたいな芸当はできる気はあまりしない。


 先輩は強い。探索者の英雄と祭り上げられている自分とは根本から違う。

 本物の英雄が持つにふさわしい力を持っている。こうして娯楽のためにその能力を活かしているが、この家が確実に安全といいきれるのは、この世界において有数の実力者である先輩がいるからである。

 本物の英雄——本物の特級探索者というものは、数年前まであった人としての規格から外れたことを可能とする、本来はそんな人物たちのことを指すための言葉である。


「そうですか、まぁ何してるかはわかりました……いえ、ちょっと意味不明なんですけど……それはそうと、せめてちゃんと服くらいは来てください帆鳥ほとり先輩……」


 視界の先、あの時自身が英雄となることを誓った人物——友禅帆鳥ゆうぜんほとりは下着姿であった。






――――――――――――――――――――――――――――――

先輩の特性:適当

      強い











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