ふたつ目の願いごと

「ふわぁ……」

 スマホのアラームが鳴る前に起きて、わたしは大きく伸びをした。

 昨日は、どのタイミングで眠ったのかは覚えていない。ただ、起きた時、ベッドの上のリルは猫の姿だった。

 よかった。朝イチでリルの顔がすぐそばにあると、びっくりしちゃうんだもん。

「リル、リールっ。起きて」

 体をゆすると、パチッと目を開けたリルは、わたしの顔を見るなりプイッと顔をそむけた。

 昨日、わたしがふたつ目の願いごとを言ってから、リルは機嫌がわるい。

「ねぇ、機嫌なおして。なんで怒ってるの? わあっ!」

 目の前で、リルが元に戻って、わたしはベッドから落っこちてしまった。

 窓からさしこむ光で、リルがキラキラして見える。そんな姿に見とれているわたしに、リルはだまって真っ赤な舌をべーっと出した。

 ──コンコン。

「ここな、起きてるの? 早く準備しなさい」

「あっ、はーい!」

 ドアをノックする音のあとに、ママの声が聞こえた。


 リビングに行くと、ママが作ってくれた朝食の代わりに、お店のドーナツが置いてあった。

「わ、おいしそう。どうしたの、これ」

「昨日、仕事かえりに買ってきたの。いつもひとりにしちゃって、ごめんね」

「そうなんだ。ありがとう!」

 朝から甘いドーナツだなんて、豪華だな。うれしい。

 ウキウキで席について、手を合わせる。大好きな、中にホイップクリームが入ってる丸いドーナツ。

「昨日も、ここながご飯食べないで待ってるかもって思っちゃった。最近、ひとりでご飯食べても、さみしくなくなったのね。ここながお姉さんになって、ママうれしいけど、さみしいな」

 そういえば、前までのわたしは、ママがどんなに仕事でおそくても、眠らないでずっと待ってたんだっけ。

 ママが言うみたいに、わたしが大人になったわけじゃない。リルが、わたしの前に現れたから。


「リル、機嫌なおしてよ」

 通学途中の、人通りが少ないいつもの道路で、わたしはスクールバッグのなかに声をかける。猫のリルは、そこから出ようとしない。

「今日の朝ごはんは、たまごサンドだよ。リルが食べないなら、わたし食べちゃうからね」

 そう言うと、バッグからぴょんと飛び出したリルは、人間の姿になった。そんな素直な態度に笑いそうになって、わたしはたまごサンドをリルに手渡した。

「どうかな? おいしい?」

「うまい」

 じゃあ、またまずいんだ。まあ、いっか。リルがおいしいって言ってくれるし。

「……お前、昨日の、本気か? 夜言った、願いごと」

「うん、本気だよ。わたしの、ふたつ目の願いごと」

 昨日の夜、わたしがリルに話した願いごと。

 それは、『パパが作ったショートケーキのレシピ』。

「あのね、今週の土曜日は、ママの誕生日なの。亡くなったパパがね、ママとわたしの誕生日には、いつも同じケーキを作ってくれたの。でも、わたしがいくらお菓子を真似して作っても、全然うまくならないし、パパの味にならないの」

 上達しないくせに、わたしがお菓子つくりをやめない理由。それは、ママにパパのお菓子をまた食べてほしかったから。

「もう、時間がないの。リルなら、パパのレシピを出すことだって出来るよね?」

「そこが、理解できねーんだよ。また人のための願いごとか」

「ううん、今回もわたしのための願いごとだよ。ずっとパパのケーキを作りたいと思っていたのは、わたしだから」

 ますます、リルの目つきがするどくなっていく。

「これを叶えたら、次は最後なんだぞ」

「うん、わかってる」

「わかってねぇだろ!」

「きゃっ!?」

 リルに手首をつかまれて、その痛みに眉がゆがむ。

「い、痛いよ、リル」

「お前なぁ! 悪魔が3つ願いを叶えるってことは、お前が死ぬってことなんだぞ!」

「それで、どうしてリルが怒るの? だって、『悪魔』にとっては、それのほうが都合がいいんじゃないの?」

「!!」

 わたしの言葉におどろいたのか、リルはパッと手をはなした。

 リルの手って、やっぱり大きい……。わたしとは違う、『男の子』。

 わたしの手首に、にぎったあとが残っている。

 おかしいな。そんなことで、ドキドキしてしまうなんて。

「ありがとう。やっぱりやさしいね、リルは」

「はっ!?」

「でも、大丈夫。3つ目は、使わないから」

 リルは、はぁーと長めにため息をついて、わたしに指輪の石を向けた。

「もう、いい。わかった。悪魔リルが、契約者ここなの願いを叶えてやる。いいな?」

 リルのパチンと指が鳴って、胸のアザにチリっと一瞬の痛みが走った。その瞬間、頭のなかにケーキのレシピがパッと浮かび上がった。

「あ、指輪の色が……」

 赤かったはずの指輪に暗い色が混ざって、黒に近づいた。

「なんか……、怖い色だね。きれいだけど」

「まだきれいとか言ってんのか、お前。本当にのんきだな。これが、悪魔と契約するってことだ」

 ちょっと、こわい。でも、不思議。触れてみたい。

 指輪に手を伸ばす。指先が触れる、その直前に。

「雨月さん、おはよう」

「!!」

 名前を呼ばれて、わたしはビクッと手を退いた。そこにいたのは、蒼羽くんだった。

「あ、おはよう、蒼羽くん……」

 わたしは、リルに触れられなかった右手を、背中に隠す。

 さわれなかった。のに、ドキドキする。

「よかったら、一緒に行かない? あれ、リルくんもいたんだ?」

「白々しいんだよ、見えてただろ、てめぇ」

 相変わらず、仲が悪い。なんでなんだろう。なにか、きっかけなんてあったのかな?

「うん、いいよ。一緒に学校行こう」

 でも、よかった。蒼羽くんに、願いを叶えてもらうところを見られなくて。

 歩きだしたわたしに対して、誘った蒼羽くんはその場に止まったまま。

「蒼羽くん?」

 ふりかえって蒼羽くんに声をかけると、わたしの顔を見て、悲しそうな表情をしていた。

「どうしたの? なにかあったの?」

「あっ、いや、なんでもないよ。行こう」

「?」

 どうしたんだろう。……勘違いかな。わたし以外には見えていないはずの、リルの指輪も見ていた気がする。


 教室に入ると、由夢ちゃんが彼氏の南くんと楽しそうに窓ぎわで話をしている姿が、目に飛びこんできた。

 よかった。今日も、ふたりはなかよしだ。

 リルには、ああ言われたけれど、わたしは後悔していない。大好きな友達が笑顔になっていることが、うれしいから。

 ふたりの邪魔しちゃわるいから、朝のあいさつはあとでもいいよね。

 由夢ちゃんたちから目をはなすと、ちょうど倉科さんが教室に入ってくるのが見えた。

「倉科さん、おはよう」

「雨月さん、早いね。おはよ」

「あのね、昨日のケーキ、リルと一緒に食べたよ。すごくおいしかった。ありがとう」

「本当? よかった」

 倉科さんはそう言って笑顔を見せたあと、

「……リルくんも、おいしいって言ってた?」

 と、どこか聞きにくそうに、私の目を見た。

 ぎくり。

「う、うん、もちろん! いつもは、わたしの下手くそなお菓子ばっかり食べてるから、200倍ちがうって言ってたよ」

 うそは言ってない。一応。

「そう、よかった……」

 倉科さんは、少し泣きそうな顔で笑った。

「昨日ね、リルくんがうちに来た時。雨月さん、一回トイレに行ったでしょ? その時、ちょっとだけふたりで話したんだよね」

「リルと……ふたりで?」

 あれ。なんで今、胸のなか、もやっとしたんだろ。

「転校してきた時からリルくんのこといいなって思ってて。でも、ずっと雨月さんにべったりでしょ? だからね、ちょっと前まで、雨月さんのことよく思ってなかったんだ。ごめん」

「あ、う、うん……」

 直接聞くと、それはそれでショックだな……。あの数々のいやがらせで、知ってはいたけど。

「リルくん、ずっと前から知ってて、わたしのことよく思ってなかったみたい。だから、釘を刺されちゃった」

「えっ、倉科さん、リルに嫌なこと言われたの? ごめんね」

「ううん、そういうんじゃないよ。『あんた、ここなのこと嫌ってんだろ。あいつに手を出していいのは、俺だけだから』って、言われちゃった」

 倉科さんが苦笑いをする。

 見てないところで、すごいこと言ってる……!

「あ、もちろん、今はそんなことないよ。雨月さんのこと、友達だと思ってるし。あの時は、本当にごめんね」

「ううん。今は倉科さんとなかよしだもん。気にしてないよ」

「ありがとう」

 そっか。倉科さんは、やっぱりリルが好きなんだ。

 物言いはきついことがあるけど、美人で成績が良くて。仲良くなると実は結構めんどう見がいいし。言わずもがな、料理の腕は悪魔のおすみつき。

 倉科さんに好かれて、困る男の子なんているかな。

 変なの。また、胸のなかがモヤモヤするみたい。

「リルくんって、雨月さんのこと大事に思ってるよね。うらやましい」

「えー? まさか。そんなはずないよ」

 心配してくれてる? って思うことは、ちょこちょこあったりはするけども。リルが、私をどう思ってるかなんて、聞いたこともないし。

 すると、倉科さんはキョトンとしたあと、フッとふきだして笑った。

「毎日あんなに近くにいるのに、気づいてないの? リルくんって、いつも雨月さんのことばっかり見てるのに」

「……えっ?」

「なーんだ、雨月さんがそんな感じなら、わたしあきらめるの、やめよっかな」



「おい」

「いたっ」

 ぺちん! と、おでこを叩かれて、ハッと気がついた。

 いけない、ぼーっとしながら、買い物してた。

 わたしのおでこを叩いたのは、もちろんリル。

 今日は、土曜日。ママは仕事だけど、わたしは学校が休み。その間にケーキを作ろうと、スーパーに材料を買いに来た。

 家には誰もいないから、「リビングにいてもいいよ」って言ったのに、リルはなぜか「めんどくせーけど、ついてってやる」って言って。

 最近、リルのとなりにいると、心臓がなんかおかしいから、ちょっと離れたかった気持ちもあったのに、いざ一緒に歩くとうれしかったり。変なの……。

「おい」

「えっ」

 考えごとをしていたところに声をかけられて、うらがえった声が出た。

 は、はずかしい。

「ぷっ、変な声」

「むぅ……」

「なに買うんだよ、ふくれっ面」

「ひと言多いよ。ケーキの材料だよ。ママの誕生日だから、リルが教えてくれたパパのレシピで、ママが帰ってくる前に作るの」

「ふーん」

「ちゃんとリルの分もあるよ。出来上がったら、一緒に食べようね」

 あ、楽しみなんだ。何も言わないけど、消していたはずのしっぽが現れて、パタパタ揺れた仕草でわかる。

 この悪魔は、やっぱりかわいい。

 今の、誰にも見られてないよね?

「なに笑ってんだよ」

 リルがムッとまゆをよせて、しっぽを消してこちらを見る。

「ううん、なんでもないよ。ケーキ、おいしく作るからね」

 リルの顔を見て、倉科さんの言葉を思い出してしまった。

『気づいてないの? リルくんって、いつも雨月さんのことばっかり見てるのに』

 そういえば、リルとはよく目が合う。

「ん? なんだよ?」

 なんて思った瞬間、また視線がかさなったから、わたしは目をそらした。

 パチンと自分のほっぺたを両手ではさんで、気をとりなおす。今は、ママの誕生日ケーキのことだけに集中しよう。うん。

 頭に浮かぶレシピの材料を、カゴに入れていく。

 薄力粉に、バニラビーンズ。卵と牛乳は、まだ家の冷蔵庫にあったからいらない。生クリームは、乳脂肪分が45%のお高いやつ。あとは、グラニュー糖に、無塩バター。シロップ用のお酒。いちごは今の時期は高くて、お財布に痛い。

 製菓材料の専門店にでも行かないといけないかと思っていたのに、なじみのある材料ばかりで、わたしは足を止めた。

「ねぇ、リル、材料ってこれで全部なの?」

「ああ、そうだ。なんだ? 俺は、だましたりなんかしてないぞ」

「うん、わかってるよ。リルは、嘘つかないもんね。そういうところ、好き」

 そっか、意外。これなら、わたしでもおいしく作れるかもなんて、単純に考えてしまう。

「あれ?」

 リルが、となりから消えた。ふり向くと、先ほどの場所で止まっていた。

「リル、どうかしたの?」

 いつも自信家のリルが、赤い顔をしている。

「う、うるせぇ、さわんな」

「まださわってないけど」

「お、お前が変なこと言うからだろ。悪魔に、好きだとか」

「えっ!? わたし、好きなんて」

「言っただろ」

「い、言った? かも……だけど、で、でも、悪魔には言ってないよ? リルに言ったの」

「なにが違うんだよ」

「全然違うよ。他の悪魔は、好きになれるかどうかわかんないもん」

「……やっぱりお前、おかしな女だな」

「話が通じない」と言いたげなリルは、ため息をついた。

 わたしは真っ赤な顔で、カゴの中に視線を落とす。

 無意識に口に出してたんだ。気をつけなきゃ。

「うん、これで買うものはそろったかな。会計して、帰ろう」

 リルに手を伸ばす。たった今、さわるなと言われたことを気にして、わたしはリルの袖口を指でつまんだ。

 リルは、「はぁー」とため息をついて、袖口をつまむわたしの手をギュッとうばった。

「さっさと帰って、ケーキ食わせろ」

「う、うん」

 わたしの手を引いて先を歩くリルの耳が、赤くなっている。リルの手、やっぱり大きい。

 ふり向かないでほしいな。きっとわたしも、同じ色に染まっているから。



「はぁ~、つかれたぁ。ただいま、ここなぁ」

 ぐったりと、ゾンビみたいにゆっくり歩きながら、ママが仕事から帰ってきた。今日だけは眠らずに待っているつもりだったけど、ママはいつもより早い夜の7時に帰ってきた。

「あれ? ここな、もう寝ちゃったの?」

 真っ暗なリビングに、ママが電気のスイッチに手を伸ばす。明るくなった、その瞬間。

「ママ、誕生日おめでとう~!」

「きゃあ!」

 パーン! と、はじける音がひびく。

「も、もー! ここな! なにそれ? クラッカー?」

「うん。音だけが出るの買ったんだ。びっくりした?」

「当たり前でしょ。大成功だよ」

「やった。ねね、座って。ケーキ作ったんだよ」

 わたしはママの手をとって、リビングのテーブルに誘導する。

「えー? うれしい〜。ここな、ケーキまで作れるようになったの?」

 ママは上着を脱ぎながら、ソファーに座る。視線は、わたしが左腕にかかえた猫のぬいぐるみに向いている。

「どうしたの? そのぬいぐるみ」

「あ、えーと、さみしいから、一緒にいるの」

 猫のリルは、先ほどお願いした通り、動かないでいてくれている。

 作ってからずっと冷やしておいたケーキを、冷蔵庫から取り出す。

「1本だけだけど、ロウソクもあるんだよ」

 ママの前に丸いショートケーキを置いて、ロウソクに火をつける。ケーキの上の火は、ママがフゥっと吹いた一息で消えた。

 小皿にひとり分を取って、ママに手渡す。

「へたくそだけど、よかったら食べて」

 倉科さんが作っているところをそばで見ていたくせに、スポンジはあまりふくらまなかったし、クリームはちょっと泡立てすぎてかたいし、デコレーションはガタガタ。

「いただきます」

 ママがフォークでひと口食べる。

「ど、どうかな?」

 めちゃくちゃドキドキする。うまく出来てるといいんだけど。

 ごくん、と、ママの喉が動く。言葉の代わりに、ママのほっぺたには涙が伝った。

「えっ、どうしたの!? し、失敗だった?」

 あせるわたしに、ママは首をふって見せる。

「ううん。すごいね、ここな。パパのケーキの味がする」

 その言葉に、わたしはすぐに猫のリルを見て、抱きしめた。ちっちゃい声で「苦しい。殺す気か」と抗議を受けて、「ごめん」と、ちょっとだけゆるめる。

「ママね、ずっとまたパパのケーキが食べたかったの。どうやって作ったの?」

 リルが教えてくれた、パパのケーキの隠し味。それは、生クリームをホイップするときに、砂糖の代わりに練乳を入れること。これだけ。

「……パパとね、昔約束したの。隠し味は、ふたりだけのひみつだよって」

 リルも知ってるけど、リルは特別。

 一番の隠し味は愛情なんだって言ってたこと、どうして今まで忘れてたんだろう。リルのおかげで、あの日のパパの声まで思い出すことができた。

「わたし、思い出したんだ。ママが食べるケーキは、パパだけが作りたいって言ってたの。でも、パパに何かあったらここなが代わりにママに作ってって。だから、他の人には言っちゃダメだよって」

 ママは、涙を流しながら笑う。

「ふふ。ここなは、本当にママに似てる。料理上達しないところとか、パパのこと大好きなところとかそっくり」

 なんか今、ひと言余計だったような?

 でも、よかった。ママが喜んでくれて。



 ママがお風呂に入ってるすきに、わたしはふたり分のケーキを切り分けて、部屋に運んだ。

「おまたせ、リル。一緒にケーキ食べよう」

 元の姿に戻ったリルは、わたしのベッドにゴロンと寝転がったまま、「遅い。腹減った」と、文句を口にした。

「ごめんって。ママが見てない時じゃないと、持って来れなかったんだもん」

 時刻は夜10時。こんな時間に甘いものなんて罪悪感がすごいけど、今日は特別だからいいよね。

「リルのおかげで、ママすっごく喜んでたよ。ありがとう」

「……」

 リルが無言で起き上がって、ベッドの上でケーキをひったくった。

 リルがフォークに口をつけると、少し嫌そうな顔をした。

「今日は、クリームだけなんかまずい」

「本当? よかった」

「よくねーよ」

「おいしいも、まずいも、リルに言われた時だけ、どっちもうれしいもん」

 リルがベッドから降りて、わたしの目をじっと見た。

「! ち、近いよ」

「俺だけ?」

「……うん」

「ふーん」

 それだけ言うと、リルは満足そうな顔をして、またベッドに戻った。

 もう……、なんなの。

 わたしは、自分の分のケーキを口に運ぶ。ふくらまなかったスポンジはかたいし、クリームはボソボソ。

 うーん、おいしくない。でも、クリームはパパの味がする。

 悪魔の姿でベッドに入らないでって言ってるのに、リルは早くも寝息を立てている。

「リル、ありがとう」

 ……眠ってる? よね?

「ね、リルって、いつもわたしを見てるって本当?」

「……」

 うん。聞こえてない。よかった。

 ホッと胸に手を当てて、お皿を片付けようと立ち上がると、腕を引かれてベッドに引きずり込まれた。

「ひゃあ!?」

 ばっちり目を開けているリルが、目の前にいる。

 近い! ていうか、起きてる!

「リ、リル……」

「いつも俺を見てんのは、お前の方だろ? ここな」

 近づく距離に、わたしがとっさに顔を背けると、リルはキスをするのをやめて、こちらに背中を向けて目を閉じた。

 見てるのは……わたし?

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