きみと空を飛べたら

 リルがわたしの元に現れてから、なんだかずっと、心が落ちつかない。

 たとえば、朝起きると、ベッドの上で元の姿に戻っている時とか。

 わたしがお風呂に入ってる間、部屋で勝手にわたしの少女漫画を読んで、キスシーンのページをひらきながら、「人間も、唇をくっつけて生気吸うことがあるのか?」って聞いてきたりして、あわてて本を取り上げた時とか。

 あとは……。

「リルくんって、雨月さんのいとこだって、本当?」

 今みたいに、学校で、ほかのクラスの女の子に声をかけられることが多くなったこととか。

「うん、そうだけど……」

「じゃあね、代わりにこれ渡してくれる?」

 返事の前に、真っ赤な顔をした彼女は、走り去っていった。

「あっ……」

 呼び出された学校の裏庭で、わたしはひとり、立ちつくす。リル宛てにと渡された、きれいにラッピングされたものはきっと、手づくりのおかし。今までも、ずっとそうだったから。

 またわたし、リルに、ほかの女の子からのプレゼントを渡さなきゃいけないんだ……。

 ため息をついて、重たい足で教室に向かった。


 教室に入る頃には、3時間目のはじまりのチャイムが鳴るギリギリの時間だった。

 わたしの後ろの席のリルは、当然のようにいない。毎日一緒に学校には来るものの、リルは授業にまともに出たことがない。それでも誰にも不思議に思われないのは、リルの魔法のせい。

 今日もきっと、大空を飛び回っているんだ。いいな、自由で。

 わたしはまたため息をついて、先ほど渡されたばかりのプレゼントを、机にかけている自分のスクールバッグのなかにしまった。

 先生が教室にやってきて、授業がはじまった。

 前を向くと、黒板と先生と、蒼羽くんの後ろ姿が目に映る。それは、いつも通り。


「リル、ここにいたっ。さがしたよ、もう」

 3時間目が終わり、リルをさがしに屋上に上がると、ひなたぼっこしながらゴロンと寝転がっている姿があった。

「あ? なんだ、もう昼か?」

 目をこすりながら、リルはのんきに体を起こす。

「ちがうよ、まだ4時間目が残ってるもん」

「なんだよ、せっかく寝てたのに。目さめちゃっただろ」

「昼までずっと寝てるつもりだったの?」

「わるいか」

「わるいよ」

「なら、よし。悪魔だからな」

 そうだった。

 ある意味正しいふるまいに、わたしはフッと笑った。

「ねぇ、たまには授業も出てみない?」

「お前、前にもそれ言ってたよな」

「だって、授業の時だけ、うしろにリルがいないの、さみしいもん」

「……は?」

 リルのパチクリ顔を見て、ハッとする。わたし今、変なこと言ったかも。

「う、ううん、なんでもない」

「そんなに俺と一緒にいたいなら、ついてこいよ」

「え――」

 ニヤリと笑うリルに意味を聞く前に、言葉じりと共に手をうばわれた。

 バサっと羽根を広げる音と共に、ふわっと足が浮く。

 はじめての感覚に、声も出ない。

 視界いっぱいに広がるのは、ミニチュア模型みたいに小さくなったわたしの住んでいる街。

「えっ、えーっ!?」

 やっと声が出た。リルが、わたしを抱えて空を飛んでいる。さっきまでいた学校が、あっという間に手のひらよりも小さくなる。

「ま、待って、待って、こわい……っ!」

 頭のてっぺんから、足の底の底まで冷たい風が吹きぬけて、わたしは目を閉じて、リルに思いっきりぎゅうっと抱きついた。

「た、高すぎるよ……っ」

「人間は弱いな。この程度で泣きごとか」

「だ、だって、落ちたら死んじゃう!」

「俺がお前を離さなきゃいいんだろ」

 あ、離さないでくれるんだ。いつものいじわるで、ここまで連れてきたわけじゃないってこと?

 その言葉に安心して、少しこわさが消えて、わたしはそっと目を開けた。

 わたしが目を閉じている間に場所を移したようで、もう学校は見えない。

 赤、青、グレー。色とりどりの屋根と、わたしたちに気づいていない人たち。街の様子が、一気に目に飛びこんでくる。

 どれだけ高い建物も、わたしたちにはかなわない。

「わぁ……、すごいね。街がきれい」

「きれい? なんだ、その感想」

「きれいだよ。太陽が当たって、全部キラキラしてる」

「さっきまで、泣きべそかいてたくせに」

 もうとっくに授業は始まっているはずで。リルはまだしも、学校に戻ったらわたしはきっと先生に怒られてしまうけど。

「お前、俺の指輪の色が変わった時にも、同じこと言ってたよな。きれいって」

「うん? 言ったかもしれないけど」

 なんだろう、急にそんな話。

「どれくらいの高さまで飛べるの?」

「どこまでも」

「そうなんだ、すごいね」

 どこまでもってことは、酸素がない宇宙とかも行けちゃうのかな?

「じゃあ……天国とか、行けたりするの?」

「天国? ああ、天界のことか? なんだ、行きたいのか、お前」

「い、行きたいわけじゃないんだけど。……あるの? その、天界って」

「あるぞ。俺の敵しかいねーから、行くならひとりでいけ」

「行かないってば。ていうか、行けないよ」

 わたしは、空を見上げる。いつも見ている空よりも、太陽が近い。

「あるんだ、そっか……。そこには、人がいっぱいいるのかな?」

「いるんじゃねーか? 天界人が。俺は見たことないけど、親父の話では聞いたことあるからな」

「そう、よかった……」

「なにがだよ」

「亡くなったパパがね、どうしてるのかずっと気になってたの。天国で、ひとりでさみしくないかなって。でも、いっぱい人がいるなら、心配ないよね。よかった」

 さっきよりも、もっと強くぎゅっと抱きつくと、リルはあきれたようにため息をついた。

「お前、人のことばっかりだと思ってたけど、死んだ人のことまで気にしてんのか」

「そんなつもりじゃなかったんだけど……」

「てか、さみしがってんのは、お前の方だろ」

「え……」

 思わぬことを指摘されて、わたしは言葉に詰まってしまった。

「!?」

 ガクン! と、いきなり高度が下がって、おどろいてリルを見る。

「ここな」

 リルも、抱きかかえながら、わたしの顔をじっと見る。

 いつもよりずっと近い距離に、心臓が飛びはねた。

「っ!?」

 グイッとさらに抱きよせられて、ここではこばむことができない。

「魔力が切れる。……よこせ」

「ん……っ」

 左の頬に、チュッとやわらかい唇が当たる。

 リルの体がポッと光に包まれるのを見て、わたしは顔が見えなくなるようにリルに抱きついた。

「い、いきなりしないでって、いつも言ってるのに……」

「うるせー」

 高いところは、もうこわくない。リルがいるから。

 でも、ドキドキが止まらない。……リルがいるから。



「ここな、めっちゃ怒られてたね。よりによって、大月の授業サボったりするからだよ」

「うう……」

 4時間目に丸々いなかったことで、わたしは職員室に呼び出されて、数学の大月先生に昼休みに叱られていた。由夢ちゃんは、そんなわたしのことを、職員室の外からこっそりと見ていたらしい。

 そのせいで、わたしだけ給食の時間がすっかりおくれてしまった。

 同じくいなかったはずのリルは、魔法のおかげでなにもおとがめなしで、わかっていたとはいえ、ちょっと納得がいかない。

「でも、どうしたの? いい子ちゃんでビビリのここなが、授業サボるなんて。大月びっくりしてたよ。結構やるじゃん」

「ちょっとね、誰かさんみたいに、わるい子になってみたかったの」

「? 誰のこと?」

「ふふ、ひみつだよ」


「ごめんね、リル。お昼、おそくなっちゃって」

 わたしは急いで給食を済ませて、いつもお昼に待ちあわせしている、屋上にやってきた。

「あー、お前、教師に怒られてたんだろ。残念だったな」

「だいぶリルのせいなんだけどね……」

 わたしの手には、リルのお昼用にと家で作ってきた、オムライスが入ったお弁当箱。そして、他のクラスの女子に渡されたプレゼント。

「魔法で消してやろうか。お前が授業をサボった記憶、他のやつから全部。その代わり、願いごとと引きかえだけどな」

 なるほど。これが目的だったのかな。わたしを空の散歩に連れ出したのは。

「ううん、いい。すごく楽しかったから、叱られたことも全部、リルとの思い出になるし」

 リルは、まゆを寄せて、口をへの字にした。

「変な女」

 そして、楽しそうに八重歯を見せて笑った。

「でも、やっぱりおもしろいな、お前は」

 褒め言葉なのかわからない言葉も、笑顔がかわいくて、ドキドキしてしまって、頭に入らない。

 今さらまた、キスをされた左の頬が熱くなる。

「ここな、腹へった」

「あ、う、うん。今日はね、オムライス。あと……」

 少しとまどいながら、きれいなラッピングを渡す。

「なんだこれ」

「リルに、また女の子からプレゼントだよ。たぶん、手作りのおかしだと思う。何個目だろうね。リル、モテるもんね」

「なんで怒ってんだよ」

「お、怒ってないよ」

 わたし、どんな顔したんだろう。気をつけなきゃ。

 頬を両手で包む。

 リルは一応受けとってから、りぼんをほどきもしないで、わたしにつき返した。

「いらね。俺は、お前が作ったものしかいらない」

「えっ、でも……」

「また言うか? いい子のここなは、作るの大変なんだから謝って、って」

「ううん、言わないよ。本人に直接言ってるわけじゃないし」

 あれ? でも、そうだよね。わたし、倉科さんの時には、怒ってたはずで。なのに、今は、リルがわたしの手作りだけを選んでくれて、……うれしいと思ってる。

「わたし、わるい子かな。やっぱりリルの、うつっちゃったみたい」



「リル、授業出るの?」

 昼休みが終わったら、また姿を消すと思っていたリルが、5時間目のチャイムが鳴っても教室にいる。

「お前が、俺と一緒にいたいってうるさいから」

 そんな理由で?

 人間の学校の授業なんて、悪魔には必要ないって言ってたのに。

 目をパチパチさせながらリルを見てしまう。

「なんだよ」

「ううん。リルと一緒にいたい。ありがとう」

「ふん」

 本当にわたしのためだったりして。……なんて。そんなわけは、ないと思うけど。

「はい、雨月さん、プリント」

「ありがとう」

 前の席の蒼羽くんから、授業のプリントの束を受け取って、うしろの席に順番に渡していく。

 いつもならすぐ後ろのリルがいないから、さらにそのうしろに渡すことになるから、ちょっと苦労していたけど、今日は楽チンでうれしいな。

「はい、リル」

「? なんだこれ」

「授業で使うんだよ。自分の分を1枚取って、残りはうしろに回してね」

「ふーん」

 意外にもリルは、ちゃんと言うことを聞いて、うしろの席にプリントを渡した。

 こうやって、次からも授業に出てくれたらいいな。

 上機嫌で前を向いたわたしを、蒼羽くんがふりかえって見る。

 少し不思議そうにしている蒼羽くんに、首をかしげた。

「蒼羽くん、なにかあった?」

「あ、ごめん。今日は、リルくん授業出ることにしたんだなって思って」

「うん。うれしいよね。ずっと、一緒に勉強できたらって思ってたんだ」

「そうなんだ。よかったね、雨月さん」

「うんっ」

 蒼羽くんが再び前を向いて、先生が黒板にチョークで書きながら説明をはじめる。

 ……あれ?

 リルが今まで授業に出ていないことは、リルの魔法で誰も知らないはずなのに。

「あ、蒼羽くん……」

「ん?」

 先生の目を気にしながら、こっそりと蒼羽くんの背中をツンツンと指でつく。

「あの……、リルは、今までも、ちゃんと授業に出てた……よね?」

 蒼羽くんは、キョトンと目をパチパチさせてから、いつもみたいに天使の笑顔を見せた。

「うん、そうだったね」

 ホッとしたのもつかの間。後ろから首ねっこを思いっきりつかまれて、息が詰まった。

「ケホケホッ、も、もう、リルなにするの。びっくりしたなぁ」

「別に。お前が、あいつとしゃべっててムカついたから」

 あいかわらず、自分勝手で変な理由。リルは、わたしが蒼羽くんとなかよくしてると機嫌がわるくなるみたい。

 前の席の蒼羽くんは、すっかり授業に戻ってしまった。

 気のせい……だよね。



 放課後になって、帰りしたくをしていると、となりのクラスの女の子が、真っ赤な顔でリルの席の前に来た。

「リルくん、ちょっといいかな? 話したいことがあるんだけど……」

 彼女は、わたしをチラッと見る。

 無言で、「ふたりきりにして」という、圧力を感じた。

 また、リルに告白をする女の子だ……。

「なんで? 言いたいことがあるなら、今ここで言えば?」

 リルはめんどうそうに、まゆを寄せる。何回も告白をされてるんだから、雰囲気で気づきそうなものだけど。

 ……あえて、気づいていてわざと……なんてこともあるのかな。悪魔だしね。

 いじわるをするのが、わたしだけってわけじゃないだろうし。……それもなんだか、いやだな。

 なんでいやなのか、自分でも分からないけど……。

 最近、わたしはやっぱりおかしい。

「で、でも……」

 とまどう彼女の声で、ハッとする。

「い、いいじゃん、リル。お話、聞いてきなよ」

「なんでお前がそんなこと言うんだよ」

 ムッとした顔が、わたしを見る。

「あ、じゃあ、雨月さん、今日は先に僕と一緒に帰る?」

 様子をすべて見ていた蒼羽くんが、そんな提案をしてきて、わたしが返事をするよりも先に、リルがわたしの腕をつかんだ。

「ふざけんな。こいつは、俺の」

 またなんか、変なこと言いそう!

「いいから、いいから。リルが帰ってくるまで、待ってるから」

 がんばって笑顔をつくって、リルのぐいぐい背中を押した。

 本当は、いや。今度こそリルが、この子の告白を受けてしまったら、どうしよう。

 なんでずっと、こんなことを思ってしまうの。

 フラれちゃえばいいのにって、いやなことを考えるわたしは、やっぱりわるい子になってしまったんだ。

「……わかった。そこまで言うなら、仕方ないから行ってやる。おい、ここな、待ってろよ。勝手に帰ったりすんなよ。特に、そいつなんかと」

「うん、わかってるよ」

 女の子のあとについて、しぶしぶ教室を出たリルに、わたしは小さく手をふる。

「ごめんね、蒼羽くん、せっかくさそってくれたのに」

「いいよ。雨月さん、大変だね。じゃあ、また」

「うん、ばいばい」

 蒼羽くんとは特に、誰もいないところで聞いておきたい話があったんだけど。今度でいいか。


 ひとり、またひとりと教室を出ていって、誰もいなくなった教室で、自分の机にだらんと体をあずける。

 人前では、こんなだらしない格好はぜったいにしないけど。なんだか疲れちゃったし、いいよね。今くらいは。

 天使を呼び出したつもりが、現れたのは悪魔で。

 いじわるだし、わたしの魂ねらってるし、最初は困ることも多かったけど……。

 リルと一緒にいるのは楽しい。近くにいると、ドキドキする。

「魔界には、帰らないでほしいな……」

 そうつぶやいたわたしは、自然とまぶたをとじた。


「おい、ここな、帰るぞ」

 ふわふわしたまどろみの中で、リルの声が聞こえる。

「なんで寝てんだよ」

 寝てる? あ、そっか。あのまま眠っちゃったんだ。

 起きなきゃ。リルが、ちゃんとわたしのところに戻ってきてくれた。

 早く帰ろう。今日は、ママが遅くなるって言ってたから、リルのお風呂はコソコソしなくて済む。

 夕飯は何を作ろうかな。前に作るのを失敗した、ハンバーグにしてみようかな。新しい料理に挑戦するのはこわかったけど、リルならきっとおいしいって言ってくれるから。

 今日も、一緒にごはんを食べよう。だから、早く起きなきゃ……。

 ……あれ? あたたかい……?

 誰かに、頭をなでられているみたい。

「お前、ほんとにわかんねぇ」

 あ、リルだ。なにか言ってる……?

「俺が、ほかの女に呼び出されると、泣きそうなくせに、笑うよな」

 リルこそ、どうしてそんなに苦しそうに話しかけるの?

「人間なんか、さっさと魂うばって帰ろうと思ったのに。……お前のせいだぞ」

いつもみたいに、自分勝手で強気でいてよ。

「ここな」

 今、どんな顔で、わたしの名前を呼んだの?

 起きなきゃ……。早く。

 頭をなでる手が、離れた。その代わりに、髪の毛がひと束ツンっと引かれる感覚がして……。

 まぶたを、ゆっくりと持ち上げる。ぼやけた視界で、リルが目を閉じているのが見える。

「──っ!」

 ぼやけた意識が、一気に覚めた。

 ガバッと起き上がると、そばにはリルがいた。

「なんだ、起きたのか」

「リ、リル……」

「おでこに、肉って書いてやろうかと思ったのに」

「!!」

 わたしは、とっさに自分のおでこを手でおさえた。

「やってねーよ、まだ。よかったな、早めに起きられて」

「えっと、あの、リル」

「なんだよ」

「……う、ううん。なんでもない」

「変なやつ。腹へった。なぁ、今日の夜、なに?」

「あ、ハンバーグだよ」

「お、いいな。早く帰るぞ」

「うん……」

 リル、普通だ。え? あれ?

 リルの背中を見て歩きながら、髪にさわってみる。

 さっき、リルがわたしの髪にキスを……。

「っ……!!」

 ぶわっと顔が熱くなって、わたしは下を向いた。

 夢じゃない。気のせいじゃない。リルが、わたしの髪にキスをしていた。

 目を閉じて、やさしく。

 なんで? なんで、なんで?

 あっ、そっか。生気がほしかったんだ。

 生気を吸ったときの、いつもの光はなかったから、髪の毛じゃだめだったみたいだけど。うん、きっとそう。

 だってリルが、それ以外でわたしにキスする理由なんてないし。……だよね?

「おい、ここな」

「!!」

 とつぜんリルが振り向いて、心臓が止まるかと思った。

 うう、相変わらず顔がいい。

「なんでお前、そんな離れてんだよ」

「だ、だって」

「? 顔赤いぞ。そんなに暑いか? ここ」

「うん……」

 リルの顔を見たら、もっとあつくなった気がする。

「早く帰るぞ」

「ーーっ!?」

 リルに手をにぎられて、グイグイ引かれる。

 わたしたち、手をつないでる。

 身長はそんなにちがわないのに、リルの手は大きくてゴツゴツしている。男の子の、手。

 恥ずかしいし、歩くのが早くてついていくのが大変。でも、この手を振りほどこうとは思わない。

 わたし、リルといる時だけ、少しおかしくなる。

「……リル」

「なんだよ」

「今日の女の子も、ことわっちゃったの?」

「当たり前だろ。くだらねーこと聞くな」

「そっか」

「安心したか」

「…………した」

「素直だな」

 前を向くと、歩くたびに揺れるリルの黒髪が見える。

「これにこりたら、次からはほかの女のお菓子あずかってきたりとか、すんなよな。俺は、お前以外にかまう気ないんだから」

「リルがかっこいいのがわるいんだよ……」

「ここな、お前、言うようになったな」

「リルのが、うつったんだもん」

 どうしよう。ドキドキする。

 はじめてだから、わたしにはこの気持ちの名前がわからない。

 わからないけど……。

 この手は、リルが離すまでは、つないでいたいと思った。

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