第15話 煤闇(すすやみ)のシムナ①
「ゴ、ゴホッ……ぐばぁっ……!」
「ど、どうしたの? キャッ、血が……!」
「はぁ……はぁ……。どうやらもう僕はダメなようだ……」
「そ、そんな……!」
「実は不治の病におかされていて、長くはなかったんだ……」
「ウソでしょ? ウソだと言って……!」
「ごめん……。もう疲れたんだ、このままゆっくりと眠らせてほしい……」
「イヤよ、そんな……」
「う……、ぐふっ」
こうして僕の意識はうっすらと消えていき、抱きしめてくれているレニの温かい感触だけが最後まで残っていった……。
「……と、いきなり病気を告白して、安らかに息を引き取っていったのだけど、おぼえてる?」
「うーん……。あんまりおぼえていないかな……」
レニによると、どうやら僕はまたしても死んでしまったらしい。
一体いつの間に僕は不治の病とやらにかかってしまったのだろう。
魔法のろくろ回しでそれなりに強くなっているのは確かなのだが、その代償と呼ぶべきなのか、再びよくわからない死に方をしてしまって、物事は本当にままならない。
もちろん強くなってること自体は僕にとっては幸運と呼ぶべき出来事だ。
今の急速な強化がなければ僕はただの置物でしかない。
ただ、正直なところ、そこに不満を持ち始めてるのもまた事実である。
「とにかく、僕はもうダメなような気がしてきたんだ」
「そう……。仕方ないわ。これ以上よくわからない死に方をさせるのは私も申し訳なく思っているし……」
レニが寂しそうに壺を片付けようとしたところで、僕はさっと彼女を制止した。
「いや、違うんだ」
「違うって?」
「強くなってるのは確かなんだ。でも、何だか伸び悩んでいる気もしてきて……」
実は早くも手応えのなさを感じてきているのである。
これまでイナズマのアッキーの後ろにひっついてきて、この地に来る時までには考えられないぐらいに戦えるようにはなったのだが、そこからどうも伸びない。
アッキーはさすが他国にも知れ渡る強さであるだけあって、戦闘技術に長けているのだが、そんな彼女の強さを再現することは僕にはどうしても不可能なようである。
魔物をなかなか一撃で仕留めきれないから、敵の手数がどうしても増える。
一方アッキーは急所をかなり的確に狙って黙らせているようで、攻撃は最大の防御なりを実行していると言える。
ただの肉体の強さだけでは埋めきれない差が僕と彼女との間にあるとしか言いようがない。
思えば僕は戦闘訓練もまだそこそこの新兵であり、地道な努力を要する段階であるのが否定できない。
このままただひたすらろくろ回しを続けていくだけということに、先行きの不安を感じてきているのだ。
「そうねえー。じゃあ……」
レニは少し空を見上げてうなると、僕にこう提案をしてきた。
「シムナと一緒に戦ってみるっていうのはどうかしら」
「ええ……! あの人と……?」
煤闇(すすやみ)のシムナはレニと同じように魔法使いの女性だが、明るい色を大きく用いたドレスで威厳を感じさせる装いのレニと違い、とにかく重たい印象の服飾で統一されていて、まさに「魔女」を思わせる姿である。
背中に流れる長い髪の毛は下方でひとつに束ねられ、そこから下は短い馬の尾のように広がり、髪を束ねている部分についている丸い金色の装飾品は闇夜に輝く満月のようだった。
右側前髪にも同じような円形の装飾で髪を留めており、その装飾品は夜空とそこに浮かぶ三日月をかたどっているように見える。
肩と胸元を露出させた暗い色のドレスに、首元をティペットで覆っており、そのティペットもまた円形のブローチで留めらていた。こちらは夜空と半月とを隣り合わせたものになっているようだった。
ドレスはウエストの部分を簡単なリボンによって締められ、腕には二の腕の真ん中ぐらいから下までが袖となっており、袖口はおそらくラッフル・カフスである。膝より上で終わっているドレスの下は黒いタイツを着用している。
全体的に夜をイメージしたかのような彼女の装いは、人知れず深い闇の中で大きな釜の内をひたすらかき混ぜながら何かを煮込んでいそうだった。
「でも、煤闇のシムナのように魔法が使えるようになるわけじゃないんだよね……?」
僕はレニの提案に反論した。
僕に渡された魔法はあくまで自己強化にすぎないはずだったのだが……。
「そうよ、彼女の能力に近づくことは不可能だわ。あの力を開発した私が保証する」
いや、それを保証されても困るのだが……。
「でも、何らかの影響は受けられるはずよ。能力ってそういうものだから」
「ふーむ……。そうなのかあ……」
あまり納得できないのだが、レニがそう言うのならそうなのだろう。
「それで、あの3人の中で私の言うことを最も聞かないのがシムナだから。あなただけでコミュニケーションとってね」
「えっ、うん……」
同じカテゴリにいる人同士だとそういうのものなのだろうか。とりあえず、そのあたりについて僕から触れることは控えることにした。
「それから、シムナはあなたが私と話しているところを見て、あなたとも距離を置いた時があったから、今からお互い接触禁止にしておきましょう。あなたが挨拶しても私は無視しておくから」
「ええ……」
思いの外、面倒くさくなってきたのでやっぱりこの案はやめてしまいたいと申し出ようかとしたが、早速レニは黙って僕の目の前から立ち去ってしまうので、退路は絶たれてしまった。
「煤に闇かあ……」
とっつきにくい人相手に向き合うというのは、考えるだけで憂うつなものであった。
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