第14話 もう負けない

「おい、お前。名前と、ここに来るまでに戦った経験を、一応言ってみろ」


 ホームでイナズマのアッキーと出会ったところで、僕はいきなり尋問を受けた。


「名前はハル。戦った経験は……まだ訓練だけで、未経験の初めてです」


 僕は正直に答えてみた。ゴブリン軍団の件はカウントに入れる意味はないだろう。


「〜〜〜〜〜〜〜〜」


 正直に回答した僕に対し、変顔を決めてくるアッキー。


 そんなに呆れなくてもいいではないか。……いや、逆の立場だったら僕も呆れているか。


「まずお前は顔からしてダメだ。新兵特有の目つきをしている」


 そういうものなのだろうか。新兵であるのは確かにそうだが。


「そもそも私の戦い方は敵の懐に飛び込む捨て身型なんだよ。リスクを負う分、軽い一撃でもクリティカルヒットが増えるのは合理的だと考える戦法。鍛えても誰にもはできない。才能がない人間は別の道に進むよう早い内から指導が入る」


「な、なるほど……」


「かなり荒いけど、お前の一撃はリスキーな戦法を取ってまで補うほどでもないと思う」


 どうやらゴブリンを殴ったあの一撃をそれなりに評価はしてくれたようだ。


「そうだな……。次は私の後ろに構えてなよ。少しそっちに敵を回してやるから」


「え……!」


「おう。だけど、次からは守ってやれないからな。ひとつひとつの攻撃を大事にしろ。がんばれよ」


「……がんばります!」


 僕は思わず大きな声がでた。全然期待していなかったが、わずかにでも認めてくれたようだ。


「はいはい、がんばりな」


 アッキーは笑顔で立ち去って行った。言葉遣いとは裏腹に、少女のような可愛らしい笑顔だった。


 そこから僕のろくろ回しはますます捗っていった。


 みなぎる肉体……!


 僕はやる、やってやるんだ……!




 ゴブリン軍団の次にやって来たのはデーモンラット軍団であった。


 デーモンラットとは「悪魔のようにバカでかいサイズのネズミ」という、そのままな名称で呼ばれている巨大ネズミである。


 おおまかに言えば、イノシシぐらいの大きさなので、悪魔のようにバカでかいネズミであるのは確かである。


 それでいてネズミのすばしっこさはそのままなので、そこは魔物の魔物たる所以だ。


 一方で頭脳も通常のネズミと同等のものしかないので、戦闘技術みたいなものは一切ない。故に、強さとしてはゴブリンとどっこいどっこいと考えられている。


 ただ、これはあらゆる魔物にも言えることだが、上位魔族の指示には忠実に従うため、操り方次第では大いに脅威と化する部分もある。


 その操り方次第ということなのか、デーモンラット軍団もゴブリン軍団と同じようにものすごい数でやってきた。


 これまたどれだけ集まってきたのか数えようがない。確実に千は超えている気がする。


 これだけ集まってくるきっかけとなっているのは、やはりレニの封魔の魔方陣なのだろう。


 レニが魔法陣を書き終わって何か唱えたかと思うと、強い光が放たれて、それまでとは微妙に違う空気が流れる。


 この些細に独特な空気が魔物たちを大いにいらだたせるのだと思う。……あくまで僕の推測だが。


 ちなみに、レニはその度に一時的に魔法が使えなくなるらしく、陽が沈んで明け方が来るまで、状態が元に戻らなくなるそうだ。


「おう! 行くぞ! ひとつひとつ、気を抜くなよ!」


 早速アッキーはデーモンラット軍団に向かって駆けて行った。


「はい!」


 大きな返事をして、その背中を追いかける僕。


「だりゃあああああ!」


 早速、アッキーによる単騎での魔物の蹂躙が始まった。次々とデーモンラットが吹っ飛ばされていく。


 デーモンラットはゴブリンと比べると臆病なようで、早くも戦意喪失気味な個体が出てきているようだった。


「おい、行ったぞ!」


 アッキーが叫んだとおり、僕のところに何匹かやって来た。


 おそらく僕のほうが弱いのだと察したに違いない。


「うわあああ……!」


 しかし、僕だって既に何もできなかった頃の僕ではない。


 デーモンラットに精一杯のパンチを喰らわせてやった。


「ピギイイイイ……!」


 おお。良い感じにデーモンラットが悲鳴を上げている。


「よーし、来い!」


 次々とデーモンラットを倒す僕。


 まだまだアッキーのような圧倒感は出せなかったが、それでも駆逐できるようになっている。


 すごい。あんな短期間で僕はこれだけ強くなったんだ……!


「よし、そっちは任せた!」


 アッキーは僕に声をかけたかと思うと、向こうの先に移動して行った。


 その先には、更に巨大なデーモンラットが見えた。


 きっと親玉的な何かなのだろう。おまけに取り巻きらしきデーモンラットも多数構えている。


「うおーーー!」


 しかし、今の僕がやることは、こちらにまで寄ってきたデーモンラットの群れを倒し続けることだ。


「ピギイイイイ!」


「ピギャアアアアア!」


「ピシュアアアアアアアア!」


 1匹、2匹、3匹……。もう何匹やっつけているのかまったくわからない。


 とにかく殴る、殴る、殴る……。


 その果てしない戦いに無限の時間が流れすぎるようだった……。




「よくやった! なかなかがんばったな!」


「……」


「もうお前は新兵じゃないよ、これからは……」


「…………」


「おっ、おい、どうしたんだよ」


「………………」


「何があったんだよ。髪の毛が真っ白だし、体もこんな……」


「……………………」


「しっかりしろよ! 目を覚ませよ! 返事しろよ! おい! なあ!」


 燃えたよ。僕は燃えつきたんだよ。真っ白な灰になったんだ……。


 【完】






「そういったわけで、あの日、あなたは座って木にもたれかかり、頭を垂れ下げて、軽く拳は握ったまま両腕も前に垂れ下げて、とても安らかな顔で真っ白になっていたのよ」


「……どういうこと?」


「いくつか軽い切り傷はあったけど、致命傷になるような目立った傷はなく、毒特有の肌の変化もなく、それでいて何もかも真っ白になって力尽きていたの」


 レニの話はどうにも要領を得られなかった。


「つまり、デーモンラットと戦った僕はどうなったの?」


「要は、『燃え尽きて真っ死ろ』ね」


「……そんなよくわからない死に方、あっていいのかな」


「言ったでしょ、『私にもよくわからない死に方をする』って」


 僕が想像したのとはかなり違うな……。


 そんなわけで、僕は気がついたら、ここに初めてやって来た例のあの日に戻っていた。


「そうそう、大丈夫だとは思うけど、一応伝えておくわ。時間が戻るのは私とあなただけだから、あの3人とはまた初対面に戻ってるわ。間違えないよう注意してね」


「そうかあ……。まあ、そうだよなあ……」


 少しは得られたアッキーからの信頼も、また初めからやり直す必要があるということだろう。正直滅入るものがある。


「最初は慣れないだろうけど、毎回同じ話をするのも気がつけば自然なものになっていくから」


 先輩のその言葉はとても重いように感じた。

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