第13話 優しさとは

 僕は穏やかで心地よい感覚に身をゆだねていた。


 暖かで気持ちの良い……。


 気づくと、レニが優しい顔をして僕を抱きしめてくれているようだった。


 何だろう、不思議な感情でいっぱいになって、僕は満たされていく……。


 彼女の温もりは何よりも気持ちが良くて、どんどん幸せでいっぱいになっていくのを感じる。


 もう永遠にこのままでいたいな……。


 ――ペチペチ。


 その時、僕の顔にわずかながらに痛みが伝わってきた。


 何だよ、ジャマしないでほしいな。


 ――ペチペチ。ペチペチ。


 もう、不愉快な! やめろ!


「……あっ!」


「おー。起きたじゃん」


 僕が目覚めたことに半笑いで反応したのは煤闇(すすやみ)のシムナである。中腰で面白そうに僕を観察していた。


 どうも僕は今まで眠っていたらしい。


 眠っていた? 気を失っていたと呼ぶべき気もするが、今は夢から目が覚めたような気分でもある。


 よく見ると、僕は後ろから抱えられていたようで、上半身だけが起き上がっている状態だった。


 少し振り返ると、後ろからレニが僕を抱きあげているのに気がついた。


「大丈夫だった? どこがすごく痛かったりしない?」


 夢とは違って、彼女に笑顔はなく、むしろとても不安そうな顔をしている。


「ええっと……。特にケガとかはないみたいだけど……」


 僕は体中に意識を向けてから、そう答えた。手足もちゃんと残ってるし、いたって平常だ。


「このアホ!」


 と、そこで、頭にゲンコツを喰らった。加減をしているのはわかるが、それでもとても痛い。


「は、はい……」


 僕は情けない声が出た。ゲンコツの主はイナズマのアッキーである。


「反省しろ!」


 そう怒鳴ると、アッキーはひとりホームへ行ってしまった。


 位置関係からして、僕の頬をペチペチと叩いていたのもアッキーだったのだろう。


「あいつ、結構優しいじゃ〜ん」


 中腰のままのシムナが僕にはよくわからないことを言ってきた。


「は、はあ……」


「本当はさあ、お前なんかの命を奪ったってよかったのにさぁ〜。あいつの優しさに感謝するんだよ〜」


 なんだか物騒なことを言われている気がする。


「その通りよ。あのイナズマがあんなことするとは私も思わなかった」


 と、そこに、相変わらず異形の姿をした千年大罪のミカがやって来てそう言ってきた。


「あのう……。すみません、何があったんでしょうか……?」


 僕は恐る恐る尋ねた。


「イナズマが戦うのにあなたは足手まといだし、放っておいたらやられてしまうところだった。そこで死なない程度に加減しつつ上から殴ってあなたを気絶させたの。仕方がないから、私はそこに癒しの魔法をあなたにかけてあげた。だから痛みも残っていないし、その上ぐっすりと眠れていたでしょう?」


 そう言われると、確かに僕は痛みを全然感じていなかった。後からゲンコツは喰らったけど。


「それは……。どうもありがとうございました……」


 素直に感謝を言葉にする僕。


「でも、あなたもお互いの立場をもう少し考えたほうがいいわ」


「千年大罪の言う通りだね。お前が死んだところで誰も疑わないんだからさ」


 シムナは再び僕を脅してくる。


「ふたりとも、こんな時にそういった話はやめてくれないかしら」


 僕を抱いたままのレニが少し不機嫌なのを露わにして抗議した。


 レニのその態度にシムナとミカは「はいはい」といった感じで、各々その場を去っていく。


「レニ、ありがとう。もう大丈夫だよ」


 僕はレニの抱擁を解いてもらい、彼女と向き合った。


 あたりを見渡すと、もうゴブリンは跡形もなくいなくなっている。僕を気絶させた後に3人で全部片付けてしまったのだろう。


「ところで、今の話だけど……」


 僕は今までの疑問を口に出してみた。「お互いの立場」とか「誰も疑わない」とか、かなり気になることを聞かされた気がする。


「それは……。まだあなたが気にすることじゃないわ。今はどう強くなるかだけに集中して」


「う、うん……」


 その時のレニの真剣な顔立ちに僕は思わず気後れした。


 ――これまでのことを改めて考えよう。


 敗北した勇者の代わりに国家が協力して魔王を封印することになった。そして僕はその封印の護衛役のひとりとして、この場に召集された。


 しかし、どうしたわけなのだろう。護衛役として集まったのは僕を含めた4人だけであり、なおかつ僕は実戦経験もろくにない新兵だから、実質的に護衛役は3人だけである。


 その上、更に、僕の知らないところで何かしらの事情が存在していて、ここにいる人たちはうっすらと互いに敵視しあっているようにも感じる。


 僕が今も生きているのはアッキーの優しさであるらしいし、そのことはレニも特に否定はしないようだ。


 裏を返せば、僕は彼女たちから命を奪われる対象とも言えるらしい。


 おかしい、おかしいよ……。魔王という人類共通の敵と戦っているはずなのに、どうしてこんなに穏やかではない雰囲気なんだ……。


 レニが言うように、今の僕はどう強くなるかに集中するしかないようだ。


 他のことを考え出したら、頭が沸騰しておかしくなってしまいそうだから……。

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