第12話 イナズマのアッキー

 さて。強くなる方法を手に入れたとして、どうするか。


 レニからの説明によると、このろくろ回しで補助魔法や回復魔法の習得は少々厳しいらしい。


 というのも、反則的な抜け道を使って急速な自己強化を達成するのが、このろくろ回しの真骨頂であり、それ以外は初めから考えていなかったそうだ。


 実際、新兵の僕がたったあれだけの時間で急速に肉体が強化されたのだから、それだけで大したものだろう。我ながら何の疑問もなく扉を蹴破ったし。もっとも、その「何の疑問もなく」といった部分が致命的な欠点なのかもしれない。


 とりあえず、あの時の衝動性はろくろ回しに慣れていく内に収まっていくのではないかとのことだった。実際にそうなることを祈ろう。


 では、僕が戦力になるためにどういう方向性を目指すか。


 そこはやはり徹底した自己強化で先陣を切るタイプしかないのではないかというのがレニの意見である。僕もそれしかないと思う。


 問題はある人と役割が被ることである。イナズマのアッキーは格闘技を駆使する突撃兵であり、先陣を切るなら彼女とかち合うのだ。


 彼女はかなり背が低く、一同の中でも頭1つ分ぐらい小さい女性である。おそらくどこへ行っても小柄という印象を周囲に与えるだろう。


 かといって、決して弱々しいという風体でもなく、その均整の取れた体つきは俊敏な動きにつながるだけの納得感があった。


 髪の毛は頭部右側の高い位置で丸く1つにまとめており、そこから後ろに長く垂れ下がっている。


 胸部と腹部中央に甲冑のような金属製のプレートを装着し、首から胸元にかけてと胴体の全体を黒い布のみで覆っている。袖はなく、前腕と指に白い包帯が巻かれている。ベルトで固定したショートガードは太もものほとんどの部分が露出する非常に短いものであった。


 総じてかなりの軽装備とも言えるが、それだけ動きやすさを優先しているとも言える。その姿は自信の現れでもあるのだろう。


 何故「イナズマ」と呼ばれているのかはわからない。レニもそのあたりは把握していないとのことだった。


 おそらくは「イナズマ」と呼ばれるぐらいにすごいということなんだろう。


 とにもかくにも、そんな彼女と共闘できるまでに強くならないと何もできないままである。


「とりあえず、前より強くなれるはずだわ。試してみて」


 レニにそう言われた僕は早速ろくろ回しに再挑戦してみた。


 シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。


 確かに前回の感覚が残っていて、我ながら手慣れた雰囲気が出てきている。


 変に心が踊ってしまうということもなく、地に足がついてきたように思えてきた。


 シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。


 僕は手を動かしながら、魔物の大群と戦うイメージもしてみた。


 動き、飛び跳ね、殴る、蹴る……!


 軽快な動きに戸惑うゴブリンの姿が脳裏に映る。


 妄想しているだけで現実には存在していない光景だが、脳裏に映すだけで体が活き活きとしてくるのも感じてきた。


 なかなかの手応えだ。今度はけっこう行けるのではないか。


 いや、行ける。これは間違いなく行ける。何かがそう告げている。


「よし、行くぞ!」


 前回と同じぐらいの時間が経ったと感じたところで、僕は軽やかな足取りで部屋を飛び出した。


 今度は扉を蹴破ったりしない分、精神は極めて正常に保たれている。


「うおおおおお……!」


 一気に駆け抜けると、前回死亡した場所に早くも到着した。


 それから少しして例のゴブリンの軍団がやって来た。どうも待ち合わせよりも僕は少し早く着いてしまっているようだ。


「おい、何やってんだ!」


 後から遅れてイナズマのアッキーが走ってやって来た。その口調はいつもの乱暴なものだった。


「そんなに命を粗末にするんじゃない! 今、お前がここに来ている事情はわかってる。だからって早まるんじゃない! いいからどこか安全なところにでも隠れてろって!」


 アッキーは慌てて僕を説得しているようだった。


 ずっと冷たい人だと思っていたが、本当はそうでもないのかもしれない。


 ところで、「ここに来ている事情はわかってる」とは、一体どういうことだろう。僕自身よくわからないのだが。まあいいか。


「今の僕なら行けます……! だああああああ……!」


 僕は差し迫ってきたゴブリンの軍団に突っ込んだ。


 まずは先頭にいた1匹の左頬に高速パンチ。


「フゴオオオオオ……!」


 パンチの直撃を喰らったゴブリンは見事に吹っ飛んでいった。


 やったぜ。これが1キルってやつだ……!


「ガアアアアア……!」


 怒り狂った周囲のゴブリンたちが早速僕に反撃を加えようとする。


「見える……! 僕には見えるぞ……!」


 前回と違って、今回はゴブリンからの一斉攻撃を回避するだけの運動能力が備わっていた。


「あらよっと」


 避ける。避ける。1つ、2つ、3つと、次々と回避する僕。


「ンガアアアアア……!」


 怒りまくって更に一斉攻撃を繰り広げるゴブリン軍団。


 しかし、今となってはそれも僕を仕留めることなどできなくなっていた。


「ほれほれ、どうしたー」


 怒るゴブリン。回避を続ける僕。


 レニ、やはり君は天才だよ。今の僕の体は生まれた時から最も自由だ。


「プギイイイイ……! ンガアアアアア……!」


 と、しばらくしたところで、僕は回避一辺倒になっていて、まったく反撃する間を取れていないことに気づいた。


 まずい、このままではジリ貧である。


 え、どうしよう。この先、何も考えていなかったんだけど〜!


「プギャアアアアア……!」


 ゴブリンからの攻撃を回避して右に移動した先に、別のゴブリンが横から棍棒を振ってくるのが見えた。その顔はものすごい笑顔だった。


 まずい……! これを喰らったら僕は確実に死ぬ……!


 死んでも助かるのはわかっていても、それでも恐怖は変わらない。


 どうしよう……! ここで身を屈ませられたら……!


 でもこれ以上、体は動かせない!


 あ、もうダメだ、あっ……。


 と、死を覚悟したその瞬間、僕の頭に上からガツンと衝撃が走った。


 何がなんだかわからないまま、僕はその場に倒れた。

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