第9話 魔法のろくろ回し
僕は例の3人に軽く挨拶を済ませると、部屋にこもった。
と、そこで、僕はここの屋敷を「ホーム」と呼ぶことに決めた。
別に呼び方なんてどうでもいいのだが、長丁場になる気がしたので、自分自身で呼びやすい命名をしてみることにした。
それは変だのおかしいだの言われたら、その時にまた改めて別の呼び名でも考えよう。
ホームの自室にこもった僕が始めたのは、レニから渡された壺の研究である。
壺は実に小さなサイズで、精一杯広げた手のひらよりも少し大きい程度である。
そして、その淵には丸い取手のようなものが付いている。
「よくよく見たら、これは小さな鍋なのでは……?」
底が広く、口も広いので、壺ではなく、ただの鍋としか認識できなくなってきた。
いや、実際に、ただの鍋である気がする。
考えれば考えるほど、目の前にある物が鍋にしか思えなくなってきた。
どの方向から見ても、美味しいスープを作るのにピッタリな形状なのである。
これを壺と呼ぶのは、作った職人のおじさんに失礼な気がしてきた。
おそらく思うような出来にならなかったら自ら叩き割るタイプの職人のおじさんが作ったに違いない。
それぐらいの丹念さを感じてしまうのである。
……いかん、まずい。このままでは雰囲気が出ない。
許してくれ、ガンコ職人のおじさん。今日からこれは壺なのだ。
そんなことを考え、僕は壺の上に手を広げた。
ここからはレニに教えてもらった通りに進めていく。
まず壺そのものが球体の膜に覆われているのをイメージして、それを両手で優しく包み込むように構える。
そうすると、壺から白くて小さな発光体が浮かび上がってくるはずだそうだ。
――ボアン。
なるほど、確かに白くて小さな発光体が壺の中から優しく浮かび上がってきた。
それから、これは左右逆でも特に問題はないらしいが、まず右手を高さを保ったまま奥に少しだけ伸ばし、左手をこれも少しだけ手前側に高さを保ったまま引く。
そして、今度は逆に、右手を手前側に引き、左手を奥に少し伸ばす。
これを繰り返す。ただただ繰り返す。
シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。
別に音が実際に鳴るわけではないのだが、気持ちの上だけでは「シュッ」という音が両手を動かす度に鳴っていく。
シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。
この動き、何かを思い出す気がする。
シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。
あれだ……。そう、あれの気がする……。
シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。
「……ろくろ!」
思わず出さなくてもいい声が出てしまった。
そうだ、この手の動きはろくろ回しではないか。
ちなみに、ろくろを実際に使ってみたことがあるどころか、実物を見たことすら僕にはない。
そして、僕がろくろ回しの動きを繰り返していると、壺から浮かび上がって宙でふわふわと位置を保っている発光体が、どんどん強くなっていくのも伝わってくる。
明るさが強くなっていくというより、温かさが増している感覚だ。
血の流れ……とでも呼ぶのだろうか。手から始まって体全体の心地よさが広がっていくような気がする。
ここまでレニからの説明の通りである。
この壺から出てくる光の玉へ手のひらから見えない力を送ると、それに反応して光の玉は強くなっていき、そしてその光の玉の成長がこちらにもフィードバックされていくということなのだ。
これはレニが誰でも魔物と戦える力を手に入れることができるように開発した魔法だそうで、しかしまだいろいろと研究中の段階だったらしい。
ところが、これが本当に研究中の段階なのだろうかと不思議に思うぐらい、僕自身どんどんみなぎってくるのがわかった。
「すごい……! これはすごい……!」
体にどんどん可能性を感じていく。グーパンチで壁を破壊できるような気がしてきたし、空も飛べるような気がしてくる……!
シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。
空でろくろ回しを続ければ続けるほど、相乗効果で僕が強くなっていく。
これはやめられない止まらない。思わぬ中毒性を感じる。
シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。
すまない、僕はこんなに強くなってしまった。
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