第8話 最も長い30日の始まり

 しかし、レニの謝る姿は真剣そのもので、この状況に合う反応をしなければならない空気になっている。


「よくわからないのだけど、同じ日を繰り返せるなら、戦いとかには有利なんじゃないかな……? それに、他に何かまずいことがあったりするの……?」


 例えば、ある日、敵が人間の味方のフリをして、ここにやって来たとしよう。


 最初はそれを味方だと思って素直に迎え入れて、そしてそこから不意打ちを食らって全滅してしまうなんてことが起こるかもしれない。


 しかし、それが2度目ならそんなヘマをしでかすことは決してないだろう。


「ぐ、ぐえー! なんで俺様の正体がわかったんだー! 未来予知能力者がいたとでもいうのかー!」


 そう言いながら我らの怒りの一撃に沈む敵。


 この繰り返しが可能であるなら、必ずしも悪くはないだろう。


「特に体のどこかが動かなくなるとか、そういうことが起きたりすることはないわ」


 しかし、僕の素朴な疑問は無視され、リスクを気にしなくてもいいということだけを教えてくれた。


「そうなんだ……」


 今も疑問が収まりきらない僕を尻目に、レニは部屋の中を物色しだした。


「これからあなたは、私が魔王封印に成功するまで今日へ戻るのを、永遠に繰り返す」


 何かを探しながらレニは話を続ける。


「永遠にって、今までどれだけ繰り返したの?」


「確か30回までは数えてたわ。それ以降はもう数えてない」


「魔王ってそんなに強いのかな……」


「勇者が負けるくらいだから」


 勇者……。


 僕は実際に姿を見たこともないが、この世界に彼の評判を知らない人間はいない。


 どこの国の軍隊でも勝てないような魔物を倒し、天然の要塞であろうが単身で突破し魔物のアジトに挑むという、とにかく圧倒的に人間離れした英雄なのだ。


 彼が倒せない相手は人類が束になっても、間違いなく勝つことはできないだろう。


「世界中のみんな……! すまない……!」


 勇者の最期の言葉は、彼の勝利の帰還を待ちわびている世界中の人々に対する謝罪だったらしい。


 ただ単に強いだけではなく、高潔。そのような人間は世界中に彼だけだったに違いない。


「そんなに強い魔王を封印することって、やっぱり大変なことなんじゃないかな……」


「大変というか、不可能じゃないかしら」


 レニは世間話のようにあっさりと言う。


 その何かを悟ったかのような落ち着きすぎた言い方は、僕の緊張をいっそう強めた。


「不可能にする要因その1。妨害にやって来る魔物の軍団があまりに強い」


 部屋のガラクタらしきところから小さな壺を見つけてきたレニは、それを振ったりしながら、話し続けた。


「ええ! あれだけ強い人たちがいるのに?」


「上には上がいるものだから。それは仕方のないことだわ」


 なんていうことだ……。僕は彼女たち3人だけでもまったく別の人種にしか見えないというのに、それでもそれを上回る魔物がいるというのだ。


「それに、毎日とか来られると、さすがに体力が追いつかないみたい」


「やっぱり3人でやることじゃないよね……」


 つくづく疑問だが、ここには何故これだけの人数しかいないのだろう。未だによくわからない。おまけに新兵の僕はただ単にいるだけでしかなく、実質的には数に入れることができない。


「そして、もう1つの要因。30日の時間制限」


「時間制限……?」


「今日から30日の後、魔王が人類殲滅の大技を開放する」


「殲滅って……」


「今のあなたも知ってると思うわ。一瞬にして人類を終わらせる悪夢の閃光、ピンク・リリー・フラッシュよ」


 僕はあの時の桃色の光を思い出した。


 言われてみたら、あの時の伸びてくる光はそれだったのかもしれない。


 実感があるかないかと言われたら、あまりない。あの時に僕は死んだと言われても、感覚的に理解できない。


 それでも、これまでの不可解な出来事のいくつかは、僕が死を繰り返していることが事実だとすると、すべて解決してしまうのは確かだった。


「この30日の間に魔物の軍団の襲来をすべて撃退しつつ、封魔の術も簡略化することなく完璧に仕上げて魔王を封印する。これが今ここにいる私たちの使命よ」


 レニはそこまで言い切ると、ホコリを払い終えた小さな壺をテーブルに置いて、小瓶から液体を少しだけしたたり落とした。


 すると、壺の底からポンという音と共に煙が出たかと思うと、そこから白くて小さな光の玉が浮かび上がり、ふわふわと浮かびだした。


 僕は今まで見たことのない神秘的な光景に「おお……」とうなりながら見とれていると、レニは静かに語りかけた。


「これがあなたに渡せる力よ」


 レニから受け取った不思議な壺が、絶望的な世界の運命を逆転させるものになるとは、この時にはまだ夢にも思わなかった。


 こうして僕の中で最も長い30日がこの時に始まった。


 その先にどんな人生を送ることがあっても、これに代わる長い30日は絶対に来ることはないだろう。

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