第6話 勇者が魔王に敗北したのでスローライフを始めました

 しかし、またおかしなことが起こっていた。


「あれ? こんなに片付いていたっけ……?」


 部屋の中にはあれこれと物を置いていたはずだったのだが、それが全部無くなっている。


 食べかけていたパンでも食べようかとしたけど、それも見当たらなくなっていた。


「レニが全部捨てちゃったのかな……。あの人はそんなことしそうにないけど……」


 僕は自室でそのまま少し横になって休んでいると、人の集まる気配がしたところで廊下に出た。


 するとそこには例の3人が集まっていた。


 なんだ、やっぱりいるじゃないか。どこへ行ってしまったのかと思った。


 しかし、様子が変だった。いつも以上に「なんだこいつは」という目で僕をにらんでいるような気がする。


「どうしたんですか?」


 僕から声をかけると、例のごとく、3人は全員僕を無視し、一言二言と言葉を交わすだけ交わして、また解散してしまった。


 無視されてしまうのにはもう慣れたので今更気にしないが、どうも様子が変なような気はした。


 僕はまた外に出て、レニのところへ行ってみた。


「これから術式を行うわ」


 どういうわけだか、レニは初めてここに来た日と同じことを僕に話し始めた。


 そして、やはりゴブリンの軍団がやってきた。


 レニは僕をハラハラしながら見つめているような気がしたが、既にこのゴブリン軍団が例の3人からすると取るに足りないザコの集まりでしかないということを知っている今となっては、のんびりと見届ける対象でしかなかった。


 哺乳類に蹴散らされるアリンコと化したゴブリンの軍団……。ここまで来ると、敵ながら実に哀れだ。


 僕の隣に立っているレニが心底不思議そうな顔でこちらを見ている。一体、何がおかしいのだろうか。


 そこで僕は急に憑き物が落ちきったような気分になった。


 あることを思いついたので、それをすぐに言葉にしてみた。


「僕、やっぱりここを去ります」


 もうこれ以上、僕がここにいる意味はない。僕ができることなんて何もない。こんな任務なんて抜けてしまおう。ついでに軍も辞めてしまおう。


「……わかったわ」


 レニは驚くかと予想していたが、むしろ安心したかのような顔になって、優しく頷いた。




 気候もちょうどよく、実に良い気分だった。晴れ渡った野原を満喫する僕の心は実に軽々しいものとなった。


「次は何の仕事をやろうかなあ」


 職を失ったら絶望的な気分になるのかと思っていたが、実際に仕事を投げ出してみると、そこには希望しかなかった。


 ちょうどよい空き家を見つけたので、そこで食料の現地調達をしながら、しばらくの間、僕はスローライフを楽しんでいる。


「世界を守れというろくでもない仕事を押し付けられたので職務放棄してスローライフを始めました……なんていう本を書いてみるのも面白いかな」


 昼間の林でキノコを採りながら、僕はそんなことを考えてみた。文字の読み書きはギリギリ出来る程度だが、まあそこはなんとかなるだろう。


 スローライフは思いの外に楽しい。ありがたいことに空き家には井戸もあったので、当分の間、飲み食いに困ることもなさそうだ。


 このあたりは魔物もいないようなので、危険もほぼない。これにもう少し稼ぎが加われば、安定した人生を楽しめそうだ。


「おっと、これは毒キノコだ……。危ない危ない」


 そうやってキノコを選別しつつ採っていた時に、急にあたりが暗くなるのに気がついた。


 最初は雨雲かなと思ったけど、暗さが明らかに違う。まるで急に真昼から夜中になったようだった。


「なんだこれ……?」


 一斉に鳥が鳴き声をあげて飛び立って行ったのも聞こえた。遠くからはたくさんの動物たちが怯えるような鳴き声をあげている。


「ど、どうした……?」


 と、その時だった。


 急にピカッとまぶしく桃色に光ったかと思うと……。




「……ん? ……ん? あれ?」


 僕はまたもや例の家屋の前に立っていた。

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