第5話 引きこもり

 だいたい毎日、外では戦闘が起きているようだった。しかし、いずれの日もすぐに音は止み、魔物の軍団は撃退されていく。そして、いつ見ても例の3人は余裕満々の様子だった。


「エドガー隊長みたいになれたらなあ……」


 外から戦いの物音を感じ取りながら、僕はふと懐かしいことを思い出した。


 エドガー隊長とは、僕の国で最も強い兵士と目されている英雄である。国に襲来した魔物を単身で撃退し、国民を守ったことで一気に有名になった。老若男女問わず、ファンも多い。


 僕もいつかはエドガー隊長のような人に……なんてことは、正直一度も思ったことがない。雲の上の人ともなると、返って憧れにとどまってしまう。それだけ、彼はすごい人なのだ。


「そもそもなんでエドガー隊長じゃなくて僕なんだろう」


 これが今になってもよくわからない。確か、人類の存亡をかけた魔王との最後の戦いと聞かされた気がするのだが。


 もしかして、エドガー隊長は病気にかかって苦しんでいたりするのだろうか。


 いや、そんな話は聞いたことがないというか、そもそも毎日元気に訓練しているところを僕は確かにこの目で見ている。


——……!


 そんなことを考えていたら、なんだか外が騒がしいことになってるのに気づいた。


 声らしき音が聞こえてくるし、物音もしてくるような気がする……。


 僕は恐る恐る、静かに窓の側に顔を近づけていった。


 視線を伸ばす。すると……。


「うわ……!」


 僕は地獄と変わり果てた世界を見た。


 窓の隙間から外を覗くと、魔物の群れがこちらへ近寄ってきているのが見えたのだ。


 何故! どうして!


 僕はどうしようもない焦りに囚われた。


 一体、どういうことなんだ。あの3人はどこかへ行ってしまったのか?


 しかし、今、それを考えたところで、何の意味もなさない。


 逃げる? 隠れる? どうする?


——ガタン! ドン! バン!


 ダメだ! 魔物が入口から入ってきた! もう逃げるしかない!


 僕は向こう側に魔物がまだいないのを確認すると、反対側の窓から飛び出て走り出した。


「ハァ……! ハァ……!」


 僕は走る。とにかく走る。後ろなんか見ない。


 魔物のうめき声が聞こえる。ダメだ、少しでも遅れたら捕まってしまう。とにかく走るしかないんだ。


 ……そういえばレニはどうしたんだろう。


 本当は考える余裕なんてまったくないのに、その時つい思い浮かんでしまった。


 何かが脳裏によぎった僕は、そこでつい後ろを振り向いてしまった。


 そこにはおびただしい数の魔物が僕を追ってくるところで、まさに地獄絵図だった。


 そして、その距離は既に僕に追いついたところで……。




「……ん? あれ?」


 僕は例のいつもの家屋の前に立っていた。窓から飛び出て走っていたはずなのに、僕は今、家の入口の前にいる。


 四方八方を見渡した。


 僕を追いかけていた魔物の群れはきれいさっぱりいなくなっている。


 ……あれだけいたのにどういうことだ?


 僕は何か悪い夢でも見ているのだろうか。


 しかし、今の感覚は起床してからしばらく経っている時のもので、夢でないことはだけは断言できる。


 とりあえず、いつもの家の中に入る。


 ぎぃぃぃぃぃ……。


 ゆっくりと扉を開ける。部屋は昼間にふさわしくない薄暗さで、中にはレニがたたずんでいた。


「ああ……。どうも」


 僕は自分でもよくわからない挨拶をした。


 どうやらさっきまでの魔物の群れに追われていたような感覚が残っていて、思考が整理できないのだろう。


「あなたの今、目の前にいるのが、魔王の封印を命ぜられた魔法使いのレニ。封印の術式には30日ほどかかる。何度やってもそれ以上短くならなかったから、急がせるのはあきらめて。あなたの他に後から3人だけ来る。全部その人たちに任せればいいわ。それで誰もあなたを責めない」


 レニは何故か自己紹介を始めたかと思うと、そのまま外に出ていってしまった。


「なんだ、今の……」


 僕は無駄に自己紹介をやり直したレニの奇行を不思議に思いながら、いつも引きこもりに使っている自室に戻った。

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