第4話 絶望を叩き込む
とはいえ、余裕で1000は超える数のゴブリンの軍団である。後方にも多くのゴブリンが控えている。
そちらからの攻撃には大丈夫なのだろうかと思って目を向けてみる。
「え……? どういうことだ……?」
後方のゴブリンは何故か苦しんでうずくまっている集団がいたり、仲間同士で殴り合っている集団も見えた。これはこれで壮絶な光景である。
何が起こっているのかと思い、更にあたりを見回した。
すると、僕の左手側の小高い丘に、どこからわいているのか薄く黒い霧に覆われて見づらくなってる先のところに、例の煤闇(すすやみ)と呼ばれていた女性がいるのが見えた。
肘を曲げ、片手を口元に寄せている姿からして、何か唱えているような気がする。周囲のゴブリンに異常なことが起きているのは彼女の魔法の仕業なのだろう。
「あ!」
と、傍目で例のイナズマの人がゴブリンからの棍棒攻撃を喰らって吹き飛ばされるところが見えてしまった。
やはり、いくらなんでも無茶なのだ、早く逃げないと……。
そう思ったところで、彼女の体はどこからか伸びて来た白い光に包まれると、一瞬で態勢を戻し、またすぐにゴブリン軍団へと突っ込んで行った。
ついさっき棍棒攻撃を喰らわせた大きなゴブリンが逆にボコボコにされているのを見届けると、僕の右手側から白く大きな光が伸びてきている発光の元を確認した。
千年大罪と呼ばれた、顔を覆われている女性がそこにいた。
腕を伸ばし開いた片手からは、美しくも優しげな光が発せられ、見ただけで傷を癒やすものであるのが理解できた。
不気味な出で立ちと仇名とは裏腹に、彼女は慈愛に満ちているようであった。
「これは……やばいよ……」
僕は思わず自分でも何が言いたいのかよくわからないことをつぶやいてしまった。何がどう「やばい」のか、言った僕自身、よくわからなかった。
とにかく今、起こっている光景は、数で圧倒的に負けているはずのゴブリン軍団に対して、たった3人の人間が逆に向こう側を追い詰めているという、異様としか呼べない光景であった。
あっけにとられている僕をずっと抱えているレニは、相変わらず表情を変えないままであったが、心なしか右手を優しく握り直してきた。
それに気づいた僕は思わず深く息を吐いた。
ゴブリンの軍団がわずか3人の人間によって全滅したのは、それからほんの少し後のことであった。
イナズマのアッキー。彼女は格闘技に長けた軍の兵士で、特攻兵として戦いの度に敵陣へと乗り込んで暴れまわり、その無類ぶりは遠い他国にまで広まるほどである。今回の任務もアタッカーとして役割をまっとうするつもりだ。
煤闇のシムナ。国の魔法使いであり、得体のしれない変わり者としても有名らしい。彼女の魔法の腕は一級品であり、敵に回したくない女として知れ渡っている。今回の任務はデバッファーに専念するらしい。
千年大罪のミカ。元々国では上位の僧侶だったが、何かの罪で投獄されていた。それまでは慈愛の女神として幅広く尊敬を集めていたが、そんな彼女が何の罪を犯したのかはわからない。今回の任務はヒーラーとして尽くすものと理解している。
これが例の3人についてだ。あの後、僕はレニに教えてもらって知った。
人類の存亡をかけた任務に何故これだけの少人数しかいないのかよくわからなかったが、実際に彼女たちの強さを目の当たりにしたら納得の面子だった。それでも数が少なすぎるのには変わりはないが。
問題は僕である。ただの新兵であり、戦力にはとてもじゃないが数えられない。明らかに場違いだ。
何故、僕は無視されたか。それはそうだ、これだけ大事な任務にレベルが違いすぎる人間がやって来たのだ。迷惑で仕方がないだろう。
もちろん僕は彼女たちほど強くなったこともないから、僕を見てどういった気分になったのかは心から理解できたりはしないが、頭では十分すぎるほど納得できてしまう。大人たちの大事な話し合いに小さな子が混じろうとするようなものだ。
せめて炊事係か何かやろうとしたが、それもまた冷たく断られた。何でも、どの人も食のこだわりが強いらしく、自分が食べるものは他人に任せたくないらしい。
そういったわけで、僕は引きこもりを始めることになった。
何か出来るわけではない、勝手に帰るわけにもいかない。
「そんなの引きこもるしかないじゃないか」
僕は家屋の狭くて粗末な部屋を選んで、毎日何もせずにダラダラと時間をつぶし続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます