第3話 ゴブリン軍団の襲来
目の前の女性は確かに存在する人間だというのに実に取り止めがない。大魔法使い様というのはこういうものなのだろうか。
「これから術式を行うわ」
訳のわからなさで脱力していたところで、今度はレニから話しかけてきた。
「術式を行う度に魔王を封印する力がたまっていくの。たまりきったところで封印を発動して魔王の封魔が完了となる。ここから魔王の居場所まではものすごく距離があるけど、この封魔の術式にそれは影響しないわ。問題は術式を行う度に魔物の軍団がここを攻めてくることね。すぐに来ることもあれば、まったく来ないこともあるし、時間をかなり置いて来ることもある。とにかく封印の術式の度に魔物の軍団がやってくる。あなたはそれだけを知ればいい。今のは何度も説明してきたことだから、私も何か言い忘れてるかもしれない。何か質問があれば言って」
レニは僕の顔を見ることもなく一気に説明した……って、ええ……。
魔物の軍団……。どういうことなんだ……。
「最初は決まってすぐにやって来るわ。あなたがその先どうするかの判断材料になるから、最初だけは逃げずにここにいて。いいわね」
呆然としている僕を尻目に、レニは何やら人差し指だけ伸ばし、なんだかよくわからない右手の動きを展開している。
そして最後に体全体を大きく伸ばすと、魔法陣が一瞬強く光ったような変化が起きた。
「ふぅー……」
レニは大きく息を吐いて、体を前に倒した。全速力で走った直後のようなものなのだろうか。
——魔物の軍団がここを攻めてくる。
レニは確かにそう言った。僕はハッキリと覚えている。
しかし、本当にそうなのだろうか。このあたりは魔物のナワバリになっておらず、単身で来るのもとにかく安全で楽だった。
そもそもレニの言っていたことだって、最悪の前提で言っていただけなのかもしれない。
さっきの話しぶりから察するに、おそらく似たような術式を過去にやった時にはそうなっただけなのだろう。
何より、この美しい自然の物音しか聞こえてこない平和な静けさである。今感じている爽やかな風の心地よさは僕の無用な不安を拭い去ろうとしているかのようだった。
しばらくの間、穏やかな風のささやきによって時間が止まっていた僕を引き戻したのは、決して直面したくない現実であった。
「う、うわああああ……!」
僕は思わず腰を抜かした。向こうの果てから大群衆が迫ってくるのを見たのだ。
果てに見えるのはゴブリンの大軍団であった。
数は数百、いや数千になるのだろうか。ゴブリン自体には遭遇したことがあるものの、その時はわずか1匹で、それも上手く逃げおおせた経験があるだけだ。
それが、今回は大軍団だ。こんなのやり過ごせるか否かどころではない。どうしようもない。
もう僕は死ぬんだ。こんなことなら初めから逃亡しちゃえばよかったんだ……!
「大丈夫。落ち着いて」
暖かい体温を感じた。さっきから激しい鼓動を打っていた心臓が少しだけ緩やかになった。
レニは腰を抜かしている僕の肩に腕をかけ、余った右手で僕の手を握ってくれた。僕は初めて人の体温がこんなに心地よいのを知った。
それでもゴブリンの軍団がこちらに迫ってくるのは変わらない。僕はそれをただただ眺めている以外にどうしようもなかった。
と、そこに、たったひとりの人影がゴブリンの軍団に真正面から突っ込んで行くのが見えた。
遠目でハッキリとは見えないが、イナズマと呼ばれていた人だ。服装からして見間違えようがない。
「あああ……!」
僕は思わず悲鳴を上げた。ひとりであの軍団に突っ込んで行くなんて自殺行為というか、自殺そのものだ。なんてことをするんだと思った。
しかし、それは大きな勘違いで終わった。
「な、なんだあれ……」
僕は、今度はまったく別の意味で驚愕した。
ゴブリン軍団はたったひとりの女性の力で次々と打ちのめされて行き、見る見るうちに倒れたゴブリンだらけになっていった。
イナズマと呼ばれたその女性はひたすら殴る蹴るで文字通りゴブリンを蹴散らしていき、もはやゴブリンたちのほうが哀れなぐらいだ。
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