第2話 やることがない
少し経ったところで、また新たに入ってきた。また僕と同年代ぐらいの女性である。
今度の人は魔法職のようだ。ここで最初に出会ったレニという女性とはまた別のタイプの魔法職に見える。明らかに雰囲気が違う。
「どうも、こんにちは。初めまして……」
そこまで言って、僕はまた無視されたことに気づいた。
「もう全員集まってるの?」
「いや。多分、後ひとりだ」
「そう」
2人は特別面識があるようにも見えなかったが、僕を置いて会話したかと思うと、彼女もまた腰を下ろし黙って宙を眺め、再びその場は静寂に支配されるようになった。
それから、最後のひとりがやって来たのは、それからほんの少しだけ経った頃だった。
今回こそはまともに挨拶しようと思った僕だったが、今度は出ばなをくじかれてしまった。
「どうも初めまして。よろしくお願いします」
礼儀の正しさとは裏腹に、白い包帯か何かで顔面をぐるぐる巻きにして、不気味で仕方がなかった。
顔の真ん中には包帯状の布の端が大きく陣取り、そこに「投獄千年」と、これ見よがしに書かれている。
それ以外はひと目で女性と分かる姿で、それも若い人だろう。
「初めましても何もないだろう?」
僕の後の最初にここにやって来た女性が無関心そうに言う。
「イナズマに、投獄千年? 居心地が悪いわね」
直前にやって来た魔法職の女性が虚空を見ながらつぶやく。
「煤闇(すすやみ)がそれを言いますか」
今来た不気味な女性が、気を悪くしたのを隠すことなく返した。
僕の予想だが、この3人は全員有名人で、お互いに自己紹介をするのも野暮なくらいなのだろう。
何と言っても、重大な任務で集められているのだ。各国の有名人が集まって来ていても当然だ。
では何故、そこに新兵の僕がいるのだろう?
それは僕が教えてほしい。
3人はそれから少し何事かを話し合うと解散し、この屋敷に残ることなくどこかへ行ってしまった。
結局僕が彼女たちから話しかけられることは最後までなかった。1度たりともなかった。
「まさか名前すら教えてもらえないとは……」
何故ここにいるのかよくわからない新兵の僕でも、これは少しつらかった。
やることのない僕は先ほどの建物跡に移動してみた。
魔法使いのレニの姿が遠目から確認できる。建物跡の地面に何やら魔法陣を書いているようだ。
なるべくジャマにならないように僕は静かに近寄った。
レニは刺繍でもしているかのような手慣れた様子でチョークを操り魔法陣を書いている。書かれているひとつひとつの記号に一体どういう意味があるのか僕にはサッパリわからないが。
僕が見に来た時には既にほとんど書き終えていたようで、魔方陣の全体を少し見渡したかと思うと、チョークを小箱に片付けた。
「あのぅ……」
僕が話しかけようとすると、レニは表情を崩すこともなく、こちらを見つめてきた。
「僕は何をやればいいでしょうか」
仮にも王国に命じられて大魔法使い様の護衛に来た僕である。部屋で適当に時間を潰すわけにもいかない。
「それはあなた自身が決めることだから。私は何も言わない」
大魔法使い様は実につれなかった。
「いや、そういうわけにはいかなくて……」
食い下がる僕に対し、レニは何故だか面倒くさいという顔はしない。どこか虚空を見つめているかのような、そんな不思議な雰囲気で僕と向かい合っている。それは今まで直面した相手からは経験したことのないものだった。
「確かに私は今、自分の意思でここにいる。それに間違いはないわ。でも、強制的に与えられた選択肢のなかから選んだのも確かよ」
「は、はい……」
なんだかよくわからない話が始まった。
「人は無限の手段のなかから自身の行動を選べるほうが幸せだと、簡単にはそう考えているわ。でも、実際にはそれは誤りで、一定の選択肢を提示されるほうが幸せなのよ。自分で考えなくて済むのだから」
よくわからないけど、とりあえず相槌を打つ僕。
「それでも自分の選択に誇りを持っていい。私は言われた通り、今もそうしてる」
「……わかりました」
結局何を言いたいのかよくわからないまま、レニの話は終わってしまった。
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