第1話 何が何やらわからない
「あれだろうなあ」
ひとりだと言うのに思わず声が出た。人里離れた土地をしばらく歩いた頃のことである。
そこはちょっとした廃墟のような建物の跡だった。
昔は屋根を支えていただろう石造りの大きな柱が何も支えずに立っており、整えられた床は、なるほど封魔の儀式を行うのにふさわしい威厳を醸し出している。
その建物の跡が海をのぞきこむような丘の上に残っている。当時の権力者にそれだけの力があったということだろう。
そこから少し離れた場所に、まだ数十年ほどしか経ってなさそうな家屋があった。
大魔法使いの護衛は4つの大国からそれぞれ派遣されるという話だったので、おそらくあそこが宿営の場となるのだろう。
「もう誰か来ているのかなあ」
早速その家に向かった僕は、中に入らせてもらうことにした。
ぎぃぃぃぃぃ……。
ゆっくりと扉を開ける。昼間だというのに部屋は薄暗く、そして中にはひとりの女性がたたずんでいた。
「ど、どうも……」
僕が声をかけた相手の女性の顔に一切の表情が無ければ、こちらの挨拶する気もなさそうだ。
そこには彼女の他に誰もいない。もしかすると彼女が例の大魔法使いなのだろうか。
密かに気になっていたが、僕はその大魔法使いの年齢はおろか、性別すら知らされていない。何なら名前まで聞かされていない。
だから僕は特に理由もなく、おじいさん、もしくはおばあさんか、若くても中年ぐらいの人だろうと何となくイメージしていた。
しかし、目の前の女性は僕と同じくらいか、それか僕より少し若いぐらいのようだ。
髪は長く、頭には細いヘッドバンドのようなものをつけ、短いフリルがついた襟周りによって襟元を広めに開いたドレスは体の全体を覆っている。ドレスのスカート部分は左ウエストから右脚の方向にかけて斜めの切り替えライン状の3色構造という独特のデザインとなっていた。袖口はベル・スリーブで、首にはひかえめなネックレスをしているのが見える。
僕にそういう見分けをするだけの経験はまったくないが、少なくとも彼女が魔法の使い手であるという予想だけはできた。
「あ、あの……」
僕は恐る恐る話しかけた。
彼女の目つきはまるでこちらの顔を既に見慣れているかのような冷たさで気味が悪かったが、このままでも仕方がない。
と、そこで、こちらが言いきる前に、彼女が話を始めた。
「今、あなたの目の前にいるのが、魔王の封印を命ぜられた魔法使いのレニ。封印の術式には30日ほどかかる。何度やってもそれ以上短くならなかったから、早く終わらせようとするのはあきらめて。あなたの他に後から3人だけ来る。全部その人たちに任せればいいわ。それで誰もあなたを責めたりしない」
ひととおり、そう言い並べると、レニと名乗った女性は外へ出て行ってしまった。
「何だろう、今のは……」
彼女の説明には奇妙な部分も多く、僕は何だかだまされているような気分になっている。
どっちにしろ、他の人たちがそろうのを待つしかない。てきとうに腰を下ろして、時を過ごした。
しばらくすると、新たに女性がひとり入ってきた。やはり僕と同年代ぐらいだが、見るからに戦い慣れているという姿だった。
「あっ。初めまして……」
先程の反省をふまえ、自己紹介から入った。
しかし、彼女の反応は実につれなかった。
「あー、やだやだ」
少し僕を無言で見つめたかと思うと、返事をすることなく、頭をかきながら部屋の隅に腰をおろしてしまった。
さすがにこれには僕も少々ムカついてしまったが、全員が集まる前からケンカとなるのはイヤだったので、おとなしく黙っておいた。
部屋の中に2人いるにも関わらず、会話はひとつも起きず、意心地の悪い沈黙だけが続いた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます