第9話 背後注意!
冬のある日、フェルス侯爵のタウンハウスにて。
バラが美しい中庭は、今はしんしんと降る雪に埋もれて白一色になっている。
それを眺めながら、私とクラヴィスは暖かい応接間でお茶を飲んでいた。
クラヴィスが、外国の珍しいお菓子が手に入ったので一緒にどうかと誘ってくれたのだ。
「ライン公爵の様子はどう?」
私がいい香りのお茶を楽しみ、たくさんあるお菓子を一通り味わったところで、クラヴィスが口を開く。
「相変わらずね。私の嫁ぎ先を見つけるのに躍起になっているけれど、難航しているみたいよ」
アルバート殿下に婚約破棄された私、実は次の嫁ぎ先がいまだに決まっていない。
父があちこちに声をかけてまわっているが、なぜか殿方たちが及び腰なのだ。
「ふうん……」
手にしたティーカップを見つめながら、クラヴィスが呟く。
「あなたは? いいところから縁談が来ているのではなくて?」
「まあそれなりに」
「羨ましいこと。私にも縁談がくればいいのに」
「シーアは結婚したいんだ? アルバートとの婚約を破棄したがっていたから、結婚そのものが嫌いなのかと思っていた」
「アルバート殿下との婚約を破棄したかったのは、アマリエ様がいたからよ」
「もしいなければ、おとなしく結婚していた?」
「そうね……していたと思うわ。でも、それはきっと、私の望む結婚ではなかったでしょうね。早々に夫婦仲は壊れて、どこかで離縁を目論む羽目になっていた気がするわ」
だって、アルバート殿下は私のことをまったく女性として意識していなかった。
「私、結婚は好きな人としたいの」
前世の記憶があるからか、愛し愛されたいという願望は強い。
その気持ちを満たしたくて、前世の私は恋愛小説を読みふけっていたのだから。
「好きな人か……。じゃあ、そこに僕が名乗りを上げてもいい?」
クラヴィスが目を上げる。
眼鏡のレンズ越しに濃い藍色……夜空の色の瞳が私を射抜く。
それはドキリとしてしまうほど真剣な、強い眼差しだった。
「え? ええと……そうね……? あなたのことは嫌いではないから、もしかしたら好きにな……ん……?」
なんだか体がポカポカしてきた。
頭の奥もふわふわする。
「何かきっかけがあったら、僕のことを好きになってくれる、ということ? 僕にもまだチャンスはある?」
クラヴィスがカップをテーブルに置く。
「そうね……?」
「あなたの縁談を潰してまわったのは僕だよ。ライン公爵の先回りをして手を打った。……と言ったら、軽蔑する?」
「ええ……?」
私はふわふわする頭でクラヴィスの言っていることを理解しようとした。
だめだ、よくわからない。
それにしてもなぜ急に頭がふわふわしてきたのだろう。心臓がドキドキする。
これは……風邪? いきなり発病してしまった?
クラヴィスが立ち上がってテーブルを回り、私が座るソファのすぐ隣に座る。
ソファが彼側に沈み込み、私の体は少しだけクラヴィス側に傾いた。
「夏からずっと、シーアと一緒にいて、僕はシーアに魅せられてきた。シーアのことは苦手なタイプだと思っていた。でも誤解だった。あなたは正義感が強くて一言多いタイプではなくて、賢くて行動力があるタイプだった。あなたはアルバートにはもったいない」
クラヴィスの手が私の背中に回されて、ぎゅっと抱き寄せられる。
されるがまま、私はクラヴィスの胸に自分の頬を押し付けた。
いつもの私なら、親しい間柄とはいえ成人男性をここまで近づけたりはしないだろう。でも頭がふわふわするせいでものが考えられないから、私は「クラヴィスって、いいにおいがするわ」などとズレたことを考えていた。
なんのにおいかしら。柑橘系の、優しいにおいだわ。
「今、あなたが口にしたものに媚薬を混ぜ込んでいたと言ったら、軽蔑する?」
クラヴィスが至近距離から私を見つめる。
「……意気地なし、だとは思う」
私はひどく重たく感じる手を持ち上げて、クラヴィスの頬に触れた。
「そんなものを使わずに口説いてほしかったわ」
「申し訳ない。僕は意気地なしだから」
「正直ね。いいわ、許してあげる。……どんなふうに私にきっかけ作ってくださるの? 私があなたを好きになるきっかけ」
私の問いかけにクラヴィスが小さく笑ってあいている手で眼鏡を外し、そっと顔を寄せる。
すっかり忘れていたのだけれど、私が転生したこの物語、読む時に背後を気にするタイプの話だったのよね……。
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