第7話 クラヴィスとダンスの練習

 というわけで、数日後、私はマーメイドドレスでクラヴィスとダンスの練習をすることにした。

 なんとクラヴィスは夜会服で私の前に現れた。

 サマになっている。かっこいい。

 もともと好みの見た目をしているので、私はクラヴィスに見とれてしまった。


「どうした?」


 そんな私に気付いてクラヴィスがたずねてくる。


「体操服ではないのね」


 見とれた照れ隠しにそう言えば、


「本番に似せたほうが練習になるだろ」


 ごもっとも。


 私はというと、デザイン用の仮のドレスなので白一色、装飾品はなし。雰囲気を出すために髪の毛はアップにして、足元は本番用のピンヒール。

 筋トレはしないので本日、アマリエは不在だ。


「それにしても刺激的なデザインのドレスだな……何も着ていないのと変わらないじゃないか」


 クラヴィスが私を上から下までじっくり眺めて感想を述べる。


「ちゃんと着ているじゃないの。胸元だって透けないようにしてあるわよ」


 ほらほら、とバストを持ち上げてみせたら「やめなさい」と呟きつつ、眼鏡のブリッジを指先で直した。これは動揺しているわね。

 まあプリンセススタイルのドレスしか見たことがない人には、マーメイドドレスは確かに刺激的だと思う。


「こんな露出の多いドレスで宮廷舞踏会に出るつもりか」

「露出面積に関しては、従来のドレスとそう変わらないんだけれどね。もちろんよ」

「しかもアルバートと踊るのか。……悔しいな、あいつが婚約者でなければ僕が最初にダンスを申し込んだのに」


 クラヴィスがぼやく。

 遠回しのお世辞かな?


「あら、ありがとう」


 私の答えに、クラヴィスが一瞬驚いたような顔をしたが、ふうとため息をついた。


「それにしても、女性でもできる鍛錬の知識をアマリエに授けるとは、なかなか考えたな。アマリエにも再現可能だし、それに思った以上にアマリエの物覚えはいい。真面目だし、根性もある。案外、彼女は正妃に向いているのかもしれない」


 しみじみとクラヴィスが呟く。


「そうね、私も驚いたわ。何よりアマリエ様はアルバート殿下のことが大好きですもの。アルバート殿下のおそばには、アルバート殿下を一番に想う方を置くべきです。その点だけでじゅうぶん、アマリエ様は私より正妃向きだと思うわ」

「それは、そうかもしれないな。しかしどこでこんなに詳細な鍛錬の知識を手に入れたんだ? 不思議な動きが多いが、ちゃんと体が鍛えられている」


 クラヴィスが自分の体を撫でながら聞いてくる。

 クラヴィスも筋トレの効果を実感しているようだ。


「ええと……東方の知識なの。東方ではこういう動きで体を鍛える女性が多いのよ」

「東方?」

「そう、東の果ての海の向こう側にある、にほ……ジャパ……お、黄金の国で伝えられている鍛錬なんですって。教えてくれた人が言っていたわ」


 前世の記憶に頼っていますとは言えない。

 私の苦しい説明に「ふうん」とクラヴィス様が頷く。


「それよりも。あなたとダンスは初めてね、クラヴィス様」


 にっこり笑いかければ、


「……。その、様というのは、いらないだろう、もう」


 口元の拳を当てて少しだけ思案し、クラヴィスが答えた。


「まあ、友達として認めてくれるのね。では私のこともシーア、と。家族は私のことをそう呼ぶの」

「……アルバートはあなたのことをなんて呼んでいる?」

「あの方はエルシーア嬢のままね」


 しょせん親同士が決めた結婚だ。私達の間には何もない。

 アルバート殿下は優しいので私をないがしろにしている気配は微塵も感じさせなかったけれど、実際のところ、私はアルバート殿下にとって何者でもないのだと思う。身内でもなければ、友達でもない。「婚約者」に配置されているだけ。

 そんな気がする。


「なるほどね。宮廷舞踏会当日、僕はシーアとは踊れないから……私と踊っていただけますか?」


 派閥が違うクラヴィスとのダンスはマナー違反なのだ。

 私たちは、表舞台では一緒に踊ることができない。

 クラヴィスが作法通りに私に手を差し出す。


「喜んで」


 私も自分の手を差し伸べた。

 ダンスポジションをとる。

 クラヴィスの大きな手が、大きく開いた背中の、むき出しになっている肌にあてられる。

 意外なほど大きな手と、てのひらから伝わる体温の熱に、ちょっと驚いた。

 今までなんとなく「物語の登場人物」として認識していたクラヴィスだけど、そうか……このひとは生身の大人の男性なんだよね……

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