第3話 クラヴィスの困惑

 クラヴィスは混乱した。

 クラヴィスと王太子アルバートは幼なじみである。そのアルバートの婚約者である公爵令嬢エルシーアが突然、「アルバート殿下との婚約を破棄したいの。相談に乗ってくださる?」と持ちかけてきたからだ。


 クラヴィスはエルシーアとは派閥が違うから、あまり関わったことはない。

 クラヴィスにとってエルシーアとは、権勢を誇るライン公爵家の一人娘であり、宰相である父親のごり押しでアルバートの婚約者におさまった娘という印象が強い。


 見た目も、真っ赤で癖のある長い髪の毛に、真っ青な瞳、きりっとした眉毛につりあがった目元はいかにも気が強そうで、強欲なライン公爵の娘! という感じがして以前から苦手だった。


 あまり関わったことがないから性格については伝聞だが、人前ではおしとやかに振る舞っているが、案外ズバズバものを言うらしい。


 アルバートは「正義感が強いだけだよ」と婉曲的に表現していたが、ようするに気に入らないことには一言言わなくては気が済まないタチなのだろう。

 甘やかされて育った令嬢らしい。

 クラヴィスが一番苦手なタイプだ。


 そのエルシーアから相談を持ち掛けられた。その内容が、まさにアルバートから相談されていたことと一致していたのだ。


「私はアルバート殿下の婚約者だけれど、アルバート殿下にはなんの感情も抱いてはいないの。アルバート殿下に好きな方がいるのなら、その応援をすることになんのためらいもないわ」

「……」

「でもそのためには、私との婚約破棄が必要。でもこの婚約は国王陛下と議会が決めたもので、ちょっとやそっとじゃ破棄できないわ。何よりも私の父が納得しないもの。逆にいえば、父を納得させれば婚約破棄はかなうのよ。そうでしょう?」

「……ああ、確かに」

「だからアマリエ様には聖女になっていただくわ」

「せ、聖女?」

「そう、聖女。天が地上に遣わした聖なる存在よ。彼女の持つ不思議な癒しの力こそ、この国の繁栄に必要なものなの。彼女は特別なのよ。一方の私はただの公爵令嬢。癒しの力なんて何も持っていないわ。この国に繁栄をもたらす存在ではないの」


 エルシーアは両手を広げ天を仰いだ。

 元がかなりの美女なので、その仕草は神々しく見えるほど。

 しかし語っていることはかなり突飛。


「そのために協力してくださるかしら? ええ、たいしたことではないのよ。アマリエ様が聖女だという噂を広めるのを手伝ってくだされば」


 ニコニコ顔で提案され、クラヴィスは思わず頷いた。


 アルバートからは「アマリエを妃にする方法があるだろうか」という相談を受けていた。

「難しいだろうな」と答えた。

 だって、アルバートの婚約者は宰相の娘だ。

 宰相ごり押しで決まった結婚の破棄なんて、まず無理。


「エルシーア嬢を正妃に、アマリエを側妃にするのが無難だと思う」


 そう答えたクラヴィスに、アルバート本人も「そうだよな……」と力なく頷いた。

 アマリエは父親が金策に失敗して没落した元伯爵令嬢であり、彼女自身には何の非もない。明るくて優しい性格のアマリエに、何かと孤独なアルバートが癒されているのは傍で見ていてもわかる。お互いに静かに思い合っているのもわかる。一方のエルシーアは、「アルバートの婚約者」として行動を共にしなければならない時以外はアルバートとは別行動をしており、ビジネスパートナーという言葉がぴったりくる関係だ。


「でもそうすると、エルシーアの心を傷つけることになると思う。もちろんアマリエも……。可能なら、エルシーアとの婚約を破棄して、アマリエを妃に迎えたいんだ」

「無理だろう。ライン公爵が許さない」

「……どうしても無理だろうか」

「逆に、どうしてそこまでアマリエを正妃として迎えたいんだ? 元伯爵令嬢とはいえ、今は平民のアマリエに、王妃は荷が重いだろう」


 クラヴィスの問いかけに、アルバートは「どうしても」としか答えなかった。


「なあクラヴィス、エルシーアとの婚約を破棄するにはどんな方法があると思う?」


 問いかけてきたアルバートの目は真剣で、「まずいなあ」と思ったクラヴィスである。

 もしもやるとしたら、エルシーアにありもしない罪をかぶせるか、ありもしない不貞疑惑をかぶせてアルバートの婚約者にはふさわしくないと騒ぐくらいしかないだろう。


 ――恋は盲目というやつかな。本当にやりそうだから怖い。


 しかし、それではエルシーアがあまりにも救われない。

 苦手なタイプだが、だからといってエルシーアにひどい目に遭ってほしいとは思っていない。


 ――アルバートの説得には骨が折れそうだな。逆にエルシーア嬢に注意喚起するべきか?


 あなたの婚約者がろくでもないことを考えているようです、と。

 それでエルシーアの気分を害して本当にアマリエを傷つけるような真似をされたら?

 エルシーアの行いがうまくいってもいかなくても、禍根しか残らない。


 ――……できるわけがない……。


 さてどうしたものか。

 とりあえず、アルバートに早まらないように釘を刺しにいくか、と王宮に赴いたところで、アルバートとアマリエが仲良く逢引きしている現場に遭遇。マジかよと思っていたら、そこに今度はエルシーアが現れ、驚いた顔をしていたので慌ててエルシーアの口をふさいで廊下の片隅に引きずってきたわけだ。


 そして、そのエルシーアから「アルバート殿下との婚約を破棄したいの。相談に乗ってくださる?」と提案されて驚いた。

 まさかエルシーア自身も婚約破棄したいと思っていたとは。

 さらに婚約破棄のための計画も練っていたことに驚いた。


 ――聖女とは、いい案だな。


 しかしアマリエは普通の女性だ。聖女に仕立てることが可能なんだろうか。

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