③
目が覚めると、僕は神社の薄汚い拝殿の中で横になっていた。
いつの間に眠ってしまったのかと驚いたよ。
明日は本番だっていうのに、風邪を引いてしまっては元も子もない。僕は慌てて家に帰った。
どうやら眠っていたのはほんの十五分かそこららしく、夕飯の支度をしていた母親からも、
「あんた、一体どこまで走ってきたのよ?」
と呆れられるだけで済んだ。
さっき体験したことは、異様にリアルな夢なんだと思った。
そう思うしかないだろ?
その日は早くに布団に入り——そして、持久走大会の朝がやってきた。
登校すると、クラスではちょっとした騒ぎが起きていた。
原因はすぐにわかった。大会当日だというのに、休んでいる生徒が三人も居たんだ。
まず、一人目は運動音痴の磯田君。これに関しては何も不思議じゃなかった。本人が「休もうかな」ってこぼしてるのを前もって聞いていたし、周囲も話題にしてはいなかった。
問題なのは、残りの二人。
イケメンのアンディーと、ガキ大将のザワっち——男子の2トップが、揃って学校に来ていなかったんだ。
朝の内に友人達から集めた情報によると、どうやらアンディーは体調不良で、ザワっちは足を怪我したらしい、とのことだった。
僕は、昨日の奇妙な夢のことを思い出していた。
もしかしてこれは、僕のせいか?僕が心の奥底で、一位になりたいと望んだから?
いいや、そんなはずはない。あれはただの夢だ。二人が同時に休んだのは、単なる偶然に過ぎない。
先生が今日のコースやスケジュールについて改めて説明しているのをどこか遠くの世界の出来事に感じつつ、僕は必死に気持ちを切り替えようと努めた。
僕はこの一年間ずっと、メダルを獲ることを目標に頑張ってきた。見方によっては、クラスの上位二人のリタイアは、これ以上ない大チャンスと言える。
けれども、僕にはとてもそういう風には思えなかった。
例えば――僕が今回、二位や三位になったとする。
メダルは貰えるが、僕はこう考えてしまうはずだ。
もしもアンディーとザワッちが参加していたら、結果はどうなっていたのだろう?このメダルには、本当に価値があるのだろうか?
そんなのは嫌だ。とても耐えられない。
二人が休んだことによって結果的に、僕には〝一位を獲る〟以外の選択肢がなくなってしまったんだ。
勿論、やること自体は何も変わらない。クラスのナンバー3――クリリンにさえ勝てればいいんだから。
でも、『三位内入賞』と『一位になる』とでは、何というか、かかるプレッシャーが段違いになった様に思えた。スタート直前には膝が震えたよ。
まあ実際のところ、そんな心配は杞憂に終わったのだけれど。
そう——蓋を開けてみれば、結果は僕の圧勝だった。
二位のクリリンに、大差をつけての一位。
特に、最後の直線でのラストスパートが効いたね。
表彰式で校長先生から金メダルと賞状を授与された僕は、この上ない達成感に包まれていた。
やっぱり、努力っていうのは報われるんだ。
そう思いながら、他の入賞者と一列に並んで、校庭に整列した全校生徒を見回した時——僕は、思わず心臓が止まるかと思った。
校庭の隅に、アイツが居た。
大きな
頭が真っ白になった。
次の瞬間、呆然と立ち尽くす僕の腕を、誰かが肘で小突いた。
驚いて隣を見ると、二位のクリリンが悪戯っぽく笑っていた。
「ったく、せっかく今年は一位を獲れるチャンスだったのによー。ちっとは手加減しろよなー」
曖昧な返事をしながら、もう一度銀杏の木に視線を戻すと——既にそこには、カッちゃんの姿はなかった。
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