僕の地元は田舎でさ——なんて言うと、本当のド田舎に住んでる人に怒られちゃいそうだけど。

 コンビニぐらいなら自転車で行ける距離にあるけど、基本的には田んぼと畑が延々広がってて、稀に山から降りてきた猪が農作物を荒らして問題になる——そのくらいの感じのところさ。


 幼稚園、小学校、中学校が一カ所に固まってて、その辺の地域の子供はみんなそこに通ってた。

 一学年は大体どこも三十人前後。

 まあ、最近は少子化で、もっと減ってるみたいだけどね。

 当然、一学年は一クラスが基本。だから、殆どの同級生とは中学卒業までの十一年間、同じ教室で生活したことになる。

 考えてみると、何だか凄い話だね。


 クラスの雰囲気は——良かったんじゃないかな、基本的に。

 牧歌的な環境だったからね。

 中学にあがると、一部でいじめみたいなことがあったりもしたけど——少なくとも、小学生の頃はそんなことはなかったかな。少なくとも、僕の知る範囲ではね。


 犬猿の仲みたいな奴らもいるにはいたけど、でも、毎日嫌でも顔を合わせるわけだしね。みんなどこかで、「しょうがない」って割り切ってるとこはあったんじゃないかな。

 家族と同じで、そう簡単には離れられないからね。丁度いい距離感を見つけるしかない。

 特に、僕は相当上手く立ち回れてたと思う。

 うちのクラスは男女の垣根もそれほどなかったし、程度の差はあれ、僕にとっては「クラスの全員が友達」みたいな感覚だったよ。




 事件が起こったのは、小学五年生の時だった。

 僕の学校では毎年冬になると、校外の畦道をコースに持久走大会があった。

 僕はそこで、学年最下位になってしまったんだ。


 一応断っておくと、僕は別に運動が苦手なわけじゃない。むしろスポーツに関しては、どちらかと言えばカーストの上位側だったよ。

 その大会は一位から三位まではメダルと賞状、四位から六位には賞状のみが授与された。僕はメダルを手にしたことこそないものの、それまで毎年、賞状はゲットできていた。

 だから——どこかに慢心があったんだろうね、きっと。

 スタートしてすぐ、脇腹が痛みだしたんだ。


 僕は痛む部分を押さえて、ゼイゼイ息を吐きながら必死で走り続けた。でも、はたから見たら歩いているも同然だっただろうね。

 少し前を走っていた磯田いそだ君が、僕の異変に気がついて振り返った。


 磯田君は大人しい子でさ。典型的な運動音痴で、体型もガリガリ。そして持久走では、万年ビリだった。

その時の磯田君は、自分より後ろに人がいることに——そして、それが僕であることに心底驚いたようだった。


「だ、大丈夫——ユウ君?」


 自分も苦しいだろうに、磯田君は息を切らしつつも僕を気遣ってくれた。


「大丈夫——先に——行って——」


 心配そうに何度もこちらを振り返る磯田君の姿がどんどん遠ざかっていくのを眺めながら、僕はゴールなんかせずこの場で消えてしまいたいな、なんてぼんやり考えてた。




 表彰式が終わった後の校庭で、案の定というか、三位の栗林くりばやさ君が——当時、みんなからは〝クリリン〟なんて呼ばれてたけど——そのクリリンが、首から銅メダルを下げて、ニヤニヤしながら寄ってきた。


「おーい、どうしたんだよ、ユウー」


 お調子者のクリリンは、少し離れたところにいる磯田君にも聞こえる様に、声を張り上げて僕をからかい始めた。


「いくらなんでも、磯田に負けるのはやべーぞお前?終わってるって、マジで」


 目の端で、磯田君が黙って俯いてるのが見えた。


「いやー、そうなんだよー。急に脇腹がさー」


 そんな風にへらへらと作り笑いで言い訳をしている自分が、みじめでみじめで仕方なかった。




 次の日からだよ。僕の『特訓』がスタートしたのは。

 学校から帰ったら、近所の神社の前までランニングするのを毎日の日課にしたんだ。

勿論、休日だってちゃんと夕方に走ってたよ。

 近所と言っても、神社までは片道一キロくらいはあった。来年度——六年生が持久走大会で走る距離は一・八キロくらいだったから、そのぐらいが丁度いいと思ったんだ。


 目指すは勿論一位——と言いたいところだったけど、いくらなんでもそれはハードルが高く思えた。

 男子の上位三人は、毎年決まって同じ顔ぶれでさ。


 まず、学年一位は絶対王者、〝アンディー〟こと安藤あんどう君。

 アンディーは三年生の時に転校してきたんだけど、どこか都会的というか——上手く言えないけど周りとは違う、洗練された雰囲気を纏った奴だった。イケメンで、女子の人気も高くて、子供ながらによく「こいつと顔を交換できたら、人生だいぶ変わるんだろうなあ」なんて思ったもんだよ。


 そして、二位は〝ザワっち〟こと尾沢おざわ君。

 ザワっちは、一言で言うとガキ大将って言葉がピッタリくるタイプだった。喧嘩っ早くて乱暴で——でもアンディーに対しては一目置いているみたいで、よきライバル同士という感じだった。


 情けない話、僕には今挙げた二人に勝つ自分の姿が、全くと言っていいほどイメージできなかったんだ。

 代わりに頭に浮かんだのは、これ見よがしに銅メダルを首に下げていたクリリンの姿だった。

  ようし、狙うは三位入賞だ。来年の持久走大会では、クリリンに勝ってあのメダルを手にしてみせる——僕はそう心に決めた。


 一年の間、僕の特訓は休みなく続いた。

 まあ、悪天候の時とか、体調が悪い時なんかは流石に別だけど——あと家族で出かけて、帰りが遅くなった日とかさ——でも、そういう特別な事情さえなければ、きちんと毎日走ってたよ。


 ついついサボりたくなった時なんかは、あの日味わった屈辱を思い出して、自分に喝を入れた。

 続けている内に、走るペースが日に日に上がっていくのが自分でもわかった。

 それと、僕はゴール地点——つまり自分の家が近づいてきたら、残った力を振り絞って短距離走みたいに猛ダッシュをすることにしてたんだけど、ラストスパートをかけられる距離も徐々に伸びていった。

 継続は力なり、ってね。


 そんなこんなで六年生に進級し、迎えた一年振りの持久走大会前日。

 決戦を明日に控え、最後の『特訓』に出かけた先で、僕はアイツと出会ったんだ。



 

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