イナイトモダチ
阿炎快空
プロローグ
にゃははうぺーは私の友達だった。
にゃははうぺーというのは、幼児向けの絵本『ねこねこランドの大冒険』に出てくる雄猫だ。
口癖は、名前と同じ「にゃははうぺー」。猫の王国のお姫様、にゃんにゃこ姫を助けるために大冒険を繰り広げる——そんな内容の本だった。
幼稚園児の頃の私は、彼のことが大好きだった。
一人で遊んでいると、彼はひょっこり私の前に現れ、鬼ごっこやかくれんぼ、おままごとなどにつきあってくれた。それを疑問に思うこともなかった。
小学校にあがると、彼が現れることはなくなった。私自身も、彼とはもう会えないということを不思議と理解していた。きっとお姫様と結婚し、王国を治めるので忙しいのだ——そう思うことで、自身を納得させていた。
大学三年生となった今ならわかる。
彼女は私の頭の中にしかいない存在——いわゆる『イマジナリーフレンド』だったのだと。
「イマジナリーフレンド?」
私を腕枕する恋人が、オウム返しに聞き返した。
彼——
悠太は誰にでも優しく、周囲からの人望も厚い。彼を嫌いな人など、果たしてこの世界にいるのだろうかとよく思う。少なくとも、私は知らない。
悠太の優しい笑顔は、私にとって一番の癒しだ。
現在は二人とも一人暮らしで、今日は彼のアパートに私が泊まる流れだった。
その晩、私達は気持ちのいいことを沢山した後、裸のままシングルベッドへ横になり、他愛もない話に興じていた。「犬と猫、どっちが好き?」とか、そういう類のやつだ。
その話題から派生し、私が悠太に語ったのが、にゃははうぺーとの思い出話であった。
「そう。直訳すると『空想の友人』」
後になってからネットや本で断片的に得た知識を、得意になって悠太に披露する。
「主に小さな子供によく見られる現象なんだって。姿は同い年くらいの人間の子供のこともあれば、動物だったり、妖精だったりの場合もあるみたいで——」
話しながら、私は彼の姿を思い返していた。
真っ赤なマントを身につけ、腰には剣を携えた、二足方向の白猫。
まるで絵本からそのまま飛び出してきたかのような彼は、飛んだり跳ねたり踊ったりと、まるでカートゥンアニメのキャラクターの様に生き生きとしていた。
「——その絵本も、もうボロボロなんだけどなんか捨てられなくてさ。今でも実家の、」
と——そのタイミングで何の気無しに悠太の方へ顔を向けた私は、思わず口を噤んだ。
暖色の間接照明に照らされた悠太の表情は普段の柔和なそれとは全く異なり、険しく、そして暗いものだった。私の声が届いているのかどうか、黙ったまま天井の一点を見つめ続けている。
彼のそんな顔を見るのは初めてで、私はひどく慌ててしまった。
にゃははうぺーの話題は、どんな場だろうと必ず盛り上がる鉄板ネタの一つだったのだが。ひょっとして、おかしな電波を受信する、頭のいかれた女だと思われただろうか?
「ごめんね、なんか、変な話しちゃって。引いた?」
悠太はハッと正気に戻ったような表情になると、
「ごめん、ごめん。そんなことないよ」
そう苦笑しつつ、「実はさ」と続けた。
「僕にも昔、似たようなことがあってさ。それでつい、いろいろと思い出しちゃって」
「え、本当に?」
イマジナリーフレンドとの交遊は世界中で見られる現象ではあるが、自分以外で実際に体験したという人に出会うのは初めてのことだった。
興味津々な私に対して悠太は、
「そうだね……君にはちゃんと、話しておいた方がいいかもね……」
そう前置きすると、ゆっくりと語り始めた。
幼き日に自らが体験した、もう今は会うことのできない友人との奇妙な物語を。
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