第40話 わたしは【緑の魔女】!

 ローブ姿の不審人物を乗せて駆ける、獅子サイズの黒犬。


 その姿を見つけ、大衆が騒ぎ立てた。


 どうやら王国入りをした時のように、不思議な力で認識が阻害されたりはしていないようだ。




「このままでは、ぶつかってしまうわ! ポチ! 避けて!」


「わふっ!」




 群衆を避けて、ポチが跳躍。




 着地した先は、民家のだ。




「えっ? ちょっ? ポチ? どうなってるの?」




 ポチは返事をせず、そのまま壁を走り続ける。


 景色が真横に傾いて見えるが、何故か背上のわたしは落下しない。




 壁走りで群衆を突破した後、ポチは再び大地に降りて走り続けた。


 断頭台が、目の前に迫ってくる。




「宮廷魔導士! 射殺せ!」




 今の指示は、我が父オーディン7世陛下だ。


 殺意を向けられても、今さら心は痛まない。




 宮廷魔導士は、わたしとポチの前に立ち塞がった。


 バサリとマントをひるがえし、ぎょうぎょうしいポーズと共に呪文詠唱を始める。


 これは槍のように尖った氷を発射し、標的を射抜く魔法。




「奥義! 【絶極氷槍裂破だ】……」

 

「遅い!」




 魔法名を言い終わるまで、待ってやりなどはしない。


 わたしはローブの中に隠していた小型の弓を取り出し、矢を放った。


 ポチの背はあまり揺れないので、狙いやすい。


 


「ぎゃっ!」




 かくして、魔法を中断キャンセルさせるだけのつもりだった。


 彼の足元、地面を狙ったのに。


 わたしが放った矢は、魔導士の股間をかすめた。


 宮廷魔導士の証たる豪華なローブの股下に穴が開いたが、位置からして彼のモノには当たっていない。


 たぶん――


 


 しかし彼は、かなりの精神的ショックを受けたようだ。




「ひ……ひぃ~」




 宮廷魔導士は失禁しながら、地面に尻餅をついてしまった。


 エリートであるため女性にモテていたそうだが、確実にファンが減ったことだろう。


 わたしの護衛騎士プリンセスガードにいきなり【解呪】の魔法をかけた非礼があるので、同情心はかけも湧いてこない。




 わたしとポチは、失禁魔導士の横を走り抜けた。


 そのまま断頭台の上へと飛び乗る。

 かなりスペースは広い。




「わふっ!」


「うわっ! 何だこの大きな犬は!? 剣を噛み砕きやがったぞ!」




 ポチが死刑執行人達を抑えている間に、わたしはガウニィへと近付く。


 彼女は頑丈な木のかせで拘束されていて、身動きが取れない。


 ぐったりとして、意識がない状態だ。


 早く枷を破壊して、救出しなければ――




「そこまでだ」




 感情が込められてない、冷たい声。




 我が父、オーディン7世のものだ。




 わたしは周囲を王国兵達に囲まれ、槍を突きつけられていた。




 ポチとの間にも兵士達が割り込み、分断されてしまっている。




「ローブの女よ、フードを取れ。正体を見せろ」




 包囲網の向こうから、オーディン7世に命じられる。


 目と髪を隠した状態では、実の娘だとわからない――か――




 見れば妹のエリザベートや、兄である王太子もいる。


 わたしとの婚約を破棄した、公爵令息のトール様もだ。


 皆、公開処刑を見物にきていたのだろう。




「王命であるぞ。早く素顔を見せろ。串刺しにしてからフードを剥ぎ取っても、構わないのだぞ」




 わたしは仕方なく、フードに手をかける。


 しかし、手が動かない。




 大衆の前で緑の髪と瞳をさらす、勇気が湧かないのだ。




 どうせ殺されるのなら、フードで髪と瞳を隠したまま死にたい。


 そうすれば、何も感じずに済む。


 【緑の魔女】に向けられる嫌悪の視線も、侮蔑の言葉も。




 フードにかけた指が震える。




 もうダメ。




 わたしはこのまま兵士の槍で貫かれ、死ぬのだ。




 絶望していると、視界の端で赤い何かが光った。


 フードの中、耳の辺り。


 温もりも感じる。




 【イフリータティア】のイヤリングだ。




『オリビア王女殿下は、骨のずいまで――魂のひと欠片まで余すことなく王族なのですね。貴女あなたの騎士となれたことを、私は誇らしく思います』




 いまの声は――フェン様の?




 幻聴だろうか?


 耳元の【イフリータティア】から、聞こえた気がした。




 何を怯えていたのだろう?




 わたしの騎士になれたことを、誇りに思うと言ってくれた人がいるのだ。


 ならば――卑屈になってはいけない。




 わたしは勢いよく、フードを払いけた。




 王族、貴族達も処刑を見物にきていた大衆達も、激しくどよめく。


 悲鳴も混じっていた。




 そうだ。


 もっと恐れおののけ。


 きっとそれが、この場を切り抜ける突破口になる。






「聞け! ヴァルハラント国民よ! わたしはオリビア! オリビア・レイ・ヴァルハル! この国の第1王女にして、【緑の魔女】!」




 凍りつく王侯貴族達や大衆。

 その様子を見て、わたしは何だか少し気分が良かった。







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