第39話 突貫王女は不思議なわんこと共に王国へと殴り込む

■□オリビア視点■□




 わたしはポチの背に乗り、夜の帝都を駆け抜けた。




 とても不思議だ。


 帝都オケアノスは深夜でも人通りがあるのに、誰もわたしとポチを見ようとしない。


 建物の屋根から屋根に飛び移っても。

 人々の間を縫って、大通りを走っても。


 まるでわたし達の存在を、認識していないようだ。




 あっという間に、帝都の外へと出る。


 するとポチは、さらに速度を上げた。


 目で追い切れないほどに、景色が高速で流れる。


 なぜか風圧も加速の慣性力も、全く感じない。


 揺れだって、心地よい程度のものだ。


 おまけに時々、瞬間的に景色が変わる。


 まばたきしている間に、平原から森の中に移動していたり、岩山に移動していたり。


 


「これはまさか、空間を跳躍しているの?」




 飛竜での飛行は怖かったわたしだが、ポチの背中は全然怖くない。


 現実感が、無さすぎるのだ。




 休憩を入れる必要を感じる間もなく、わたしとポチはヴァルハラント王都へと到着した。


 空高くジャンプし、都市防壁を軽々と飛び越える。


 見張りの王国軍兵士達が、見向きもしない。


 やはりわたし達の存在を、認識していないようだ。




「ポチ。貴方あなたの力なの?」


「わふっ♪」


 わたしが喋ってもポチが吠えても、兵士達の反応は無い。


 音まで遮断されているのか?




 こんな力を持っているなんて、ポチの正体は一体……?




 疑念が湧くが、今はそれどころではない。


 ガウニィの救出に、集中しなければ。




 王都の路地裏に隠れ、わたしは懐中時計で時刻を確認した。




 信じられない。




 帝国のオケアノス宮殿を出発してから、まだ1時間しか経っていなかった。


 飛竜の何倍も、ポチの方が速かったということになる。




「これは……。早く着き過ぎたわね。時間を調整しないと」


 ガウニィの処刑は明後日だと、帝国の諜報部員は言っていた。


 もう日付が変わっているので明日だが、まだ時間がある。


 それまでに救出できれば理想的だが、彼女が捕らえられている場所を探し当てるのは難しいだろう。


 公開処刑の瞬間を襲撃し、混乱に乗じさらって逃げるのだ。


 ポチの能力があれば、可能だろう。




「あら? ポチ? また、縮んだの?」


「わふっ♪」


 気がつけばポチは、中型犬ぐらいのサイズになっていた。


 どういう仕組みなのだろうか?




「まずは宿を探して、拠点にするわ。王国金貨も持ち合わせているから、資金は大丈夫。ガウニィからもらった宝石類の中に、入っていたの」


「わふっ♪」


「【装備換装】」




 わたしは魔法で、黒色のローブに着替えた。


 フードを目深に被り、緑色の髪と瞳を隠す。




「……この格好。まさに【魔女】ね」


「わふぅ?」




 首を傾げるポチを引き連れて、わたしは王都を歩き始めた。




 夜明けはまだ遠い。






■□■□■□■□■□■□■□■□■





 翌日。


 わたしは酒場へと来ていた。




 カウンターの隅に座り、客達の会話に耳を傾ける。




「ガウニィ・スキピシーヌだっけ? 王族を殺すなんて、とんでもねえ女だ」


「でもよ、殺された王女は争いを呼び寄せる【緑の魔女】って噂だろ? そんな王女、別に死んでもいいじゃん」


「バーカ! 【緑の魔女】殺したら、その地は千年呪われるんだよ。クソッ! 厄介なことしやがって」


「いや。新聞によるとオリビア王女は、遠い辺境の地で殺されたらしいぜ。王都は安心だろ? めでたしめでたしだ」




 あまりに身勝手な言葉の数々に、気分が悪くなる。


 情報収集のためだと思ってしばらく我慢していたが、これ以上は役に立つ話を聞けそうにない。




 わたしは飲み物の代金を払い、酒場をあとにした。


 ひっそりとカウンターの下でわたしをガードしてくれていたポチも、一緒についてくる。




 宿に戻り、ベッドの上に体を投げ出した。




 ほこりくさい部屋だ。


 壁が迫り来るように見える狭さで、閉塞感がある。


 幽閉されていた離宮の寝室を思い出し、気分が沈んだ。




「わたし、あの頃と何も変わっていないのね」


「わふぅ?」




 いいや。

 離宮で幽閉生活を送っていた頃より、状況は悪化している。


 頼りになる有能侍女も、心強い護衛騎士プリンセスガードそばにはいないのだ。




 わたしは耳に着けた【イフリータティア】のイヤリングをさすりながら、眠りについた。





■□■□■□■□■□■□■□■□■





 公開処刑の日がやってきた。




 わたしとポチは、王宮前広場から少し離れた木の上に陣取っている。


 帝国で入手した望遠の魔導具を使い、広場の様子を偵察中だ。




 広場には断頭台が、設置されている。


 かたわらでは死刑執行人が、大型の曲刀を手入れしていた。


 あれでガウニィの首を斬り落とすつもりなのかと思うと、胸が押しつぶされそうだ。




 落ち着け。


 わたしが冷静さを欠いて判断ミスをすれば、ガウニィは助からない。




 断頭台の周りには、大勢の王国民達が群がっていた。


 悪趣味な。


 彼らにとって処刑は、娯楽なのだ。




「……出てきた。ガウニィよ。ああ、酷い。あのやつれ方と顔のあざ、きっと拷問を受けたんだわ」


 王国軍の兵士達に両肩を掴まれて、ガウニィが断頭台の上へと連れて来られる。


 その光景を見て、怒りで胸の奥がチリついた。




 もう、一刻の猶予もない。






「ポチ! お願いね!」


「わふっ♪」


 わたしの呼び掛けと同時に、ポチの体が大きくなる。


 帝国から乗せてきてくれた時と同様、獅子や虎のサイズだ。




 わたしはローブをひるがえしてポチの背中に飛び乗り、木から一気に駆け下りた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る