第34話 届かぬ指先。伝わらぬ温もり

 フェン様と会話している男性の声に、聞き覚えはない。


 会話の内容や喋り方から察するに、おそらくは帝国諜報部の人間だろう。




「【緑の魔女】が遠方で死んだことにして国民を安心させつつ、責任は全てガウニィ嬢に被せようという魂胆か。が出るやり口だ。……オリビア姫には、聞かせられないな。ショックが大き過ぎる」


「ええ。お伝えしない方が、よろしいかと。我々諜報部が、引き続き救出に全力を尽くします」


「頼む。ガウニィ嬢は、オリビア姫にとってかけがえのない人なのだ。経費は無制限に使え。人員も、最優先で回す」


「御意。……フェン殿下、誰か近付いてくるようです」




 ギクリとした。


 わたしは途中から、足音を忍ばせていたというのに。


 さすがは帝国の諜報部員。


 開き直り、普通に甲板を歩いて彼らに近付く。




「フェン様。こちらにいらしたのですね」




 何も聞かなかったフリをして、話しかける。


 諜報部の男性は会釈すると、自然な動きで離れていった。




「あの男性は、ご友人ですか?」


「いえ、仕事の関係者ですよ。ちょっとした、打ち合わせを」


 嘘は言っていない。


 だがフェン様は、大事なことを語ってはくれない。


 それが優しさと気遣いからくるものだと理解していても、少し胸が痛んだ。




「……そろそろ、夜会も終了の時間ですね」




 フェン様の言葉に呼応したかのように、飛空挺がゆっくりと高度を下げていく。


 それに合わせ、わたしの心も沈んでゆく。




 夢のように、素敵な夜会だった。


 華やかなパーティ会場。


 体だけでなく、心も踊ったダンス。


 そしてドキドキした、フェン様からのプロポーズ。




 だが幸せな夢の時間は、もう終わりなのだ。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 夜会から帰ったわたしは、オケアノス宮殿の自室で頭を悩ませていた。


 どうやって、ガウニィ・スキピシーヌを救出するかについてだ。


 処刑など、絶対にさせない。




 しかし、どうやって助け出す?


 今わたしがいるのは、ヨルムンガルド帝国。


 ガウニィ達が捕らえられている王国とは、遠く離れている。


 飛竜で一晩中飛んで、ようやくたどり着く距離なのだ。


 どういても、手が届かない。




 わたしにできることなど、何もないのか?




 絶望していると、背後に気配を感じた。




「わふっ♪」


「ポチ……。わたし、どうすればいいの? ……えっ? ポチ? その姿は一体?」


 振り返った先にいたのは、いつもの可愛らしい子犬ではなかった。


 大型犬――という表現でも、物足りない。


 獅子や虎に匹敵する、巨大な犬がおすわりしていた。


 無垢に輝く瞳とモフモフの毛皮から、かろうじて同一わんこだと判断できる。




 大きなポチは「乗れ」と言わんばかりにかがみ、背中を差し出してきた。




「ヴァルハラント王国まで、連れて行ってくれるの?」


「わふっ♪」


 飛竜よりも速く走れるのかはわからないが、今はポチに賭けるしかない。




「ちょっと待ってね。……【装備換装】」


 わたしが使用したのは、一瞬で服を着替える魔法。


 遊園地サレッキーノ・パークの踊り子達が、これを使い七変化を見せていた。


 便利そうだと思い、帝国の宮廷魔導士から習ったのだ。




 夜会で着ていた世界樹モチーフのドレスは消え、代わりにわたしは乗馬服姿になっていた。


 フェン様と一緒に乗馬体験をした時、作ったものだ。


 動きやすくなったところで、わたしは出発の準備をする。


 必要になりそうな道具類をバックパックに詰め、フェン様への書き置きを残した。




 支度が済んだところで、ポチの背中にまたがる。


 くらなどは着けていないのに、不思議と乗りやすい。




「ポチ。旅立つ前に、まずはフェン様のお部屋までお願い」


「わふっ♪」




 ポチはわたしを乗せ、バルコニーへと駆け出す。


 重力を感じさせない動きで大きく跳躍し、別の部屋のバルコニーへと飛び移った。


 足音が全くしない。

 静かに帝国近衛騎士インペリアルガード達の警備をかいくぐっていく。


 あっという間に、フェン様の部屋のバルコニーまで到着した。




「魔法灯の光……。フェン様はまだ、起きていらっしゃるのね」




 ガラス越しにこっそり覗き込めば、難しい顔をして書類と格闘しているフェン様の姿が見えた。


 おそらくガウニィ救出のために、あれこれと手を回して下さっているのだろう。




 わたしはポチの背から降り、フェン様に向かって手を伸ばした。




 しかし窓ガラスに阻まれて、彼まで届くことはない。




「フェン様……。貴方あなたからプロポーズされて、とても嬉しかった……」




 少しでも彼の温もりを感じられるかもしれないと思い、ほおと両手の平をガラスに押し当てる。




「だけど貴方とは、結婚できません」




 わたしはヴァルハラント王家から、見捨てられた身。


 もう王女ではない。


 帝国の第1皇子と結婚など、身分の釣り合いが取れるわけがない。


 そのことを攻撃材料に、フェン様の足を引っ張る勢力も出てくるだろう。


 貴方のあしかせには、なりたくないのだ。




 わたしは耳に付けている、【イフリータティア】のイヤリングに指をかけた。


 外して、窓際に置いていこうと思ったのだ。


 だが――




「……ダメ。指が震えて、上手く外せない。本当はこんな高価な品を、死地に持っていくべきではないのでしょう」


 わたしが王国軍に捕らえられたり殺されたりすれば、【イフリータティア】は王国のものになってしまう。


 それは腹立たしかった。

 この宝玉は、フェン様の瞳によく似ているから。

 何だか彼まで、王国の手に落ちてしまうような気がして。




「【イフリータティア】を身に着けたまま行く、わたしのわがままをお許しください。この宝玉があればいつでも、貴方が耳元で話しかけてくれているような気持ちになれるから」




 本当は――怖い。


 わたしのことを【緑の魔女】とさげすむ、あの国へと戻るのが。


 だが、やるしかない。


 ガウニィを助け出さなくては。


 彼女はわたしの侍女なのだから。


 今までの献身と忠誠に、報いる時がきたのだ。




「さよなら。わたしの騎士様」




 わたしは窓の中のフェン様に背を向け、再びポチの背中にまたがった。







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■□フェン視点■□




「……ん? 何だか今、オリビア姫の声が聞こえたような……?」


 俺は書類仕事の手を止めた。


 ガウニィ嬢救出のために必要な、各部署への協力要請の書状だ。


 重要案件だが、少し根を詰め過ぎていたかもしれない。


 焦っても事態は好転しないし、集中力が落ちてきている。




 夜風を吸って、気分転換しよう。


 そう思い、バルコニーへと出る。




 一瞬、オリビア姫の匂いがしたような気がした。


 我ながら、重症だな。


 彼女の笑顔が、頭から離れない。




 俺のプロポーズを、受けてくれるだろうか?


 反応から見て、嫌とは思われていないようだが。




 バルコニーを照らす月を見上げ、俺は宣言した。




「必ずガウニィ嬢を救出して、帝国にお連れする。彼女はオリビア姫の大切な家族。俺と姫の結婚式には、是非とも出席してもらわないといけないからな」






 月が微笑み返してくれたように感じたのは、俺の気のせいだろうか?





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