第34話 届かぬ指先。伝わらぬ温もり
フェン様と会話している男性の声に、聞き覚えはない。
会話の内容や喋り方から察するに、おそらくは帝国諜報部の人間だろう。
「【緑の魔女】が遠方で死んだことにして国民を安心させつつ、責任は全てガウニィ嬢に被せようという魂胆か。
「ええ。お伝えしない方が、よろしいかと。我々諜報部が、引き続き救出に全力を尽くします」
「頼む。ガウニィ嬢は、オリビア姫にとってかけがえのない人なのだ。経費は無制限に使え。人員も、最優先で回す」
「御意。……フェン殿下、誰か近付いてくるようです」
ギクリとした。
わたしは途中から、足音を忍ばせていたというのに。
さすがは帝国の諜報部員。
開き直り、普通に甲板を歩いて彼らに近付く。
「フェン様。こちらにいらしたのですね」
何も聞かなかったフリをして、話しかける。
諜報部の男性は会釈すると、自然な動きで離れていった。
「あの男性は、ご友人ですか?」
「いえ、仕事の関係者ですよ。ちょっとした、打ち合わせを」
嘘は言っていない。
だがフェン様は、大事なことを語ってはくれない。
それが優しさと気遣いからくるものだと理解していても、少し胸が痛んだ。
「……そろそろ、夜会も終了の時間ですね」
フェン様の言葉に呼応したかのように、飛空挺がゆっくりと高度を下げていく。
それに合わせ、わたしの心も沈んでゆく。
夢のように、素敵な夜会だった。
華やかなパーティ会場。
体だけでなく、心も踊ったダンス。
そしてドキドキした、フェン様からのプロポーズ。
だが幸せな夢の時間は、もう終わりなのだ。
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夜会から帰ったわたしは、オケアノス宮殿の自室で頭を悩ませていた。
どうやって、ガウニィ・スキピシーヌを救出するかについてだ。
処刑など、絶対にさせない。
しかし、どうやって助け出す?
今わたしがいるのは、ヨルムンガルド帝国。
ガウニィ達が捕らえられている王国とは、遠く離れている。
飛竜で一晩中飛んで、ようやくたどり着く距離なのだ。
どう
わたしにできることなど、何もないのか?
絶望していると、背後に気配を感じた。
「わふっ♪」
「ポチ……。わたし、どうすればいいの? ……えっ? ポチ? その姿は一体?」
振り返った先にいたのは、いつもの可愛らしい子犬ではなかった。
大型犬――という表現でも、物足りない。
獅子や虎に匹敵する、巨大な犬がおすわりしていた。
無垢に輝く瞳とモフモフの毛皮から、
大きなポチは「乗れ」と言わんばかりに
「ヴァルハラント王国まで、連れて行ってくれるの?」
「わふっ♪」
飛竜よりも速く走れるのかはわからないが、今はポチに賭けるしかない。
「ちょっと待ってね。……【装備換装】」
わたしが使用したのは、一瞬で服を着替える魔法。
遊園地サレッキーノ・パークの踊り子達が、これを使い七変化を見せていた。
便利そうだと思い、帝国の宮廷魔導士から習ったのだ。
夜会で着ていた世界樹モチーフのドレスは消え、代わりにわたしは乗馬服姿になっていた。
フェン様と一緒に乗馬体験をした時、作ったものだ。
動きやすくなったところで、わたしは出発の準備をする。
必要になりそうな道具類をバックパックに詰め、フェン様への書き置きを残した。
支度が済んだところで、ポチの背中に
「ポチ。旅立つ前に、まずはフェン様のお部屋までお願い」
「わふっ♪」
ポチはわたしを乗せ、バルコニーへと駆け出す。
重力を感じさせない動きで大きく跳躍し、別の部屋のバルコニーへと飛び移った。
足音が全くしない。
静かに
あっという間に、フェン様の部屋のバルコニーまで到着した。
「魔法灯の光……。フェン様はまだ、起きていらっしゃるのね」
ガラス越しにこっそり覗き込めば、難しい顔をして書類と格闘しているフェン様の姿が見えた。
おそらくガウニィ救出のために、あれこれと手を回して下さっているのだろう。
わたしはポチの背から降り、フェン様に向かって手を伸ばした。
しかし窓ガラスに阻まれて、彼まで届くことはない。
「フェン様……。
少しでも彼の温もりを感じられるかもしれないと思い、
「だけど貴方とは、結婚できません」
わたしはヴァルハラント王家から、見捨てられた身。
もう王女ではない。
帝国の第1皇子と結婚など、身分の釣り合いが取れるわけがない。
そのことを攻撃材料に、フェン様の足を引っ張る勢力も出てくるだろう。
貴方の
わたしは耳に付けている、【イフリータティア】のイヤリングに指をかけた。
外して、窓際に置いていこうと思ったのだ。
だが――
「……ダメ。指が震えて、上手く外せない。本当はこんな高価な品を、死地に持っていくべきではないのでしょう」
わたしが王国軍に捕らえられたり殺されたりすれば、【イフリータティア】は王国のものになってしまう。
それは腹立たしかった。
この宝玉は、フェン様の瞳によく似ているから。
何だか彼まで、王国の手に落ちてしまうような気がして。
「【イフリータティア】を身に着けたまま行く、わたしの
本当は――怖い。
わたしのことを【緑の魔女】と
だが、やるしかない。
ガウニィを助け出さなくては。
彼女はわたしの侍女なのだから。
今までの献身と忠誠に、報いる時がきたのだ。
「さよなら。わたしの騎士様」
わたしは窓の中のフェン様に背を向け、再びポチの背中に
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■□フェン視点■□
「……ん? 何だか今、オリビア姫の声が聞こえたような……?」
俺は書類仕事の手を止めた。
ガウニィ嬢救出のために必要な、各部署への協力要請の書状だ。
重要案件だが、少し根を詰め過ぎていたかもしれない。
焦っても事態は好転しないし、集中力が落ちてきている。
夜風を吸って、気分転換しよう。
そう思い、バルコニーへと出る。
一瞬、オリビア姫の匂いがしたような気がした。
我ながら、重症だな。
彼女の笑顔が、頭から離れない。
俺のプロポーズを、受けてくれるだろうか?
反応から見て、嫌とは思われていないようだが。
バルコニーを照らす月を見上げ、俺は宣言した。
「必ずガウニィ嬢を救出して、帝国にお連れする。彼女はオリビア姫の大切な家族。俺と姫の結婚式には、是非とも出席してもらわないといけないからな」
月が微笑み返してくれたように感じたのは、俺の気のせいだろうか?
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