第27話 巨大ドラゴンと戦わずに済んで、ホッとしました

 フェン様から見つめられて、心臓がはやがねを打つ。




 物好きなお方だ。


 わたしのような、ちんちくりん王女のどこが良いというのだろうか?


 そもそもわたしは、ヴァルハラント王家から見放された身。

 もう、王女ではない。


 帝国の第1皇子であるフェン様とは――身分が釣り合わない。


 事実を脳内で確認しただけなのに、チクリと胸が痛んだ。




 落ち込んだ気分を紛らわせようと、視線を彷徨さまよわせる。


 すると湖面に、波紋が広がり始めているのが見えた。


 次の瞬間には、水柱が噴き上がる。




「噴水……。綺麗ね……」


 水面から吹き上がる水柱は、自在に長さや角度を変える。


 飛沫しぶきが光を反射して、小さな虹を作り出していた。


 実に幻想的な光景だ。


 思わず船から、身を乗り出してしまう。




「オリビア。そんなに身を乗り出すと危ないよ」


「子供扱いしないでください。これぐらいでバランスを崩したりなんか……キャッ!」




 不意を突かれてしまった。


 湖面から飛び出した大きな生物に驚き、わたしは大きく体勢を崩してしまう。




 背中から船底へと倒れこもうとする体を、がっしり支えてくれる存在があった。


 フェン様の胸だ。


 当たり前だが、硬い。


 背中に伝わる胸筋の感触が、何だか気恥ずかしい。






「あ……ごめんなさい、フェン様」


「怪我がなくて、何よりだよ。……あれは淡水イルカさ。この遊園地の川や湖で、飼育されているんだ」


「へえ……。可愛いですね」


 淡水イルカ達は「キュイ♪ キュイ♪」と歌うように鳴きながら、ボートの周りを泳ぎ回る。


 噴水の動きに合わせて、ジャンプしてくれたりもした。




 わたしはフェン様に支えられたまま、その光景を楽しんでいた。




 不思議。


 この方は男性なのに、近付いたり触れたりしても不快にならない。


 どうしてなのだろうか?


 わたしはこの方を、異性として好きなのだろうか?




 わからない。


 何もわからない。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 遊園地サレッキーノ・パークをあとにし、わたしとフェン様がやってきたのはショッピング街。


 大きな通りの両脇に大小様々な店舗が立ち並ぶ、帝都の中心的場所だ。




「凄い……。王国では、見たことも聞いたこともないような商品がたくさん」


 もっともわたしは、幽閉されていた身。

 実際に王国の商店街へ行ったことはないのだが、知識としてどのような商品が流通しているかを一応勉強していた。




「フェン様。宝石を買い取ってくれるお店はご存知ありませんか? ガウニィから受け取った宝石を換金して、お買い物費用をねんしゅつしたいのです」


「いや、支払いなら俺が」


「そういうわけには、参りません。そのお金も、元々は帝国民の血税でしょう? 税金を無駄遣いしては、いけません」


「やれやれ。異国の地でも、オリビアは王族なんだね。でも、そんな頑固なところを、俺は好ましく思うよ。見習うべきところだな」




 宝石の売却に納得してくれたのか、フェン様は宝飾店へと案内してくれた。


 やけに格式が高そうなお店だ。




「実は最初から、この宝飾店には寄る予定だったんだ」


「なるほど、皇族ようたしのお店なのですね」


 自分が身に付ける宝飾品でも、購入するつもりなのだろう。


 そんな風に考えながら、わたしは店の玄関をくぐった。




 驚いたことに、10人もの店員が総出で出迎えてくれた。


 わたし達の他に、客はいない。


 どうやら貸し切り状態にされているようだ。




 わたしはすぐに、宝石類の売却を申し出た。


 全部帝国の貨幣に換金するとかさり過ぎるので、売るのは1/4程度だ。


 これでも充分な金額になるだろう。


 しばらくは宮殿でお世話になるが、その後はどうなるかわからない。

 生活費を準備しておかなくては。


 


 宝石の鑑定をお願いしている間に、店内を見て歩く。


 展示してあるアクセサリーはどれも美しく、目の保養になった。


 だが、欲しいとは思わない。


 わたしなどが身に着けても、輝けはしない。

 アクセサリー達に、申し訳ないというもの。


 「自分には縁のないもの」と思いながら、商品を眺め歩く。


 すると、妙に目を引く一品に出会った。




「澄んだあか……。まるでフェン様の瞳みたい……」




 それはひと組のイヤリングだった。


 2つの大きな紅い石から、ぎょうされているような感覚を覚える。




「これが入荷したとうわさになっていた、伝説の宝玉。【イフリータティア】だな?」


 フェン様の問いを、店主が自信に満ちた笑顔で肯定する。




「火竜が強大な加護を込め、愛する聖女に贈ったと言い伝えられております。強い魔力を秘めた宝玉です」


 その伝説は、わたしも本で読んだことがある。

 伝説というより、おとぎ話のたぐいだと思っていた。


 【竜滅の聖女】と火竜が愛し合い、力を合わせて邪神竜を打ち倒す物語。


 その戦いの中で、火竜は命を落とした。


 しかし【竜滅の聖女】は大いなる癒しの力をもって、火竜を生き返らせたという。




「フェン様。【竜滅の聖女】も、【ほうじょうの聖女】と同じ存在なのでしょうか?」


「いや。帝国の学者達の研究によると、別物ではないかという話だよ。【竜滅の聖女】は黒髪青眼。拳で大地を割り、蹴りで巨竜を粉砕するという鬼神のごとき戦士だったらしいからね。そもそも【竜滅の聖女】の物語は、この世界とは異なる別世界の話だとする説もある」


 良かった、別物なのか。


 そのような怪物聖女と同じ働きを、期待されても困る。






「しかし、綺麗なイヤリングだね。オリビアに、よく似合いそうだ」




 【イフリータティア】とよく似たフェン様のそうぼうが、キラリと光った。





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