第26話 サレッキーノ・パーク

 お城みたいなサレッキーノ・パーク入場門をくぐると、非現実的な光景が広がっていた。




 見渡す限りの人、人、人。


 ヴァルハラント王国では、祭りの時ぐらいしかこんなに集まらないだろう。


 視線を遠方に移して見れば、変幻自在に動く乗り物の数々が見える。


 ゴーレム技術を応用した、魔力駆動のアトラクションらしい。


 なんとも華やかな空間だ。


 ヨルムンガルド帝国の技術力には、圧倒される。




「賑やかなのは楽しいですけど……。こんなに人が多いと、はぐれてしまった時は大変ですね」


「そうならないよう、この遊園地には便利な魔導具があるんだ。オリビア、手を出して」




 フェン様から言われるがままに、左手を差し出す。


 彼の長い指がなめらかに動き、わたしの手首に腕輪が装着された。


 細く、軽く、柔らかい材質で、着けていても全く邪魔にならない。




「こうして、互いの腕輪をくっつけると……」




 フェン様は自分も左手首に同じ腕輪を着け、わたしの腕輪と軽く接触させた。


 そして指でトントンと、自分の腕輪を叩く。


 すると――




「緑色の光が、わたしの腕輪に向かって伸びている……。これは一体?」


「迷子やはぐれることを防止するための、魔導具だよ。お互いの魔力を腕輪が記憶していて、光がその方向を指し示すんだ。オリビアも、やってみて」




 自分の腕輪を指で叩くと、今度はあかい光が伸びた。


 フェン様の腕輪を、指している。




「これなら、はぐれてもすぐに合流できますね。安心しました」


「確かに安心だけど、その前にはぐれないよう予防することも大事だと思うんだ」


「あっ……」




 フェン様の長い指が、わたしの指に絡みつく。


 優しく。

 だけどしっかりと、手を繋がれてしまった。




「『男性が苦手なのではなく、慣れていないだけ』。さっき、そう言ってたね? ならば俺で、慣らしていくというのはどうだろうか?」


 「俺」!


 いつもは1人称が「私」なのに、「俺」と言った!




 フェン様を男性として意識してしまう自分に、呆れてしまう。


 ついこないだまでは、同性だと思っていたではないか。


 だからこそフェン様も、男性に慣れるための相手役を買って下さったに違いない。


 中性的で男臭くない自分なら、わたしも慣れやすいだろうと。




「えっと……その……、よろしく……お願いします……」




 そう返事をするだけで、いっぱいいっぱいだった。






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 雑踏の中でも、わたしはスムーズに歩けていた。


 フェン様が、手を引いてくださるからだ。


 周りの人々にわたしがぶつからぬよう、かなり気遣ってくれているのを感じる。


 決して力任せに引っ張られることはなく、スマートに導いてくれる。


 びっくりするほど歩きやすいのは、歩調を合わせてくれているからだろう。


 小柄なわたしと長身のフェン様では、全然歩幅が違うというのに。




 フェン様に連れられて、園内を見て回る。


 翼をはためかせながら火を噴く、巨大ドラゴンを模したオブジェ。


 魔法による早着替えで、七変化を見せる踊り子のショー。


 園内を巡る、小型の魔導列車に乗ったりもした。




 人気のアトラクションは凄いスピードが出たり、空高くに持ち上げられるスリリングな乗り物らしい。


 しかしフェン様は、そういったアトラクションには並ぼうとしない。




「オリビアは、そういうの苦手だろう? 飛竜の時も、怖がらせてしまったからね」




 理由を尋ねると、フェン様はそう答えた。


 気づかれていたか。


 飛竜に乗っている間は、態度に出さないようにしていたのに。


 気遣ってくれたことが嬉しくて、繋いだ手をキュッと握りしめてしまう。




 手を引かれ、やってきたのはボート乗り場。


 園内にある大きな湖を、2人乗りの小型ボートでゆっくり巡るのだ。




「手漕ぎボートですか。フェン様、大変ではありませんか?」


「はははっ。こんな細身で頼りないのはわかるが、一応鍛えているんだよ? 貴女あなた護衛騎士プリンセスガードであるということを、お忘れかな?」




 ウインクをしながら、おどけた笑みを浮かべるフェン様。


 笑顔が魅力的過ぎて、周囲の女性客は皆クラッと――




 いや。

 何だか引いてしまっているようだ。


 あまりに美し過ぎるからか?




 ふらふらとボートに乗り込むわたしを支えてくれる、フェン様の手。


 指が長く、優雅な手だが、確かに力強い。




 フェン様がオールを動かすと、ボートは滑らかに湖上を走り出す。


 やはり男性の筋力だ。

 女装してリルを名乗っていた頃から、力持ち過ぎるとは思っていたが。




「オリビア。何か気になることでもあるのかい? せっかくのデートなのに、気もそぞろじゃないか」


「で……デート! か……からわないでください」


「揶揄ってなどいないさ。俺はデートのつもりで、お誘いしたんだよ。皇帝陛下の命令なんて、つぎさ。自分の意思で誘った。可憐なお姫様と、楽しくお出掛けしたいと思ってね」


「う~っ! そんな恥ずかしい台詞を平然と……。フェン様は、ずいぶん女性の扱いに慣れていらっしゃるようですね。帝国では、さぞおモテになっているのでしょう?」


「いや。俺は帝国女性達から、敬遠されているからね。モテたことなどないよ」


「……え? どうして? フェン様はお優しいし、立ち振る舞いも紳士的でスマートなのに……」


「この女性的な顔立ちさ。帝国男子は、父上のような雄々しい風貌じゃないとモテないんだよ」


 オールを漕ぐ手を一旦止め、フェン様は肩をすくめた。


 スルト陛下のような男性が、人気なのか。


 確かに頼もしい顔つき・体つきだが、わたしはああいう熊みたいなお方はちょっと……。






「だから生まれてこの20年。皇族なのに婚約者はいなかったし、誰かと交際した経験もない。女性には、慣れていないんだ。きみをデートに誘うのは、かなりドキドキしたというのをわかって欲しいな」


 顔にはにこやかな笑みを浮かべながらも、フェン様のあかそうぼうは真剣な光を放っていた。





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