第25話 雑誌に「帝都のデートスポットと言えばココ!」と書いてあったんだ

「【ほうじょうの聖女】……か……」




 スルト陛下は食事の手を止め、天井のシャンデリアを仰ぎ見た。




「帝国には、古くからの言い伝えがある。百年にいちど、【豊穣の聖女】と呼ばれる特別な力を持った女性が生まれる。彼女達はそこにいるだけで、大地に大いなる恵みと祝福をもたらすという」




 陛下はわたしの緑髪をいちべつしてから、瞳を覗き込んでくる。




「【豊穣の聖女】達は例外なく、鮮やかな緑色の髪と瞳を持って生まれてくるそうだ」


「……!」


 言葉を失った。


 何だその言い伝えは?


 王国にある【緑の魔女】の言い伝えと、違い過ぎる。




「緑の髪と瞳を持つ者は、災厄と争いを呼び寄せる。……ヴァルハラント王国では、そのように忌み嫌われる存在でしたが」


「余も聞いている。帝国と王国で、なぜそこまで違う伝承なのかは不明だ。しかし、これだけははっきりしている。我が帝国において緑髪・緑目の女性は、人々から羨望と憧れを集める存在だ」


「そんな……。大地に恵みと祝福を与える力など、わたしには……。あっ、まさか……」


「そなたが育てた植物は、異常な速度で成長するとの報告を受けている。それこそが、【豊穣の聖女】である証ではないのか?」


 わたしが【豊穣の聖女】?

 【緑の魔女】と、さげすまれていたわたしが?




「……ずっと不思議に思っていました。なぜフェン様が、王国に潜入していたのか。なぜ護衛騎士プリンセスガードになり、わたしに近づいたのか」


「察しが良いな。そなたが想像している通りだ。幽閉されているといううわさのオリビア姫が、本物の【豊穣の聖女】か確かめさせるため。もし噂通りにしいたげられているのなら、帝国に連れ出せぬものかと思ってな」


 圧倒的な軍事力・技術力を誇るヨルムンガルド帝国だが、ヴァルハラント王国に負けている部分もある。


 農作物の生産量や、食料自給率だ。

 属国からの輸入に依存している部分が多いと、聞いたことがある。


 【豊穣の聖女】をしょうへいできれば、それらは飛躍的に向上するだろう。




「そうそう。帝都を見て回って欲しいと言ったが、これだけは気を付けてくれ。緑の瞳と髪のまま、外出しないことだ。伝説の存在である【豊穣の聖女】には、熱烈なファンが多い。取り囲まれて、身動きが取れなくなるぞ」


 何ということだ。

 王国に居た頃とは真逆の理由で、また髪と瞳の色をいつわらなければならないのか。


「幸い我が帝国には、【色師オーブリー】と呼ばれる凄腕の魔導士がいる。髪や瞳の色など、一瞬で変化させることが可能だ。外出前には、ひと声かけてくれ。護衛も付けよう」


「父上。帝都案内と護衛なら、私が」


 フェン様に名乗りを上げられて、びっくりしてしまった。


 貴方あなたは帝国の第1皇子でしょう?

 お忙しいのでは?


 さすがにこの申し出は、スルト陛下から却下されるかと思ったが。




「うむ、それがよかろう。フェンよ、オリビア姫の帝都観光と護衛に関しては、お主に一任する。予算も人員も、じゅんたくに用意しよう。何としても姫を落と……姫に帝国を、楽しんでいただくのだ」


ぎょ。必ずや」


 ここまでは親子らしい、親しげな雰囲気だったのに。

 急にフェン様も陛下も、キリッと引き締まった表情と声音になった。


 特にフェン様の目は、獲物を狙う肉食獣みたいだ。




 素敵だが、何だかちょっと怖い。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 会食の翌日。


 わたしは早速、帝都を案内してもらうことにした。


 フェン様から、お誘いを受けたのだ。

 「帝国で大人気の娯楽施設に行ってみませんか?」と。


 ポチも連れて行こうと思ったのだが、お昼寝したがっていたので置いていくことにした。


 侍女3姉妹やメイド達が、喜んでお世話をしてくれるので安心だ。




 魔力車と呼ばれる馬車のような不思議な乗り物に乗せられて、わたしとフェン様は宮殿を出る。


 王国の馬車より遥かに速度が出て、乗り心地も快適。

 あっという間に、目的地へと到着した。




「さあ、オリビア姫。お手を」




 魔力車から降りる際、フェン様がエスコートしてくれた。


 今日の彼は、平民にふんしている。


 上質な細身のズボンにワイシャツと、ヴァルハラント王国なら貴族が普段着にしていそうなよそおい。


 驚いたことに、帝国では平民もこのような格好をするらしい。

 生活レベルが、王国とは全然違う。


 第1皇子であるフェン様は、念入りに変装していた。


 長い髪は【色師オーブリー】様の魔法で、夜を溶かしたような真っ黒に染められている。

 髪型はリルの時みたいに高い位置ではわず、後頭部の低い位置で三つ編みに。


 瞳の色は赤いままだが、伊達メガネをかけていた。

 時折光を反射して、白く輝くレンズが知的だ。


 皇族モードのごうしゃなオーラは隠されているが、しっとりとした色気がにじみ出ていた。




「ありがとうございます、フェン様。……あの、わたしの恰好、やっぱり変じゃありませんか? 通行人の視線が、痛いのですが」


 明らかに、周囲の人々から注目されている。


 フェン様に視線が集まるのは、理解できる。

 変装してもなお、美し過ぎるからだ。


 しかし、わたしにまで視線が集まるのは妙だ。


 緑の髪と瞳は、魔法でブラウンに変えている。


 ならば服装のコーディネイトに、何か問題があるのではないのか?


 今日のわたしは、お借りしたワンピースを着ている。

 侍女3姉妹が選んでくれたもので、可愛いからお気に入りなのだが。




「それはオリビア姫が……オリビアが、綺麗だから注目されているんだよ。そのワンピース、とても良く似合っている」


 突然敬称なしで呼ばれると、ドキッとしてしまう。

 口調もいきなり、砕けた感じに。

 これではまるで、恋人同士みたいではないか。


 平民に変装している以上、確かに「姫」呼ばわりは不味いのだが。




 頬が火照っているのを実感しながら、わたしは歩き出す。




 正面には、お城のような建物。


 皇帝陛下の居城たるオケアノス宮殿には遠く及ばないが、ヴァルハラント王宮には匹敵してしまう規模だ。


 あれが入場門らしい。




「ここが帝国で1番人気の観光スポット、遊園地サレッキーノ・パークだ。デートスポットでもあるんだよ」


「でででで……デート!?」

 



 言われてみれば、周囲はカップルばかりのようだ。




「これは……カップルらしく振る舞うしか、ありませんね。周囲に素性がバレないように」


「そうだね。仕方ないよね。オリビアは平気かい? 男性は、苦手なんだろう?」


「いえ……その……。苦手というよりは、慣れていないだけです」






 ――フェン様なら、全然嫌じゃない。


 のどまで出かかった言葉を飲み込む。


 それではまるで、わたしがフェン様に特別な好意を抱いているみたいではないか。





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