第22話 侍女3姉妹「オリビア様は素材がメチャクチャいいので、磨けば最っ高にギャンカワなお姫様になるのです!」

■□オリビア視点■□




 ぼんやりと目を覚ますと、頭の横にモコモコした感触。


 まぶたを開けなくても、ポチの毛皮だと分かる。


 ああ。

 とっても幸せ。


 何だかいつもより、布団も心地良い気がする。


 もう少しだけ、眠ってしまおうか?




 そこで急激に、意識が覚醒した。


 ここは離宮ではない。

 それどころか、ヴァルハラント王国でもない。


 わたしはヨルムンガルド帝国に、亡命してきたのだ。




 フカフカの布団から、ガバリと身を起こす。




「おはようございます、オリビア様」


「え……ええ。おはよう。起こしに来てくれたのですね? ありがとう」


 昨日接客してくれた侍女が、ベッドのそばまで来ていた。


 やけに楽しそうな笑顔だ。




 似ている――




 ガウニィ・スキピシーヌが、わたしの髪や服をいじり倒す時の笑顔に。




「うふふふ……。昨日申し上げた通り、本日は忙しくなりますよ。皇帝陛下とのえっけんに備えて、おめかししましょうね」


 そう言いながら侍女は、両手をワキワキさせている。


 何が楽しいのだ?

 こんなちんちくりん王女を飾り立てても、大した美しさには……。




「まずはお風呂です。湯殿へとご案内いたします」


「えっ? あっ? ちょっ?」


 いつの間にか他にも2人の侍女が現れて、わたしの両腕をガッチリ拘束してしまった。


 やはり似ている。

 3姉妹と見て、間違いないだろう。

 姉妹らしい、完璧なコンビネーションだ。


 これはご案内というより、連行なのでは?


 ポチに「助けて」と目配せをした。

 だがわんこは「くわぁ~」と欠伸をして、再びベッドで寝る体勢に入ってしまう。




 わたしはあれよあれよという間に風呂場へと連行され、素っ裸にされてしまった。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 浴場はおそろしく広く、神殿のように荘厳な造りとなっていた。


 桶ですくわれたお湯が、ゆっくりと背中にかけられる。


「オリビア様、熱くはありませんか?」


「大丈夫です。ほどよい温かさね」


 離宮に幽閉されていた頃は、井戸水で体を洗うだけの生活。

 冬は寒くて、本当に辛かった。


 湯浴みなど、王宮に居た頃以来。

 何年ぶりだろうか?




「まずは軽く、体を洗わせていただきますね」


「まあ! 帝国のせっけんは、ビックリするほど泡立つのですね」


 柔らかそうな布に、モコモコの泡を大量に生み出していく侍女。

 ヴァルハラント王国の石鹸では、こうはいかない。


 泡立てた布で、背中を優しくこすられる。


 王国での辛い思い出や、これから先どうなるのかという不安。

 それらもあかと一緒に吸い出され、剥がれ落ちていくのを感じる。


 


 お湯で泡を洗い流されると、全身が軽くなった気がした。




「さあ、オリビア様。一旦湯にかり、お体を温めましょう」


「紅いお湯……とっても綺麗。あっ、花びら。これはの湯ね。香りも素晴らしいわ」


「『テネリ・ローザ』という品種の薔薇を、使用しております。200年間美しい姿を保ち続けたという、【薔薇の魔女】テネリにあやかって名付けられたそうです。とても美容に良い湯ですよ」


 「魔女」という言葉に、ドキリとする。

 「あやかって」という表現から、この国ではそれほど悪い意味で使われてはいないようだ。


 帝国の人々なら、【緑の魔女】も受け入れてくれるだろうか?




 湯に浸かると、ぬくもりがじんわりと体に伝わってくる。


 心まで、ホカホカしてきた。


 こんな素敵な湯に浸かれるのも、フェン様の口利きによるものだろう。

 彼女には、感謝せねば。




「そういえばフェン様は、どちらにいらっしゃるのです? お会いして、救出してくださったお礼を言いたいのですが」


 わたしの問いに、侍女3姉妹が顔を見合わせる。


 そして、ものすごく嬉しそうに顔をほころばせた。




「フェン様の方も、皇帝陛下との謁見に備えて準備をなさっています。潜入任務用ではない本来のお姿で、オリビア様を迎えにこられますよ」


「だからオリビア様も、し~っかりおめかししちゃいましょう」


「宮廷勤め侍女の名に懸けて、オリビア様を最高のお姿にしてみせます!」


 みんなやる気満々だ。

 拳をゴキゴキと鳴らしている侍女もいる。




「さあさあ。お湯から上がったら、このマットの上に寝そべってください。うつ伏せで。全身をマッサージしながら、クリームを塗り込んでいきますね」


 侍女達は手慣れた様子で、わたしの全身をもみほぐしていく。


 くぅ……。


 これは……。


 気持ちいい……。


 気持ち良過ぎて、眠ってしまいそうだ。

 起きたばかりだというのに。


 うとうとして、意識を保っていられない。




「眠っても、大丈夫ですよ」


「でも……皇帝陛下との謁見が……」


「ちゃんと起こしますので、安心してください」


「そんなにみんむさぼるなんて、申しわけないわ。わたしは【緑の魔女】なのだから、他人より頑張らないと……」


 頑張って、みんなの役に立たないと。


 そうしなければ、わたしに居場所などない。




「オリビア様は、今まで頑張り過ぎたのですよ。今は眠って……生まれ変わるのです。本来の姿――【豊穣の聖女】に」


「豊穣……の……聖……女……?」




 謎の呼称に疑念をいだきつつも、マッサージの心地良さには逆らえない。




 段々と意識が、もうろうとしてきた。






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 ボーっとした状態のまま、わたしは謁見仕様にコーディネートされていった。


 くしが髪をとかす感触が、妙に心地いい。


 ずいぶん滑らかに、櫛が通るようになったものだ。

 王国で幽閉生活を送っていた頃は、ゴワゴワの緑髪だったのに。


 シャンプーという、髪専用液体石鹸のおかげだろう。


 なんだかやけに上等なドレスに、着替えさせられている気がする。

 パーティ用のきらびやかなものではないが、シンプルでも美しいエンパイアラインのドレス?

 色はさわやかな空色か?


 鏡に自分の姿を映して見るが、ぼやけてはっきりしない。


「「「大変よくお似合いですよ」」」


 侍女3姉妹が完璧に声をシンクロさせながらめてくれるが、実感が湧かない。

 なぜなら目がぼやけているから。




「うう~ん、ダメね。まだ目が覚めない。少しお散歩でもして、頭をスッキリさせたいわ」


「でしたらこの宮殿には、絶好の場所があります。……フェン様にお伝えして。オリビア様は、空中庭園で待っていると。せっかくですから、ロマンチックな場所で対面といきましょう」


 侍女3姉妹のうち1人が、フェン様の元へと向かう。


 わたしは残った侍女2人から、屋外へと連れ出された。

 

 

 

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