第21話 姫をかっ攫ってくるのは血筋です
■□フェン視点■□
俺は早足で、宮殿の廊下を歩いていた。
ヨルムンガルド帝国の象徴たる、
姿が映り込むほど磨かれた、大理石の床。
美しい
今はゆっくり
辿り着いたのは、父である皇帝陛下の執務室。
扉の両脇で警備をしていた
ノックをして声を掛けると、入ってくるように
「フェン……。我が息子よ。長期に渡る、王国への潜入任務。そして【豊穣の聖女】たるオリビア王女の救出、ご苦労であった」
執務机に着いたまま、威厳に満ちた声で
長く伸ばした
同じく長い、赤茶けた髪。
清潔感はあるが、野性味というか蛮族の
筋骨隆々の巨漢だからというのも理由だろう。
御年45歳だが、髭がなければもっと若く見えるはずだ。
スルト・レテ・ヨルムンガルド。
俺の父であり、この強大な帝国を束ねる皇帝陛下。
戦場では、
「事情は魔法通信にて、聞き及んでおる。しかしだな、フェンよ。もう少し、何とかならなかったのか? このように強引な方法では、ヴァルハラント王国との関係がさらに
「『オリビア姫が気に入ったら、そのまま
「女が苦手なお
「誰がヘタレですか。この恐妻家皇帝」
「愛妻家と呼ばぬか、引きこもり皇子」
「他国でこれだけ生活できたので、『引きこもり皇子』の二つ名は返上です」
「ぐぬぬぬ。なぜ余は、お主とアルベルティーナに口喧嘩で勝てぬのだ。皇帝なのに」
「俺は母の血を、色濃く受け継いでいますからね。諦めてください」
母上のことは好きだが、容姿はもう少し父上に似たかった。
そうすれば、きっと……。
「……まあよい。それでは、詳しく報告を聞こうか。オリビア王女が国内で、どのような扱いを受けていたか。そして彼女が本当に、【豊穣の聖女】だったのかということだ」
「【豊穣の聖女】であることは、間違いありません。彼女が世話をした農作物や薬草は、異常な成長を遂げていました」
【豊穣の聖女】。
ヨルムンガルド帝国で言い伝えられている、大地に
彼女達は例外なく、鮮やかな緑色の髪と瞳を持つという。
「オリビア姫は【緑の魔女】と
「
「なぜ王国では、あのように歪んだ形で伝わっているのか……。そこまでは、分かりませんでした」
「気の毒な姫だな。我が帝国に亡命してきた以上、手厚く保護して穏やかに暮らしてもらおう。……しかしヴァルハラント王家で『居ない者』扱いをされている姫となると、当初の計画には無理が出てきたな」
帝国首脳陣の計画。
それはヨルムンガルド帝国の皇族とヴァルハラント王族との間で、婚姻関係を結ぶこと。
政略結婚により、両国の関係改善を図るのだ。
幸い第1皇子の俺にも、第2皇子の弟にも婚約者はいない。
王国側で白羽の矢が立ったのは、婚約破棄されたとの噂があった第1王女のオリビア姫。
不確かだったが緑色の髪と瞳を持つという情報もあり、帝国としては【豊穣の聖女】をぜひとも招き入れたかった。
だが、人柄が気になる。
オリビア姫は数年前から表舞台に姿を現さず、謎のベールに包まれた姫君だったのだ。
いざ
政略結婚は弟のバーナードに丸投げする気満々だったが、弟が変な伴侶を宛がわれて不幸になるのは見たくない。
俺は将来の義妹候補を品定めするつもりで、ヴァルハラント王国への潜入任務に志願した。
父上には止められたが、言い負かした。
「計画を取りやめると? オリビア姫と俺の結婚話は、なかったことにするのですか?」
「フェン。お主結婚は、弟に押し付ける気満々だったではないか。……本当に、オリビア王女に惚れたのだな」
「それはもう、ベッタベタに」
真剣な目で、父上を見つめた。
俺と同じ
「その……。女装しているお主に見つめられると、妙な気分だ。アルベルティーナに、似すぎているからな」
「気持ち悪いことを、言わないでください。母上にも、ドン引きされますよ?」
「まあ、お主が結婚に前向きになったのは喜ばしいことだ。このまま女に興味を示さなかったら、どうしようかと不安に思っていたところだしな」
「それでは……」
「うむ。このままオリビア王女を、お主の婚約者として迎え入れ……」
「お待ちなさーい!」
ノックもせずに、皇帝執務室の扉が開け放たれる。
こんな真似が、許される人物は――
「母上?」
「アルベルティーナ。どうした? 我が愛する妃よ」
俺と同じ、銀色の髪。
他国から嫁いできたため、瞳の色は帝国人の紅ではなくグレーだ。
ふわふわのドレスに身を包んだその姿は、小柄なのに大きく見える。
姿勢がよく、立ち振る舞いが堂々としているからだろう。
俺の母である、アルベルティーナ皇后陛下が乱入してきた。
「さっきから聞いていれば、男2人で勝手なことばかり言って」
聞いていた?
執務室の前で、聞き耳を立てていたのか?
母上。
それは淑女として、どうなのです?
見張りの
まあ相手が母上では、止められないか。
「母上。オリビア姫に、何かご不満でも?」
「不満があるのは、オリビアちゃんにではありません。
「俺に?」
「そうよ。あなたちゃんと、オリビアちゃんの気持ちを確かめたの?」
血の気が引いて行くのを感じた。
俺は何を、1人で盛り上がっていたのだ。
確かに皇族や王族の結婚は、当人同士の気持ちなど無視されるもの。
しかしオリビア姫は今、ヴァルハラント王家から見捨てられた身。
王家の都合ではなく、自分の恋愛感情に従って伴侶を選んでもよいのだ。
「いい? きっちりとオリビアちゃんを惚れさせてから、プロポーズするのよ? 他国からかっ
父上は明後日の方向を向きながら、口笛を吹いていた。
そういえば父上は、母上の祖国を滅ぼして
王位継承権の低い姫を生贄として魔物に捧げる、腐った風習のある国だったらしいが。
外見や才覚は似なかったのに、こういうところだけ親子らしくて
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