第23話 本来の姿を取り戻した姫と皇子は、空中庭園で……

 爽やかな風が、ほおを撫でる。


 ようやく頭がスッキリしてきた。




「素敵な場所ね」




 現在わたしが立っている場所は、宮殿の空中庭園。


 色とりどりの花々。

 美しく整えられた樹木。

 全てが訪れる者の目を楽しませてくれる。


 そんな場所でわたしは、1人ポツンと待たされていた。


 異国の地でこの状況は、少々心細い。




「お邪魔をしてはいけませんから」


 と、侍女達はそそくさ立ち去ってしまった。


 何がお邪魔だというのだろう?


 まあフェン様が来て下さるのなら、安全面での心配は皆無だが。




 テラスの向こうには、絶景が広がっていた。

 手すりに近寄り、見下ろす。


 遥か眼下には、帝都オケアノスの街並み。


 頭上には、晴れ渡った青空が広がっていた。




 ふと、目の前が一瞬だけ暗くなる。


 轟音も聞こえた。


 何か巨大なものが、上空を横切った?




「あれは……。噂に聞く帝国の旗艦、飛空挺【白銀の翼】?」




 見上げた先には、空飛ぶ巨大な船の姿があった。


 金属でできた、流線型の船体。

 細長いが、お城みたいに巨大だ。


 陽光を反射しながらあまける姿は、あまりに美しい。


 悲しいのはあれが、戦争の道具であるということか。




 蒼天を泳ぐ白銀の魚にれていると、背後から声をかけられた。




「お待たせして申し訳ありません。我が姫」




 「我が姫」という呼び方から、声の主がフェン様だということはすぐに理解できた。


 だが、いつもより少し声が低いような?




 振り返り、驚く。




 いつも高い位置で括られている銀色の長い髪は、ほどかれ風になびいていた。


 帝国人の証たるあかい瞳は、まだ見慣れていない。

 だが、優しい光をたたえていた。

 女騎士リルとして見守ってくれていた頃と変わらない、優しい目だ。




 視線を首から下に移す。


 繊細な黄金のしゅうが施された、丈の長いウエストコート。


 首元のクラヴァットからは、気品が漂う。


 トラウザーズに包まれた足は、スラリと長い。


 まるで彫刻のように、均整の取れた体つき。




「リル……。その恰好は……」




 思わず慣れ親しんだ偽名の方で、彼女を呼んでしまう。


 いや、彼女ではない。




「名前だけでなく、性別まで偽っていて申し訳ありませんでした」




 男性?

 リル……いや、フェン様は男性?


 そんな馬鹿な?




「え……? え……? え……? フェン様が男の人? だってリルには胸が……」


「あれはスライムの魔物から作り出した、詰め物パッドです」


 なるほど。

 帝国には、そんな便利アイテムが。


 いつかわたしも入手して……。

 などと、考えている場合ではない。




 わたしの騎士様は、美しい女性ではなく美しい男性だったのだ。




 認識した瞬間、顔中が火照ってしまう。

 おそらく、耳まで真っ赤なのだろう。


 なんということだ。

 わたしは男性からお姫様抱っこされたり、密着した状態で飛竜に乗ったりしていたのか。


 いや、それどころか寝巻き姿をさらしてしまったこともあったような。


 柔らかく微笑むフェン様のお顔を見ていると、恥ずかしさでもだえしてしまいそうだ。


 ううっ。

 あまりわたしに視線を向けないで欲しい。


 貴方あなたのお顔は顔面凶器を通り越して、顔面兵器だ。


 男性の服装をすると、美しさにしさも加わって手が付けられない。


 彼が通った大地は美しさに焼かれ、ぺんぺん草ひとつ生えぬ荒野と化すだろう。




 フェン様は優雅に礼を取る。

 騎士の礼や、淑女の礼カーテシーではない。


 優雅ながらも力強い、紳士の礼ボウ&スクレープ




「わたしのフルネームはフェン・ルナ・ヨルムンガルド。この帝国の第1皇子です」




 強い風が空中庭園内を吹き抜け、緑が揺れる。




 庭園内の木々も。




 同じ色である、わたしの髪も。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






■□フェン視点■□






 空中庭園に入ってすぐ、オリビア姫の姿が目に入った。


 この庭園にあるどんな緑よりも目を引く、彼女の髪。


 ふわふわと、風に揺られている。




 彼女は空を飛ぶ【白銀の翼】に気を取られていて、俺の接近に気付いていない。


 空色のドレスに包まれた小柄な体を、背後から抱きしめてしまいたい衝動に駆られる。


 いかんいかん。

 静まれ、俺。


 ただでさえオリビア姫は、男性が苦手なのだ。

 そんなことをすれば、嫌われてしまうに違いない。




「お待たせして申し訳ありません。我が姫」




 振り向いた姫の姿に、言葉を失った。




 なんと美しい。


 王国に居た頃から、可憐だとは思っていたが。




 エメラルドの双眸に見つめられると、胸が高鳴る。


 全身に、【電撃魔法】を受けたかのような衝撃が走る。




「リル……。その恰好は……」




 ああ、そうだった。

 俺は今、初めて男の恰好でオリビア姫に対面している。




「名前だけでなく、性別まで偽っていて申し訳ありませんでした」


「え……? え……? え……? フェン様が男の人? だってリルには胸が……」


「あれはスライムの魔物から作り出した、詰め物パッドです」




 同性だと思われていたから、今まで普通に接してもらえたのだろう。


 オリビア姫は元々、男性が苦手だ。


 俺も嫌われてしまうかもしれない。




 だが、それでも――


 もう、自分を偽ることはできない。




「わたしのフルネームはフェン・ルナ・ヨルムンガルド。この帝国の第1皇子です」




 そう告げた瞬間、風が吹き抜けた。


 オリビア姫の緑髪が舞う。


 青い空を背景に揺られる様は、運命に翻弄される彼女の人生を象徴しているかのようだ。






 ポカンとしているオリビア姫の顔を、俺は見つめ続けた。


 目も心も奪われて、動くことができなかった。






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