第19話 独占欲、キター!

 何度か着陸しての休憩を挟みながら、飛竜は一晩中飛び続けた。




 あまりつらさは感じない。


 飛行中は、リルが体を支えてくれるから。


 少々尻が痛くなってはきたが、長時間飛行にしては驚く程快適だ。


 くらの快適性から、うかがい知ることができる。

 ヨルムンガルド帝国の極めて高い技術力を。




 飛行中、わたしはリルに問いかけてみた。


貴女あなたは帝国で、どのような立場なのですか? どのような目的を持ってヴァルハラント王国に潜入し、護衛騎士プリンセスガードとなったのですか?」




 しかし、リルは答えてくれなかった。




「帝国に到着したら、全てお話しいたします。今話してしまうと……その……王女殿下が、気まずくなってしまうのではないかと思いまして……」


 と、歯切れが悪い。


 どういう意味なのだろうか?




 延々と西に向かって飛び続けていると、やがて空が紫色に染まり始めた。


 朝焼けだ。


 あまりに美しい情景に、思わず「ほわぁ」と吐息がこぼれる。




「見えてきましたよ。あれが帝都オケアノスです」




 地平線のかなに、ポツポツと明かりが見え始めた。


 魔力を消費して発光する、魔導灯だ。




「すごい……。なんという規模の都市なのでしょう」


「わふっ♪ わふっ♪」




 膨大な数の光点に、わたしとポチは興奮していた。


 空が明るくなるにつれて、光点は次々と消えてゆく。


 代わりに朝日で、都市の全貌が明らかになってきた。




 整然と建設された、大小様々な建造物が目を引く。


 かなり高層の建物もあって、やはり帝国の技術力は高いなと感心する。




「リル、あれは何ですか? 倉庫のように大きな箱が、馬より速く移動しているように見えますが」


「あれは魔導列車。多くの人々や大量の荷物を、素早く輸送できる乗り物です」


「凄い……。あっ、人工物だらけかと思ったら、緑豊かな公園もあるのですね」


「帝都オケアノスの都市計画は、人工物と自然のバランスに気を配ったものとなっているのです」




 帝都について解説するリルの声は、どこか誇らしげだ。


 自国を愛しているのだろう。




「帝都の中心に見えるのが、皇帝陛下のお住いである宮殿ね。素敵なお城……」


「無駄に大きくて、歩き回るのが大変ですよ」


「えっ? リルは宮殿に、入ったことがあるのですか?」


「ええ。よく知っている場所です」


「まさか貴女あなた帝国近衛騎士インペリアルガードだったりとか……あら? この飛竜、ひょっとして宮殿に向かってる? だ……大丈夫なのですか? リル?」


 帝国近衛騎士インペリアルガードは、宮殿を守るエリート騎士だ。

 リルのような女性騎士もいると、書物で読んだ。


 彼女がそのインペリアルガードだったとしても、いきなり宮殿上空に現れては不味いはず。


 ヴァルハラント王国だったら侵入者扱いされ、雨あられと矢を射掛けられる行為だ。




「心配はご無用。私が飛竜で殿下をお連れすることは、宮殿に連絡済みです。魔法通信を使いました」


「そ……そうなのですか?」




 大丈夫と言われても、ハラハラする。


 侵入者扱いされないかという不安もだが、わたしは敵対国の王女なのだ。


 おまけに【緑の魔女】。


 宮殿で、一体どのような扱いを受けるのか?




 緊張するわたしの心を察したかのように、リルが肩に手を添えてくれた。




「私を信じて下さいますね?」


「貴女が帝国の人間だったとしても、わたしが任じた騎士であることに変わりはありません。我が騎士を信頼しなくて、どうするのです」


 背後から、フッと微笑む気配を感じる。




「ありがとうございます、我が姫。それでは、宮殿中庭に着陸いたします」


「えっ? ちょっと? まだ心の準備が……」


 飛竜は急激に、高度を下げていく。


 内蔵が持ち上がるような感覚がして、気持ち悪い。


 のどから飛び出そうになる悲鳴を、かろうじて飲み込んだ。




「リ……リル! 中庭に大勢の人々が集まってきています! やはり侵入者と思われているのでは!?」


「あれは出迎えです。降下中に喋ってはいけません。舌を噛みますよ」


「むぐっ!」


 リルはわたしの口を、手のひらで押さえてしまった。


 長い指。

 手全体も大きくて、頼もしい。




 離陸時と同じく、全身が重くなる。


 飛竜が羽ばたき、地面近くで減速したのだ。


 よろめいてしまいそうになるわたしを、リルがガッシリと抱き留めてくれる。




 そして、彼女はそのまま――




「えっ!? ちょっ!? ええっ!?」




 美貌の女騎士は、飛竜の鞍から飛び降りた。


 わたしをよこきにかかえて。


 帝国の皆様から浴びせられる視線の雨が、たまらなく恥ずかしい。




「おかえりなさいませ、フェン様」


 周囲の人々は、リルに向かってうやうやしく礼を取る。


 集まっているのは執事、侍女、メイド、兵士。


 帝国近衛騎士インペリアルガードらしき、高貴な雰囲気の制服をまとった騎士もいる。




「……フェン? ……様?」


 深紅のそうぼうを覗き込みながら、リルに問う。


「私の本名です。今までいつわっていて、申し訳ありませんでした」


「いえ……。それは任務だったのだから、仕方ないかと。ならば今後は、『フェン様』とお呼びしてよろしいですか?」


「ふふふっ。オリビア王女殿下から本名で呼んでいただけて、何だか嬉しいです」


「リル……。いえ、フェン様。前から思っていたのですが、『王女殿下』は少しぎょうぎょうしいのではありませんか?」


「そうですね。……ならば今後は、『オリビア姫』とお呼びいたします」


 『姫』という呼び方に、ガウニィを思い出す。


 胸がチクリと痛むが、同時に彼女を近くに感じられる。




 気が付けば数人の侍女達が、わたしとフェン様を囲んでいた。




「フェン様、あとはわたくし達が……」


「いや、よい。オリビア姫はお疲れだ。このまま私が、部屋まで運ぶ」


 なぜか侍女達は、「きゃあ♪」と嬉しそうな悲鳴を上げた。


「これは……。ついにフェン様にも……?」


「俺のもんだオーラ、ほとばしってる!」


「独占欲、キター!」


 ???

 よく意味がわからないことを言いながら、キャッキャウフフとはしゃいでいる。


 女性同士の絡みに興奮する、百合の人達なのかもしれない。


 何だか恥ずかしさが増した。




「リル! ……じゃなかった。フェン様! わたしは1人で歩けます!」


 抗議に対して、フェン様はふるふると首を横に振る。


 ちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、わたしにこう告げた。




「飛竜に乗りなれていない者は、着陸後に感覚が狂って転倒することが多いのです。ここは私に従っていただきます」


 ぐっ……。


 わたしの身を気遣ってくれてる以上、かたくなに拒否するのは難しい。




 人々を掻き分けて、フェン様はずんずんと宮殿内へと突き進んでゆく。


 まるで自分の家みたいな振る舞いだ。






 わたしの予想より、フェン様の地位はずっと高いのではないだろうか?


 ただの帝国近衛騎士インペリアルガードではなく、高位貴族だったりとか?




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