第18話 ミッドナイトフライト

 飛竜は大きな翼をはためかせ、わたしとリルを夜空へと連れ出した。


 全身が重くなる。

 上昇する、勢いのせいだ。


 慣性力で血液が下がり、頭が少々クラッとした。




「大丈夫ですか? オリビア王女殿下」


 よろけないよう、背中を支えてくれているリル。


 彼女はわたしの背後で、飛竜のくらまたがっていた。




「ええ、平気です。ありがとう、リル。……見て、ガウニィ達が、あんなに小さく」


 飛竜は体を傾けて旋回中。


 おかげで地上を見ることができた。


 ガウニィやリルの部下達は、もう豆粒みたいな大きさだ。


 夜ということもあり、すぐに見失ってしまった。




「ガウニィ……。どうか、無事でいて……」


「彼女が心配ですか?」


「ええ。王国軍に捕まったら、ただでは済みませんもの。【緑の魔女】の逃亡を手引きしたとあれば、極刑も有り得ます」


「ヴァルハラント王国に残してきた、私の部下達は優秀です。彼らを信じましょう」


「ありがとう、リル」




 わたしは振り返り、彼女を見上げた。


 感謝の微笑みを向けると、なぜかリルは顔をそむけてしまう。




「……リル? どうかしましたか? わたし何か、貴女が不快になるようなことを?」


「いえ、決してそのようなことは。失礼しました。その……。殿下の笑顔は可憐過ぎるので、向けられると心臓に悪いと言いますか……」


 なぜ彼女は、顔を赤らめているのだろう?


 女同士なのに。


 ひょっとしてリルは、の人なのでは?




 前方に向き直ると、大きな満月が見えた。


 優しい月光が、わたしとリルを照らす。


「わふっ♪ わふっ♪」


 お腹に抱えたバックパックの中から、ポチが顔を覗かせた。


「綺麗よね……。逃亡中でなければ、楽しめたのに……」




 静かで美しい夜空を、飛竜は飛んでゆく。


 優雅だが、速度はかなり出ているようだ。


 鞍に付与されている風よけの魔法により、風圧はかなり軽減されていた。


 それでもわたしの緑の髪が、強くなびいてしまう。

 



「オリビア王女殿下、寒くはありませんか?」


 リルがわたしを気遣って、声をかけてくれる。


 正直、寒い。


 強がって体調を崩しては、かえって足でまといになってしまうだろう。




「少し、体が冷えてきました」


「緊急時ゆえ、これしか御身を暖める方法がありません。ようしゃを」


「へ……? リル? 何を? ……キャッ!」




 リルは羽織っていたマントの中に、わたしをすっぽりと包み込んでしまった。




「あ……、すごく暖かい」




 マント自体の暖かさより、リルの体温を感じた。


 冷えた体だけではなく、不安に冷えきった心も暖められてゆく。




 マントの下で、わたしの体はリルに抱きすくめられていた。


 ドキドキしてはダメ。


 体が冷えないよう、暖めてくれているだけのこと。


 人命救助や医療行為のたぐいだ。




 それに女同士で密着して、ドキドキするなど……。




 ふと、気になることがあった。

 リルの腕の感触だ。


 細身だが、とても硬い。

 鍛え上げられている。


 最初は「剣士だから、騎士だから」で納得していたが、あまりに女性離れしている。


 身長だって、高過ぎる。




 まさか……。


 リルは……。


 男性?


 王国に潜入するために、性別を偽っていた?




 その可能性を考えた瞬間、ほおが燃えるように熱くなった。


 ひょっとしたら、殿方と密着しているのかもしれない。


 それはとてつもなく恥ずかしい。


 逃げ出したい。




 しかしわたしの上半身は、リルにがっちり固定されていて逃げられない。


 そもそも飛竜のあんじょうなので、逃げ場はない。




「どうかなさいましたか? オリビア王女殿下?」




 背後を振り返ると、わたしを見下ろす紅玉ルビーそうぼう


 銀糸の髪を星空になびかせるリルは、女神の化身。


 わたしの笑顔が心臓に悪いだなどと言っていたが、彼女の方がよっぽど心臓に悪い。


 控え目に言って、顔面凶器だ。

 美し過ぎる。




「な……なんでもありません! リル……その……そんなに抱きしめなくても、充分暖かいですよ?」


「暖を取っていただくだけではなく、飛竜からの落下を防止する為でもあります。申し訳ありませんが……」


 ――離さない。逃がさない。


 回された腕の筋肉が、そう言っていた。




 困る。


 これでは帝国に着く前に、ドキドキで疲れ果ててしまう。


 不快かと問われれば、全然そんなことはないのだが。




 妙な話だ。


 わたしは近付かれるだけで鳥肌が立つほど、男性に嫌悪感があるというのに。


 心の片隅で、「リルが男性だったらいいな」と期待してしまっている。




 そんなわたしを、現実に引き戻すものがあった。


 後頭部に感じる、圧倒的存在感。


 押し付けられた、リルの胸だ。




 ――大きい。




 わたしは何を考えていたのだ?


 これだけ立派なものを胸部に装備しておいて、男性だなんてあるわけがない。


 ガッカリを通り越して、怒りすら湧いてきた。


 後頭部に胸を押し付けてくるのは、慎ましやかなわたしに対する当てつけなのではないだろうか?




「殿下? 何か怒っていらっしゃいますか?」


「いいえ、別に。『わたしだって成長期に、もっといっぱい食べていれば』だなんて、ちっとも思っていません」


 プイッとそっぽを向いてやる。


 リルは戸惑っていたが、いい気味だ。






 ふと、いいことを思いついた。

 



 リルがもし護衛騎士プリンセスガードとして何らかの粗相をしたら、罰としてこの豊かな双丘を揉みしだいてやろう。







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