第17話 姫様には、生きて幸せになって欲しいのです。妹の分まで

 わたしは吸い寄せられるように、リルへと近づく。


 そのまま彼女の手を取ろうとして――思いとどまった。




「ダメです。わたしはヴァルハラントの王女。王国を裏切ることは、できません」


「王国の為に尽くそうとする貴女あなたを、理不尽にしいたげる国でも……ですか?」


「それでも……です」




 わたしの返答に、リルは肩を落とした。


 本当は、行きたかった。


 リルと一緒なら、きっと楽しい暮らしになるだろう。


 だが、ヴァルハラント王国と敵対するヨルムンガルド帝国になど――




 その時、優しく温かい感触を覚えた。


 ガウニィがそっと、わたしの背中を押したのだ。




「行って下さいませ、姫様」


「ガウニィ? 何を?」


「姫様が王国を裏切るのではなく、王国が先に姫様を裏切ったのです。ワタクシはもう、我慢できない。姫様が、しいたげられることが。大切な人が傷つけられるさまを見るのは、自分が傷つくよりもつらい」


「ガウニィ……」




 ガウニィは身に着けていたきんちゃくぶくろから、ジャラジャラと宝石を取り出した。


 どれも大きく、美しく、ひと目で価値があると分かる代物ばかり。


「姫様の逃亡資金です。こんなこともあろうかと、時間をかけてコツコツと準備しておりました。金貨では、かさりますので」


「どうやって、こんなに高価そうな宝石類を……。スキピシーヌ伯爵家に、そんな余裕は……」


「元から全部、姫様の財産ですよ? 姫様が育てた野菜や果物、薬草類を売った資金で、調達しました。美食家の貴族達には、非常識な値段で売りつけておりましたので。特に薬草類は、豪邸が建つような価格で売れたものもあります」


 ふんす! と、得意気に鼻息をもらすガウニィ。

 商売上手なのも、侍女のたしなみなのだろうか?




「貴女はどうしてそこまで、わたしのことを想ってくれるの? わたしは【緑の魔女】なのに……」


「姫様が、ワタクシを救ってくれたからです」




 ガウニィ・スキピシーヌは語り始めた。

 わたしに忠誠を誓った経緯を。


 驚いたことに10年前、【緑の魔女】専属侍女に選ばれた当初は嫌で嫌でたまらなかったらしい。


「ワタクシはまだ小さかった姫様に、キツく当たっていました。無知ゆえに、嫌悪していたのです。【緑の魔女】が呼び寄せるという災厄や呪いの話を、何の疑いもなく信じておりました」


「そういえば……そうだったかしら? 妹さんがやまいで危険な状態だと聞いていたから、そのストレスで精神が不安定になっているんだと思っていたわ」


「当時6歳の子の思考回路ではありませんね。その気遣いだけでも、忠誠を誓うに相応しい主であると思います。ですが決定的だったのは、妹が息を引き取った直後です」




 ――思い出した。


 妹さんを失ったガウニィは、抜け殻のようになっていたのだ。


 悲しいというより、現実を受け入れられていない。


 そんな感じだった。


 仕事の合間に空を見上げては、「本当にもう、どこにもいないの?」とつぶやいていた。




 怖かった。


 彼女は妹さんの死を実感した時、あとを追ってしまうのではないかと。


 だからわたしは――




「『ヴァルハラントの第1王女として命じます! ――生きなさい! ガウニィ・スキピシーヌ!』。そう言われた時は、雷に打たれたような気分でした」


「ごめんなさいね、ガウニィ。わたし、傷付いている貴女に厳しいことを――」


「いいえ。あのままではきっと、ワタクシは立ち直れなかったでしょう。天国の妹を、悲しませる結果になっていたかもしれません」




 ガウニィはそっと、わたしを抱きしめてくれた。




「ありがとうございます。ワタクシが生きてこられたのは、姫様のおかげです。こう言っては不敬かもしれませんが、妹にそそげなかった分の愛情を姫様に向けることで、ワタクシは救われていたのです」


「ガウニィ……」


「だからワタクシは、姫様も救われて欲しい。このままヴァルハラント王国にとどまり続けては、殺されてしまいます」


 ガウニィは抱きしめていた手を離し、わたしの目元をぬぐった。


 いつの間に、泣いていたのだろう。




「今度はワタクシが言います。侍女として、友人として、……そして姉としてのお願いです。『生きてください』」


「……ダメよ。飛竜はどう見ても2人乗り。貴女を置いては行けないわ」


「ご心配なさらずに。あとからワタクシも両親を連れて、帝国へと亡命します。……手伝って頂けますか? 帝国の方々」


 わたしとガウニィが視線を向けると、リルと3人の部下達は力強くうなずいた。


「もちろんです、ガウニィ様。私の部下達を、王国に残します。……オットー、ユイコウ、ナマッコ。伯爵家の方々を救出し、ガウニィ様と共に我がヨルムンガルド帝国へとお連れするのだ」


「ハッ! このいのちに替えても!」


「死ぬことは許さぬ。……帝都オケアノスで、待っているぞ」



 オットー氏は地面に片膝を突き、うやうやしくこうべを垂れる。






 リルは一体、何者なのだろうか?


 帝国人ということは、間違いない。


 その中でも、かなり地位の高そうな人物と思えるのだが……。




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