第16話 月夜に舞う飛竜。闇を照らす紅玉

 リルから横抱きにされたまま、建物の外へと出る。


 時刻はすでに、夜中らしい。


 もう雨は上がっている。




 わたしが監禁されていた倉庫は、森の中に位置していたようだ。


 周辺は木々や茂みに囲まれている。


 カンテラ等の照明が必要ないほど、今夜は月が明るい。


 照らされたしずくが、葉の上で輝いていた。




「わふっ♪ わふっ♪」




 外で待機していたポチが、わたしの無事を喜んでくれている。


 ぱたぱた揺れるわんこ尻尾を見て、こわった心がほぐれていった。




 わたしには現在位置すら分からないのだが、ガウニィとポチは迷いなく森の中を駆けていく。


 わんこのポチは当然として、ガウニィもかなり足が速い。

 これも、侍女のたしなみか。


 リルもそれに続いた。

 人ひとり抱えているとは、思えない速度だ。




 移動しながら、わたしはリルとガウニィに語って聞かせた。


 誘拐の首謀者は腹違いの妹であり、第2王女でもあるエリザベートだったこと。


 オーディン国王陛下も、一枚噛んでいること。


 【緑の魔女】であるわたしを国外へと連れ出してから、殺害するのが目的だったこと。



 

 話し終わった時、ギリッ! という音が聞こえた。


 リルが奥歯を噛みしめる音だ。


 彼女の表情は、怒りと悲しみがぜになっているように見える。





「困ったわ。どこに逃げたものか……。このまま離宮に戻っても、殺されるだけでしょうし」


「姫様。一旦ワタクシの実家、スキピシーヌ伯爵家にかくまわせてください」


「絶対ダメよ。そんなことをすれば、ガウニィだけではなくご両親まで危険にさらされるわ」


「しかし、他には行くアテが……」




 走りながら問答するわたし達。


 すると突然、リルが提案したのだ。




「逃亡先については、心当たりがあります。ここは私を信じて、任せてはくださいませんか?」






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 リルの道案内に従い、わたし達は森の中を進み続けた。


 さすがに走りっぱなしというわけにはいかない。


 早足歩きへと切り替える。


 わたしはリルから、お姫様抱っこされたままだが。




「あの……。リル? そろそろ降ろして下さい。抱えっぱなしで、疲れたでしょう?」


「護衛の観点から、却下させていただきます。離れるのは危険です」


 地面に降ろされて一緒に歩くのは、離れるとは言わないのではなかろうか?


 それに襲撃された場合、リルの両手が塞がっていたら応戦できないのでは?


 なんだかリルの目から圧力を感じたので、それ以上は「降ろせ」と主張できなかったが。




 しばらく歩き続けていると、視界が開けた。




 崖の上にある小さな平地で、見晴らしが良い。


 遠くに王都らしき明かりが見えた。




「オットー! ユイコウ! ナマッコ! 私だ! 出てきても大丈夫だ!」




 リルがりんとした声で叫ぶ。


 すると茂みが、微かに動いた。


 森の中から、目立たない服装の青年達3人が平地に出てくる。




「ご無事でしたか、でん……」


でんがどうかしたか? オットー。私は持ちではないぞ?」


 リルは鋭い口調で、オットー氏とやらの発言を遮ってしまった。




 いきなり痔の話をされて面食らったオットー氏だったが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。


 ひとつせきばらいを入れてから、話を続ける。




「失礼しました、リル様。そちらの女性は、まさか……?」


 ようやくわたしは、お姫様抱っこから解放された。


 自分の足で地面に立ち、自己紹介をしようとした時だ。





「そうだ。【豊穣の聖女】、オリビア王女殿下だ」


 リルが先に、わたしのことを紹介してしまった。


 何?

 【豊穣の聖女】?

 【緑の魔女】ではなく?


 わたしとガウニィは、顔を見合わせる。

 有能侍女でも、意味が分からないらしい。




「連れ出してきたということは、やはりうわさ通りに……」


「いや。噂より、遥かに酷い状況に置かれていた。予定よりかなり早いが、お連れしよう。我々の国、ヨルムンガルド帝国へ」




 全身に衝撃が走った。


 ガウニィも、表情を強ばらせている。




「リル……、そんな……。貴女あなた、まさか……」


「今まで騙していて、申し訳ありません」


「瞳の色はどうしたの? 帝国人は、あかい瞳のはずでしょう?」


 リルの瞳はアイスブルー。

 魔法で色を変えていたとしても、誤魔化しきれるはずがない。


 宮廷魔導士から、【解呪】の魔法を受けたのだから。




「我が帝国には、【色師オーブリー】と呼ばれる凄腕の魔導士がいます。失礼ながら王国の宮廷魔導士程度では、彼の魔法を打ち破ることはできません」


 リルは胸元から、小さな薬瓶を取り出した。


 目薬だったようで、それを瞳にさす。


 すると、みるみる色が変わり始めた。


 涼し気なアイスブルーから、燃えるような紅。




 帝国人の証である、瞳の色に。






「行きましょう、オリビア王女殿下。貴女が幸せを、つかみ取ることができる地へ」




 夜空を切り裂く、鋭いほうこう


 驚いて星空を見上げると、大きな翼をはためかせる生き物。


 ――飛竜だ。


 ヨルムンガルド帝国では、訓練された飛竜を輸送手段として用いると聞く。




 満月と飛竜をバックに、美貌の女騎士は手を差し伸べてきた。




 月明かりに負けないほど、紅いそうぼうを輝かせながら。




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