第15話 粗末なモノを仕舞え、下衆が

 コンコンと、扉をノックする音。




 リルが助けに来てくれたのではないかと思い、期待で心臓が跳ねた。




「エリザベート王女殿下。すぐ城にお戻りください」


 扉から入ってきたのは、リルではなかった。


 プリンセスガード選考会の帰り、リルに【解呪】の魔法をかけた宮廷魔導士だ。


 彼は確か、エリザベートの派閥に属していたはず。




「何なの? 今、いい所なのよ」


「国王陛下からのお呼び出しです。ミョルニル公爵家関連で、急ぎの話があると」


「ああ! もう! お父様ったら、また小言かしら? ……仕方ないわね。ワタシはお城に帰るから、あとはあんた達、しっかりやるのよ」


 「やる」には、2つの意味が込められていた。


 わたしをしっかり犯し、恐怖と屈辱を刻み込めということ。


 その後は帝国領に連れ出し、確実に殺害しろということ。




 エリザベートは宮廷魔導士と共に、バタバタと倉庫を出ていった。




「さて、どうする? あのわがままエリザベート王女は、いなくなったぞ?」


「わざわざ【緑の魔女】なんかとシなくても、殺して埋めればわからないんじゃないか?」


「バッカ! キチンと命令を遂行していないことがバレたら、処刑されちまうぞ。ちゃんと犯せ」




 リーダー格らしき男の命を受けて、むさ苦しいひげ男はわたしににじり寄ってきた。




「……よく見ればあんた、髪と瞳の色以外は可愛いな」


 リルから「可憐だ」と言われた時は、ドキドキした。


 だがこの髭男から「可愛い」と言われても、おぞが走るだけだ。




 こんな連中に、いいようにされてたまるものか!


 わたしはカタカタと震えるあごを無理やり動かし、口を開いた。





 ――舌を噛み切って、自害するために。




(オリビア。強く生きなさい)




 突然脳裏に、亡き母上の声が響いた。




 ――そうだ。

 自ら命を絶ってどうする?


 生きたくても生きられなかった母上の分まで、わたしは生きる義務がある。


 たとえ遠からず殺される運命だとしても、死の瞬間までは生きようとかなければ。


 でなければあの世に行った時、母上に顔向けできない。




 わたしは覚悟の方向性を変えた。




 ――食いちぎる。




 手は後ろ手に縛られているが、口と足は自由なのだ。


 魔法は――使えそうだ。

 わたしの魔法に殺傷力はないが、怯ませるのには有効だろう。


 噛みつきと魔法を駆使し、隙を作り出す。


 混乱に乗じて、何とか逃げ出すのだ。




 カチャカチャと音を立てながら、髭男はズボンのベルトを外そうとした。




「粗末なモノを仕舞え、が」




 まばたきした、ほんのわずかな時間だった。


 次の瞬間、髭男の首筋にはやいばが添えられていたのだ。


 冷たく輝く、殺意に研ぎ澄まされた刃が。


 「ヒッ!」という悲鳴を上げて、髭男の動きが止まる。


 「粗末なモノ」と断じ、男の背後から長剣を突きつけていたのは――




「リル!」


「オリビア王女殿下。お迎えが遅くなってしまい、申し訳ありません」




 怒りに満ちた表情から一転。

 優しく微笑みかけてくれるリル。




 彼女は手馴れた動作で当身を食らわせ、髭男を昏倒させた。


 視線を巡らせてみれば、リーダー格の男を含め誘拐犯達全員が気絶している。


 倒れた彼らを、ガウニィがロープでせっせと締め上げていた。


 これは――

 こないだ本で読んだ、亀甲縛りと呼ばれる特殊な技法。


 彼女は一体どこで、こんな技法を?


「侍女のたしなみですよ、姫様」


 わたしの疑念を読み取ったかのごとく、ガウニィは事も無げに答える。


 侍女って凄い。




「さあ殿下、この倉庫から脱出しましょう。おもてでポチが、見張りをしてくれています。この場所も彼が、匂いで探し当ててくれたのですよ」


 手首を拘束していた縄を切ってもらい、立ち上がろうとするわたし。


 だが、足に力が入らない。

 膝がガクガクと震え、床にしりもちを着いてしまった。


 倒れてしまわないように、リルがパッと背中を支えてくれる。




「あ……あら? 情けないですね。あれぐらいの危機で、腰が抜けてしまうなんて」


「何をおっしゃいます。気を失っていても、おかしくない場面。殿下は気丈ですよ。……怖い思いをさせて、本当に申し訳ありませんでした。私は護衛騎士プリンセスガード失格です」




 いけない。

 わたしがさらわれたことに、リルが責任を感じてしまっている。


 霊園に入れなかったのは、おきてだから。


 彼女には、何の落ち度もなかったというのに。


 せめて早く立ち上がり、大丈夫なことをアピールしなければ。




 無理に立ち上がろうとしたのが、良くなかった。


 今度こそわたしは完全にバランスを崩し、顔面から床に倒れようとする。


「キャッ!」


「失礼」

 



 またもやリルが、支えてくれた。


 しかも今度の体勢は――




「り……り……リル。これはロマンス小説などでよくある、お姫様抱っこというものでは?」


「緊急時ゆえ、ご容赦ください。それにオリビア王女殿下は本物の『お姫様』なので、問題ありません」


 いや、問題はある。


 顔面凶器と言えるほど美しい、リルの顔が間近にくるのだ。


 ドキドキしてしまう。

 女同士なのに、やたらとドキドキしてしまう。


 おまけに腕の感触。


 同じ女なのに、さすがは騎士。

 細くても鍛え上げられた筋肉は、固くてたくましい。

 触れているだけで、気恥ずかしさを覚える。




「このまま逃走しますよ。腕を私の首に回し、しっかりつかまっていて下さい」


 仕方なく、わたしはリルにしがみついた。


 本当に仕方なくだ。

 喜んでなどいない。


 ああ。

 いい匂いがする。


 リルがいつも付けている、香水。

 百合の香りだ。




 そこでわたしは、ふと思い出した。

 先ほどリルが言っていた台詞を。




おもてでポチが、見張りをしてくれています。この場所も彼が、匂いで探し当ててくれたのですよ)




 遠くからでも、臭いが辿れた?


 ひょっとしてわたし、物凄く体臭がキツいのではないだろうか?


 そう考えると、ぶわりと冷や汗が噴き出てくる。






 わたしはリルの首に手を回しつつも、なるべく彼女の鼻から体を離した。





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