第14話 お姉様はマジ目障り。【緑の魔女】でなかったら、ワタシよりモテてそうだったのがまたムカつく

「うっ……硬い……」




 リルの胸板の話ではない。


 分かっている。

 あれは夢だ。


 硬いと言ったのは、床の話。


 うっすらと目を開けると、眼前にはほこりも積もった石造りの床。


 空気はカビ臭い。

 

 廃城である離宮のほうが、まだ掃除が行き届いている。




 視線を巡らせて、状況を確認。

 幸い目隠しまでは、されていなかった。


 手首は後ろ手に、縛られているようだが。


 ここは……?

 倉庫か何かだろうか?


 普通の民家にしては、やや広めの部屋だ。


 窓は板で塞がれている。


 雨が屋根を叩く音が、こだましていた。


 部屋の中心部にはテーブルが置かれており、そこでは3人の男達がカードゲームに興じていた。


 体格と服装からして、先程わたしをさらった覆面男達に違いない。




「おっ! 【緑の魔女】が、お目覚めだぞ!」


 わたしは上体を起こし、誘拐犯達と向き合った。


「人違いで誘拐された……というわけでは、なさそうですね」


「そうさ。あんたを始末して欲しいという人がいてね」


「【緑の魔女】を殺害すればどうなるのか、知らないわけではないのでしょう?」


「『その地は千年呪われる』ってヤツだろ? 心配するな。あんたはこのヴァルハラント王国から遠く離れた、異国の地で死ぬんだ。俺達が、連れて行ってやるよ」


 た笑い声を上げる、誘拐犯達。


 会話の内容から、ここがまだヴァルハラント国内だと知れたのは幸いだ。




貴方あなたたち、誰の命令で、こんな危ない橋を渡っているのです? 【緑の魔女】の呪いに巻き込まれるかもしれないし、そうでなくとも王族誘拐犯。王家の墓へも侵入していますし、捕まれば死罪はまぬがれませんよ?」


 わたしの問いに、リーダー格らしい男が答えようとした時だった。




「指示したのは、ワタシですのよ。お姉様」


 倉庫の扉が開き、勝ち誇ったような顔の少女が乱入してきた。




「エリザベート……。貴女あなた、どうして……」


「お姉様が、目障りだからに決まっているでしょう?」


 エリザベートは、ニタリと口角を吊り上げる。


 なぜそんなに、ざわりだと思うのか。


 わたしは普段、離宮に押し込められている。


 護衛騎士プリンセスガード選考会は、例外中の例外だった。


 エリザベートの前に現れる機会など、全くと言っていいほどないのに。




「離宮に幽閉されてからも、お姉様の存在はワタシを不快にするばかり。トール様も家庭教師共も、『オリビア王女の方が優秀だった』なんて陰口を叩いているわ」


 そういえばエリザベートは、わたしの代わりにトール様の婚約者に収まったのだった。


 夫人となりトール様を補佐すべく、わたしは幼い頃から公爵家の仕事も勉強していた。


 しかしエリザベートは、降嫁する準備などしていなかったはずだ。


 それで公爵家側から、不満が出ているのだろう。




「プリンセスガード選考会でも、不快な思いをさせてくれたわね。何をちゃっかり、優勝者を自分の騎士にしているのよ。あれは【緑の魔女】が笑いものになって、皆を楽しませる場面でしょう? 空気読みなさいよ」


「不快だから、殺してしまえと? 腹違いとはいえ、実の姉を。曲がりなりにも、同じ王族を」


「ハッ! いつまで王女気取りでいるの? お姉様が死んだところで、誰も困らないわ」




 胸がキリキリと傷んだ。


 エリザベートの言っていることは、事実だ。


 わたしは忌み嫌われる、【緑の魔女】。


 ここにいる誘拐犯達の態度が物語っている。

 わたしが王国民から、どう思われているのかを。




「むしろ殺してしまった方が、世のため人のためよ。帝国領に連れて行って殺せば、帝国は呪われるでしょう? ヴァルハラント王国の国益にも繋がるわ。良かったわね、お姉様。最期に王国の役に立てて」


 エリザベートの皮肉を聞いて、周囲の誘拐犯達は愉快そうに笑った。


 わたしは悔しくて、後ろ手に縛られたままのこぶしを握り締める。




「お父様も、これで一安心ね。【緑の魔女】がこの国からいなくなれば、心配の種がなくなるもの」


「……! まさか父上は……? オーディン陛下は貴女の計画を……」


「承知しているに、決まっているじゃない。嬉々として、協力してくれたわ」


 噛み締めた唇から、血の味がした。


 分かっていたことではないか。

 父上がわたしを、どう思っているかなど。


 呪いが自分達に振りかからない形で、死んで欲しかったのだ。


 



「だけど、16の若さで死んでしまうのは気の毒ね。まだ男も知らないでしょうに。……そうだ! いいことを思い付いたわ!」


 ポンと手を叩くエリザベートに、わたしは嫌な予感を覚えた。


 冷たい汗が、ほおを伝う。




 「貴方あなた達。せっかくだからお姉様に、男を教えて差し上げなさい」




 全身に鳥肌が立つ。




 だがそれは、誘拐犯の男達も同じだったようだ。




「ちょ……ちょっと待ってくださいよ、エリザベート王女。【緑の魔女】と、ヤれって言うんですかい? 俺達にも、選ぶ権利ってもんが……」


「あると思っているの? 死刑になりたくなければ、命令に従いなさい。報酬は、上乗せしてあげるから」




 誘拐犯達の間で、相談が始まる。


 誰がわたしを犯すのかという、おぞましい相談が。




 髭面のむさ苦しい男が、一歩前に出た。


 どうやら彼が相手らしい。

 ポーカーで負けた、罰ゲームだと。






 わたしはじりじりと、部屋の隅まで後ずさった。





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