第8話 王女は友達が欲しい。オリビア「いや……あの……決してお姉さま(意味深)が欲しいわけでは……」

 美味しい料理にしたつづみを打ちながら、わたしはリルにあれこれと質問を投げかけていた。




「リルは流れの傭兵だったのですね」


「はい。たまたま立ち寄った王都で護衛騎士プリンセスガード募集の貼り紙を見て、応募させていただきました」


「生まれはどちら?」


「デプセーブン地方です。剣術道場の娘だったのですが、女児に流派は継がせられないと父から言われまして。家出同然で、傭兵になりました」


 わたしの質問に、リルはスラスラと答えていく。




 まるであらかじめ練習していたみたいだ。

 答えをすぐ言えるように。




「あの……オリビア王女殿下……。私は疑われているのでしょうか? 間者スパイか何かと」


 リルの言葉に、ギクリとする。


「ご……ごめんなさい。これではまるで、尋問ですよね」


「いえ、お気遣いなく。むしろそれぐらい、慎重な方がよろしいかと」


「そう言ってもらえると、幸いです」


「しかし、あの宮廷魔導士には少々ムッとしました。断りもなく、いきなり魔法をかけてくるなんて」




 護衛騎士プリンセスガード選考会場を、立ち去ろうとした時のこと。


 宮廷魔導士が唐突に、【解呪】の魔法をリルにかけたのだ。


 これはリルが、敵対国の人間でないのかを確かめるため。


 現在ヴァルハラント王国が最も警戒している相手は、西のヨルムンガルド帝国だ。

 領土争いから、対立関係にある。


 帝国人には、紅い瞳を持つ者が多い。


 なので【解呪】の魔法を受けて瞳が紅くなれば、帝国からの間者スパイ


 リルの瞳は王国人に多いアイスブルーのままだったので、わたしはホッとしている。




「あのへっぽこ宮廷魔導士。腕はへなちょこなクセに、無礼な振る舞いばかり。4年前、あの野郎がもっとしっかりした魔法で姫様の髪と目の色を変えていたら、あんなことには……」


「仕方ないわ。トール様が連れていた術者は、あまりに強力な【解呪】の使い手でしたもの」


「姫様が許しても、ワタクシが許しません。あの嫌味なツラを、いつかボコボコにして……」


「おやめなさい。淑女として、はしたないわよ?」


 シュッ! シュッ! と拳闘士ボクサーみたいに物騒なかざきりおんを立てながら、拳を振るってみせるガウニィ。


 食事中なのに。


 普段はおしとやかなのに、わたしのこととなると暴走気味になるのが玉にきずだ。




「私が騎士として王女殿下の信頼を得るには、時間と実績が必要でしょう。精進いたします」


「そんなにかしこまらなくても……。わたしがリルに期待しているのは、騎士としての働きだけではありません」


「……? ……と、おっしゃいますと?」


「心を通わせられる、友人となって欲しいのです」


「そんな……。平民である私が、王女殿下の友人など……。恐れ多いことです」


「王族には、高位貴族の令息や令嬢が友人としててがわれるのが普通です。ですがわたしに、そういった友人はいませんでした」


 わたしは【緑の魔女】。

 友人として関わる人間が増えれば、それが露呈してしまう可能性が上がる。


 わたしは同世代の子供達と触れ合うことが許されず、ひたすら王女としての教育を詰め込まれた。


 政略結婚のより良い駒となるように。




「リル……。わたしを守ってください。外敵からだけでなく、孤独からも。夜にはガウニィが帰ってしまうので、心細いのです」


 ガウニィ・スキピシーヌには、高齢な両親がいる。


 彼女の妹が10年前に病死したのをきっかけに、両親はかなり弱ってしまっているらしい。


 昼は執事やメイドに任せているものの、夜は彼女自身が両親の世話をしている。


 そうするようにと、わたしが命じているのだ。


 せっかく仲の良い親子なのだ。

 わたしと陛下の関係と違って。


 少しでも長く、一緒に過ごして欲しい。

 幼くして亡くなってしまった、妹さんの分まで。




「……っ! わかりました。このリルが、命に代えてもお守りいたします。騎士としても、友人としても」


「ふふふっ。期待していますよ」


 ろうそくの炎に照らされるリルの顔は、心なしか赤いように見えた。


 なんだかわたしも、少し照れくさい。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 日が完全に暮れ、離宮に夜のとばりが降りる。


 星空の下を歩き、ガウニィは帰って行った。


 いつも彼女は、申し訳なさそうに帰宅する。


 わたしを1人にすることに、抵抗があるのだろう。


 でも、心配することはない。


 今日からはリルが、夜も近くに居てくれるのだから。




「ええっ!? リル!? 寝ずの番をするつもりなのですか!?」


 寝室前の廊下に立って動かないリルを見て、わたしは叫んでしまった。




「はい。門番の連中は、信用できません。私がオリビア王女殿下の寝室前で、見張りをします。巨大ヒュージドラゴンだろうが通しません」


「あの……。わたしが暗殺される可能性は、極めて低いですよ? 【緑の魔女】を殺したら、呪われると言い伝えられているので」


「絶対ないとは、言いきれません。それに暗殺目的よりも、誘拐目的の賊は多いでしょう」


「忌み嫌われる存在であるわたしを、わざわざさらっていく物好きなど……」


「こんなに可憐な姫君なのです。大罪を犯してでも手に入れたいという男は、星の数ほどいるでしょう」


 わたしを見つめる、真剣な表情のリル。


 「可憐」と言われて、なぜか少しドキッとしてしまった。


 殿方から言われるならともかく、同性から言われてこんなに動揺するなんて。


 きっとリルが、美人過ぎるからいけないのだ。


 このままでは、目覚めてしまいそう。

 図書室跡で読んだ、百合小説の世界に。




「……わかりました。貴女あなたにも、護衛騎士プリンセスガードとしての矜恃プライドがあるのでしょう。寝ずの番を、お願い致します」


「御意。ごゆっくり、お休みください」


「朝になってガウニィが出勤してきたら、必ず貴女も睡眠を取るのですよ」


「私は鍛えておりますゆえ、2日や3日の徹夜など……」


「睡眠不足でわたしの護衛をしようなどと、職務怠慢です。許しません」


「……わかりました。ガウニィ様が出勤次第、休みます」


「立ちっぱなしもダメよ? 楽な体勢で警備なさい」




 リルは素直に聞き入れてくれた。

 剣を抱きかかえ、石造りの廊下に腰を下ろす。




「それではリル、おやすみなさい」


「オリビア王女殿下。ごゆっくりお休みください」




 わたしは寝室に入ると、寝間着に着替えた。


 簡素で古いが、手入れだけはしっかりしているベッドが寝床だ。


 布団に入り、まぶたをそっと閉じる。






 扉一枚へだてたところに誰か居てくれるというだけで、妙に心が温かかった。





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