第7話 わたし、何かやっちゃいました? 必死で生き延びているだけですが……

■□オリビア視点■□




 時刻はすでに夕暮れ時。

 わたしとリル、ガウニィの3人は、離宮へと帰ってきた。


 門をくぐるなり、背後からガシャンという音が聞こえる。


 ついて来ていた兵士2人が、槍を交差させて道を塞いだのだ。




「何ですか? あの兵士達は。門番なのに、内側を向いていては意味がないでしょう」


「リル。彼らの仕事は、離宮に賊が入らないかを見張ることではありません。わたしが外に逃げないよう、監視するのが使命なのです」


「幽閉されているとはいえ、オリビア王女殿下はこの国の第1王女なのに……。敬意が感じられません」


「陛下のめいなのです。彼らを責めても、仕方ありません。むしろ任務を忠実に遂行している、優秀な王国兵と言えるでしょう。誇らしく思います」


 リルは納得していない。


 彼女が納得できないことは、さらに続く。




「これが……離宮? 離宮というよりも、まるで……」


「『廃城』と言いたいのでしょう? ごめんなさいね。わたしとガウニィだけで管理するには広すぎて、手が行き届かないのです」


「オリビア王女殿下自ら管理を? 何ということだ……。こんな環境では、健康を損ねてしまいます」


「それが陛下の願いなのでしょう」




 わたしの発言に、リルの足がはたりと止まる。




「わたしは陛下から、死を望まれているのです。誰かから殺害されることではなく、病死や自然死を」


「そんな……。実の父親ではありませんか。なぜ、そこまで……」


「わたしが【緑の魔女】だからです」


 自分の緑髪を、指でつまんでみる。


 綺麗な色だと思うのに、これを受け入れてくれた人はいない。


 リルとガウニィ、亡くなった母シルビアぐらいのものだ。




「リルも知っているかと思いますが、【緑の魔女】は争いと災いを呼ぶ存在。だからといって殺してしまうと、その地に千年の呪いを振りまくと言われています」


「それで離宮に幽閉し、息絶えるのを待っていると? なんというむごい仕打ちを」


 革手袋をギリギリと鳴らしながら、リルが拳を握りしめた。




「仕方ないのです。わたしが【緑の魔女】だと発覚したせいで、王家とミョルニル公爵家との関係は悪化してしまいました」


「それは! 陛下が悪いのではありませんか! 魔法で髪と瞳の色を隠して政略結婚させようなどと、浅はかな計画を立てるから……」


「ガウニィ。王族が喋っているのに割り込むなんて、貴女あなたはいつからそんな無作法な子になったの? 発言内容も、陛下への不敬です」


「も……申し訳ありません」


「でも、気持ちは嬉しいわ。ありがとう」


「姫様……。もったいなきお言葉」


 勿体ないのは、ガウニィの忠誠だ。


 誠心誠意仕えてくれている彼女に、わたしは何ひとつ報いれていない。




「ささっ、2人とも。辛いことなんて、いまは忘れてしまいましょう。リルの歓迎パーティをしますよ」




 わたしは少し、浮かれていた。


 リルという仲間が増えて、この幽閉生活にも希望を見出せそうな予感を覚えたからだ。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 歓迎パーティとはいっても、この環境で大したことはできない。


 食堂に集まり、皆でご飯を食べることぐらいだ。


 食事は王宮から運ばれてくることはなく、自分達で用意していると言ったらリルは目を丸くしていた。




「さあ、張り切って準備しちゃいますよ」


「姫様は、席にてお待ちください。ワタクシが全て用意いたしますので」


「王女殿下に食事の準備をさせるなど、恐れ多い。ガウニィ様、私にも手伝わせてください」


「あなた達、わたしの楽しみを奪う気?」




 結局3人一緒に、食事の準備をすることになった。




 この離宮内に、食材や調味料は豊富にあったりする。


 ガウニィがコツコツと、買ってきてくれるのだ。


 わたしが育てた野菜や果物、ハーブを売ったお金が資金源らしい。




「わふっ♪」


「あら、ポチ。お帰りなさい。また獲物を、獲ってきてくれたのね」


 大きな魚の魔物を引きずってきた黒い子犬に、リルは唖然としていた。


 わたしやガウニィは慣れてしまっているけど、初見の人には衝撃的らしい。




「こ……これは! 魚の魔物、マーダーフィッシュではありませんか!」


「そうですよ。離宮のそばに、湖があったでしょう? ポチはそこから獲ってくるみたいですね」


「子犬がどうやってマーダーフィッシュを……。屈強な漁師でも、やられてしまうことが多いというのに」


「ポチは頭のいい子ですからね。狩りも上手なのでしょう」


 「そうだよ」とばかりに、尻尾を振るポチ。


 初対面のリル相手にも、全く動じていないようだ。


 リルの方が、警戒のまなしでポチを見つめていたりする。




「ふっふっふっ、大きなマーダーフィッシュ。美味しそう。さばき甲斐があるわ」


「まさか……。オリビア王女殿下が捌くおつもりですか?」


「マーダーフィッシュを捌くのは、これで6回目ですもの。もう慣れました」


「王族というものは、料理などの教育も受けるのですか? 先ほどから殿下の手際が、鮮やか過ぎて驚いているのですが」


「4年間も幽閉されている間に、本で覚えたのです」


 「ふんす!」と鼻息を荒くするわたしに、リルは戸惑いを隠せない。


 彼女はガウニィに視線を送った。




「姫様は、大変勉強熱心なお方なので」


「勉強熱心で済ませられるレベルでは、ないような気もしますが」




 リルとガウニィが問答している間に、わたしは淡々とマーダーフィッシュを捌いた。


 見よ。

 この包丁捌き。


 手早くうろこを取り、3枚におろしてしまう。




「ガウニィ、魚の下ごしらえをお願い。わたしはオーブンに火を点けるから」


「オリビア王女殿下、まだまきの準備ができておりませんが?」


まきは使いません。いちいち離宮外部から調達していたら、ガウニィが大変ですもの。……こうするのです。【点火】!」


 わたしが指を打ち鳴らすと、オーブンに火が入った。




「なんと……。魔法まで、身に付けておられるとは……」


「離宮という名の廃城で生きていくためには、必要だったのです」


「まさかそれも、独学で?」


「図書室跡に、分かりやすい魔導書が放置されていたのです。魔法といっても、簡単なものしか使えませんよ? ちょっと火を起こしたり、風魔法で洗濯物を素早く乾かしたりですとか」


 リルは長い指で、こめかみを揉んでいた。


 わたし、何かやっちゃいました?




 ガウニィはもちろん、リルも手際よく準備してくれたので、あっという間にパーティの準備は整った。


 王女として表舞台に立っていたころの、華やかなものとは違う。


 平民達の家で行われるようなものを、再現してみた。




「お酒まで、置いてあるのですね……」


「料理にも使うので、ガウニィに買ってきてもらうのです。リル、飲みますか?」


「いいえ。護衛騎士プリンセスガードとしての、職務中なので」


 騎士として、任務に真摯な態度。


 わたしはちょっと、胸が痛くなる。


 ガウニィと同じように、リルにも苦労をかけてしまうかもしれない。




 あくまで平民のホームパーティを模しているので、王女のわたしもリルやガウニィと同じテーブルに着く。


 ほくほくと湯気を上げるマーダーフィッシュのムニエルは、見ているだけで食欲がそそられた。


 食事の前に、わたし達は祈りを捧げた。

 大地に豊穣と恵みをもたらしてくれるという、神獣フェンリルに。






「さあ、食べましょう。食べながら聞かせてください。リル、貴女あなたのことを」






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