第5話 嫌われ王女「こんな髪と瞳の色だけど、仕えてくれますか?」。女装騎士「はい、よろこんでぇ!」

■□オリビア視点■□




 美貌の女剣士リルは、その後も試合を勝ち抜き続けた。


 大男達が繰り出す激しい剣をなめらかに逸らし、相手の急所にピタリときっさきを突きつける。


 重力を感じさせない体捌きは、優雅にダンスを踊っているかのよう。




 彼女が勝つたびに、わたしは拍手で祝福した。


 周囲の貴族達が冷ややかな目で見つめてくるが、気にしない。


 気になるのは、リルの視線。


 わたしの方を、チラチラと見ている?


 やはり【緑の魔女】だと、気づかれているのだろうか?


 ヴァルハラント王国民で、【緑の魔女】の言い伝えを知らぬ者はいないし。




 あっという間に試合は進み、決勝戦。


 相手は次期騎士団長との呼び声高い、サヴロゥきょう


「女に負けるわけにはいかぬ!」


 などとわめいているが、試合中におしゃべりなどしていて大丈夫だろうか?




 上段に大きく振りかぶったサヴロゥ卿だったが、その剣が振り下ろされることはなかった。


 脇腹にピタリと、リルのやいばが添えられていたからだ。




 ――優勝はリルだ。




「流浪の女剣士リルよ。試合内容はともかく、優勝はお主だ。騎士の称号を与えよう。今後は護衛騎士プリンセスガードとなってけんさんを積み、騎士らしい剣を身に付けていくとよかろう」




 闘技場から降りてきたリルに、オーディン7世陛下自らお褒めの言葉をかける。


 だけどコレは、全然褒めていない。


 「こんな剣は認めない」という意思が、言葉の端々から伝わってくる。


 なんと狭量な。


 成果を上げた者を正当に評価しなければ、臣下の心は離れるというのに。




もったいなきお言葉。お褒めにあずかり、光栄です」




 それに引き換え、リルの態度は完璧だ。


 うやうやしく膝を折り、陛下の言葉に感謝する。


 本当に、平民なのか?

 元貴族とかではないのか?


 初めて彼女の声を聞いたが、女性にしてはかなり低めの声。

 落ち着いていて、頼りがいがありそうだ。




「さて、これより護衛騎士プリンセスガードの叙任式を行う。……オリビア! こちらに来い!」


 陛下はぞんざいな口調で、わたしに申し付ける。


 「面倒だなぁ」とは思いつつも、わたしは陛下のそばまで来た。




 わたしが王女オリビアだと知って、リルは少し戸惑ったようだった。


 それはそうだろう。

 王女が下級貴族達に紛れて、普通の観客席にいるなどあり得ない。




 プリンセスガードのじょにんしきでは、王女の側から騎士に「仕えて下さいますね?」とお願いするのが習わしだ。


 実際には、王族の依頼を断れる騎士などいない。

 命令に等しい。


 だが、王女がわたしの場合は話が別だ。




(リルよ、手ひどく断ってやれ。あの娘を、王族だと思わなくてよいぞ)




 騎士団長がた笑みを浮かべながら、リルにささやいている。


 本人は聞こえていないつもりなのだろうが、わたしは耳がいいのだ。


 それに騎士団長の声は、囁いてるつもりでも無駄に大きい。

 



 騎士団長の囁きを受けて、リルは静かにうなずいた。

 

 胸がチクリと痛む。


 ああ。

 やはり断られてしまうのだ。


 こんな茶番、さっさと終わらせて幽閉生活に戻ろうと思っていたのに。

 思ったより……つらい。




 軽く周囲を見渡せば、好奇の視線が突き刺さっていた。


 我が父、国王陛下。


 妹である第2王女のエリザベート。


 かつて婚約者だった、トール様もいる。


 そして観客席には、多くの貴族達。


 皆、期待していた。


 プリンセスガード叙任を拒否されるという、前代未聞に情けない王女が誕生する瞬間を。




 なぜこの国の人々は……。

 緑の髪と瞳を持って生まれたというだけで、こんなにもわたしを嫌うのか。


 【緑の魔女】が争いと災厄をもたらすという言い伝えに、根拠などないはずなのに……。




 悲しい気持ちをおもてに出さないよう注意しつつ、リルの前に歩み寄る。




 彼女と目が合った瞬間だった。




 バチリ! と刺激が、頭部に走る。


 これは……魔力?




 視界の端で、髪色が戻っているのが見えた。


 偽りのブラウンから、忌み嫌われる緑へと。




 エリザベートのかたわらで、宮廷魔導士がニヤニヤしているのが見えた。


 彼が魔法を解除したのだ。




 わたしは再び、視線をリルに戻す。


「リルよ……。これがわたしの本当の姿です。オリビア・レイ・ヴァルハルの正体は、忌み嫌われる【緑の魔女】なのです」


 時が止まったかのように、彼女は硬直していた。


 そう……。

 やはり貴女あなたも、【緑の魔女】が恐ろしいのか。




「貴女の剣、わたしは好きですよ。素晴らしいと思いました。たゆまなく技を磨き続けてきた者にしか、辿り着けぬ境地だと。立ち振る舞いも、騎士に相応しい立派なもの。わたしは貴女が欲しい。常に努力し続ける、尊き精神を持つ貴女が」


 身勝手なお願いだとは思う。

 それでも――


「【緑の魔女】のプリンセスガードなど、嫌でしょうけど……。わたしの剣となり、盾となり、守ってはくださいませんか?」




 返事を聞くのが、怖かった。


 思わず手の平を、ギュッ! と握り締めてしまう。




 考え得る限りの手ひどい断られ方を想像し、予防線を張っていた時だ。




 リルは熱に浮かされたかのように、フラフラとわたしに近づき――




 次の瞬間には、眼前で膝を突いていた。






■□■□■□■□■□■□■□■□






■□リル視点■□




 驚いた。


 まさか観客席にいたブラウン髪侍女の正体が、オリビア王女だったとは。


 ちょっと嬉しかったりする。


 エリザベート王女みたいなだったら、嫌だなと思っていたところだ。


 貴賓席にいたエリザベート王女は侍女に当たり散らしたり、敗退した参加者を侮蔑の表情で見ていたりしていたからな。


 笑顔だけでは判断できないが、今のところオリビア王女には好感が持てる。


 邪道と言われてばかりだった俺の剣を、認めてくれているようだし。




「リルよ、手ひどく断ってやれ。あの娘を、王族だと思わなくてよいぞ」




 いかつい顔の騎士団長が、俺に囁きかけてきた。


 鼻の下を伸ばすな、気持ち悪い。

 俺は男だ。


 それにしても……王女からの要請を断れとは。


 騎士団長の独断ではないな。


 オーディン国王もエリザベート王女も、薄気味悪い笑顔を浮かべている。




 どうしたものかと、オリビア王女に視線を向けた時だった。




 彼女の頭部周辺に、緑色の電光がほとばしる。


 一瞬の間を置いて、王女の髪と瞳が変色した。




 エメラルドを引き伸ばしてつむいだかのような、きらめく緑色の髪。


 同色の瞳からは、強い意志と生命力を感じる。




 綺麗だ……。


 可愛らしい少女から、美しい姫君へとオリビア王女は姿を変えた。


 侍女の服装なのに、王族らしい気品と風格を漂わせている。


 髪と瞳の色だけで、こうも印象が変わるとは。


 最初感じた違和感は、生来の髪と瞳の色でなかったためか。




「リルよ……。これがわたしの本当の姿です。オリビア・レイ・ヴァルハルの正体は、忌み嫌われる【緑の魔女】なのです」






 本当にこのヴァルハラント王国では、緑の髪と瞳は忌避されているのだな。


 潜入するまでは、半信半疑だった。


 なぜなら我がヨルムンガルド帝国では、【ほうじょうの聖女】と呼ばれているのだ。




 緑の髪と瞳を持つ人間は――





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