第4話 嫌われ者王女と嫌われ者女騎士(?)の出会い。もちろん女騎士の正体は、イケメンスパイである

 年の頃は、20歳ぐらいか?


 彼女の長い髪に、視線が吸い寄せられる。


 太陽の光を反射して輝く様は、まさに銀糸。


 後頭部の高いところで結んだ髪型は、美しくもしい。


 瞳の色はアイスブルー。

 澄んだ冬空を連想させる。

 青い瞳はヴァルハラント人に多い色だ。


 そして顔立ちは……。

 同性のわたしでも、れてしまう。

 女神のごとき美しさ。


 もちろん周囲の男性達も、見惚れてしまっている。


 格好から見て、ヴァルハラント王国騎士ではない。


 しかし、傭兵や冒険者というには身なりが整い過ぎている。


 たまに貴族のほうとう息子が、道楽で冒険者になることがあるという。

 彼女もそのたぐいだろうか?




「これより、護衛騎士プリンセスガード選考会を始める! 第1試合はリル対ドラゴ・A・ヘルフレイム! 両者、闘技場へ!」


 王国騎士団長が、大声で選手の名前を呼ぶ。


 なるほど。

 あの美しい女剣士は、リルという名前なのか。


 家名がないところから察するに、平民のようだ。


 優雅な歩き方で闘技場に登っていく彼女の背中を、わたしは期待を込めて見守った。


 男性騎士は嫌だ。

 彼女が勝ち上がり、プリンセスガードになってくれないものか。


 いや、わたしは【緑の魔女】。

 叙任を拒否されるに決まっている。




 それに彼女が選考会を勝ち上がるのは、難しそうだ。


 聞こえてきたうわさばなしを統合すると、対戦相手のヘルフレイムきょうは優勝候補らしい。


 筋骨隆々で、岩のような大男だ。


 リルもかなり高身長だが、ヘルフレイム卿はさらに頭ひとつ高い。

 体重も違いすぎるだろう。




 試合が開始された。


 互いにきっさきを相手ののどもとに向ける、中段の構え。


 ヘルフレイム卿は「うぉおお!」だとか「おりゃああ!」だとか叫んで、リルをかくしていた。


 2人の剣は軽く触れ合い、カチカチと金属音をかなでる。




「えっ!?」




 有り得ない光景が目の前に広がり、わたしは思わず声を漏らしてしまった。


 突然ヘルフレイム卿の手から、剣が消えたのだ。


 卿自身も、「あれ?」と言いたげな表情をしている。


 あっに取られるヘルフレイム卿の首筋に、やいばが突きつけられた。


 寸止めされた、リルの剣だ。




 消えたと思っていたヘルフレイム卿の剣は、空から落ちてきて大地に突き刺さった。




「しょ……勝者、リル!」




 半信半疑といった口調で、騎士団長が宣言した。




 何が起こったのだろう?


 リルの剣がしなやかな動きで、ヘルフレイム卿の剣に巻きついたように見えた。


 まるで蛇みたいに。


 だけどそれ以上はわからない。

 なぜヘルフレイム卿の手から、剣が飛んでしまったのか。




 リルの勝利に、歓声は上がらない。


 あまりに不可思議な技で、勝ってしまったからだろう。


 それにわたしは知っている。


 正面から激しく打ち合うれっけんこそ、騎士らしいと尊ばれるのだ。


 あんじょう、観客席からはブーイングが飛び始めた。


「正々堂々と打ち合え! きょうもの!」


しょせんは女の剣よ!」


 などと、好き勝手に言われている。




 何が卑怯なものか。


 正面から向き合っていて、剣を取り落としたヘルフレイム卿が間抜け過ぎるのだ。


 いや、リルの技量が高過ぎると見るべきか。


 剣のことはよくわからないけど、王国騎士達にとって未知なる技を繰り出したのだろう。




 彼女は闘技場の上に立ったまま、周囲をぐるりと見渡した。


 浴びせられる批判をものともしない、涼し気な表情。

 実に堂々とした態度だ。




「彼女みたいな人が、プリンセスガードに欲しいな……」




 わたしの声が聞こえたかのように、彼女がこちらを向いた。

 視線がぶつかる。


 


 ……?

 なんだろう?

 じっとこちらを見て。


 わたしが【緑の魔女】オリビアだと、気付いている?


 それにしては、視線に嫌悪を感じない。




 ならば……。




 わたしはありったけの笑顔で、彼女に向かって手を振った。


 同じ嫌われ者であるリルに、親近感が湧いたのだ。


 プリンセスガードうんぬんは関係なしに、彼女が活躍する姿をもっと見たい。


 応援するとしよう。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






■□リル視点■□




 やれやれ。

 ひどいブーイングだ。


 俺の剣はヨルムンガルド帝国だけでなく、ヴァルハラント王国でも不評みたいだな。


 今回ヘルフレイム卿とやらの剣を奪い取った技は、巻き技という。

 極東の島国由来の技で、帝国内でも邪道扱いだ。


 しかし、俺の細腕ではこういった戦い方しかできない。

 どれだけ食べて鍛えても、太くならない自分の体質が恨めしい。


 まあその体質のおかげで、こうして女剣士に化けて王国に潜入できているわけだが。


 幸い今のところ、俺を男だと気付いている者はいないようだ。

 念のため、胸にはスライムの魔物を加工して作ったパッドも入れていることだしな。


 別に男でも構わなかったのだが、女だと思われていた方が警戒されにくい。


 ターゲットとの距離も、近くなるだろう。


 まずはプリンセスガードになって、ターゲットであるオリビア王女に近づかなければ。


 しかし、オリビア王女はどこで観戦しているんだろう?

 プリンセスガードの募集要項には、彼女とエリザベート王女の護衛騎士を選ぶと記載されていた。


 なのに王族の観覧席には、オリビア王女らしき女性は見当たらない。

 【ほうじょうの聖女】の可能性がある彼女は、美しい緑色の髪と瞳を持っているはずだが?


 


 会場全体を見渡すと、1人の侍女と目が合った。


 他の観客が野次を飛ばしてくる中、彼女は静かに俺を見つめている。


 小柄な子だな。

 髪と瞳の色はブラウン。

 なぜかちょっと違和感を覚える。


 ただの侍女が、重要人物だとは思えない。


 なのに彼女から視線を外せないのは、どうしてだろう?




 突然、ブラウン髪の侍女は手を振ってきた。


 はちきれそうな笑顔を浮かべながら。


 派手さはない地味なよそおいの子だが……可愛い。


 笑顔が素敵だ。


 ああいう子なら、護衛騎士とか関係なしに守りたい。




 「邪道剣士」とそしられる俺を、彼女は応援してくれるようだ。


 ゲテモノ好きなタイプか?


 現金にもやる気が増す。

 彼女にいいところを見せたい。


 立場を忘れて、張り切っている自分に呆れる。


 だが、少しの間ぐらいは許されるだろう。






 ――よし。


 この選考会を受ける間は、彼女を喜ばせるためだけに剣を振るおう。


 その後は演技とはいえ、見ず知らずのオリビア王女に剣を捧げなくてはならないのだから。





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