第3話 護衛の騎士を付けると言われても、今さらもう遅い。「なんて回りくどい嫌がらせかしら」

「どうして……。『姫様にも護衛騎士プリンセスガードを付けて欲しい』と何回申請しても、突っぱねられてきたのに……」




 わたしもガウニィも、首をひねる。


 なぜ今さら、このタイミングで?


 ひょっとして、わたしが敵国から暗殺されることを恐れ始めたのだろうか?


 【緑の魔女】であるわたしは、争いと災厄をもたらす存在だと言い伝えられている。


 なのになぜ処刑されたりしないかというと、殺した場合その地は千年呪われるとも言われているから。


 つまり敵対国の人間が離宮に忍び込み、わたしを殺害すればこの辺りは千年呪われる。


 それを防ぐための「プリンセスガード」なのか?




「陛下の書状には、『プリンセスガード選考会を行うので、出席するように。選考会中だけ、一時的に幽閉を解く』とあるわ」


「プリンセスガードの選考会……。あっ!」


 ガウニィは、陛下の真意に気付いたようだった。


 しかし気まずそうな表情を浮かべ、視線を逸らす。




「どうしたのです? ガウニィ? 思い当たるふしがあるのなら、言いなさい」


「それは……。大変申し上げにくいのですが……」


 ガウニィが想像したのは、わたしを引っ張り出して笑いものにしようという計画の可能性。


 わたしには、エリザベートという腹違いの妹がいる。


 1つ歳下の彼女は、今年で15歳。

 習わしにより、プリンセスガードが付けられる年齢だ。




「なるほど。妹のプリンセスガード選考のついでに、わたしの騎士も選ぶと」


「選考会は、大勢の貴族達が見守る中での剣術大会です。そして成績上位者は優勝者から順に、じょにんしきを受ける流れ」


「わたしにも読めました。そこで優勝者が叙任を拒否すれば、断られた王女にとってこの上ない不名誉というわけですね」


 普通なら拒否できるものではないが、わたしは【緑の魔女】。


 断っても、とがめる者はいない。


 その後エリザベートが優勝者を自分の騎士にすれば、引き立て役にもなるというもの。




「王宮関係者はわたしを避ける人間が多い中、エリザベートは積極的に嫌がらせを仕掛けてくるタイプだったわね」


「姫様に対する、劣等感からでしょう。勉学もマナーもダンスも、何ひとつ姫様にはかないませんでしたから。王族としてのうつわが違い過ぎます」


「そういう発言は、エリザベートへの不敬ですよ。わたしはただ、王国の役に立ちたくて必死だっただけ……」


「姫様……。おいたわしや……。幼い頃から王国のためにと、血のにじむような努力を重ねていたのに……」




 ガウニィは瞳にうっすらと、涙を浮かべていた。


 可哀想なのは、わたしよりもガウニィの方だ。


 【緑の魔女】専属侍女ということで、避けられているのだろう。

 結婚適齢期終盤なのに、縁談に恵まれないらしい。


 こんなに可愛くて、優秀なのに……。


 わたしが幼い頃より仕えてくれている彼女に、何とか報いたい。




「しかし、陛下もくだらないことをなさるのですね。この嫌がらせは、エリザベート王女殿下の発案なのでしょうけど。避け続けてきた姫様を、今さら引っ張り出すなんて」


「ただの嫌がらせじゃないわ。貴族達の不満を、逸らす狙いもあるのでしょう。【緑の魔女】をおとしめるという、下品な余興を通じて」


「貴族達の不満?」


「ガウニィ、貴女が情報を仕入れてくれたでしょう? 『最近国境線付近で、帝国との小競り合いが頻発している』と。陛下のことだから、現地で対応している諸侯への支援は行っていないはず。そうなれば、不満を溜め込んでいると考える方が自然でしょう?」


「さすが姫様です。ごけいがんに、感服しました。あ~。姫様が、ヴァルハラントの女王になってくださればいいのに」


「この国では、女性に王位継承権はないのよ。わかっていることでしょうに」


「そこら辺の制度も、姫様がサクッと改正してですね……」


「はいはい。それじゃ、選考会観覧に向けて、準備をするとしましょうか」


ぐしのセットですとか、久々に侍女らしい仕事ができそうです。問題は、服ですね」




 まさか、作業着で出席するわけにもいかない。


 ドレスなどは持っていないので、どうしたものか。




 陛下とエリザベートからの嫌がらせは、早くもわたしの頭を悩ませていた。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 プリンセスガード選考会当日。

 会場はヴァルハラント王宮前広場。


 わたしは観客席に座っていた。


 恰好は侍女のドレス。

 ガウニィからもらったお古だ。


 わたしは小柄なので、彼女が10代はじめ頃に着ていた服がぴったり合う。


 「姫様にワタクシのお古を着せるなんて……」と恐縮していたガウニィだが、こういう場面に相応しい服を持っていないので仕方ない。


 有難く、着させてもらっている。


 髪と目の色は、緑ではない。

 朝から宮廷魔導士の魔法で、ブラウンに変化させられていた。


 本来の色で観客席にいると、騒ぎになってしまうからだろう。


 近くにガウニィは座っていなかった。

 大会の雑用を言いつけられて、走り回らされている。

 彼女はわたしの専属なのではなかったのか?




 わたしは1人ポツンと、観戦していた。


 【緑の魔女】に、王族のひんせきなど与えられるはずがない。


 後方の少し離れた位置には王国兵が2人立っているが、これは護衛ではなく監視。


 周囲から、探るような視線を感じる。

 ヒソヒソささやき合う声が聞こえる。


 【緑の魔女】オリビアだと気付いている者もいれば、そうでない者もいるようだ。


 わずらわしいので、選考会の観戦に集中することにした。


 選考会はトーナメント方式の武術大会。

 王宮広場に作られた闘技場で、騎士達が剣技を競い合う。


 参加者達は闘技場の周囲に集まり、剣のりをしたり体をほぐしたりしている。


 よくよく見ると、参加しているのは王国の騎士だけではない。


 流れの傭兵や、冒険者らしき参加者もいる。


 そういえば王国騎士でなくとも、参加資格があるのだった。


 選考会で優秀な成績をおさめれば、正騎士に登用されることもある。

 それを狙っているのだろう。




 参加者の男性達に、黄色い声援が飛んでいた。


 貴族のご令嬢達のものだ。


 このヴァルハラント王国では、家督を継げない貴族の次男、三男が騎士団入りすることが多い。


 騎士という職業は、貴族令嬢達の結婚相手として人気の職業なのだ。

 地位が高く、お給料もいいし。




 わたしは……苦手だったりする。


 騎士だけではなく、男性全般が。


 小さい頃は、そうでもなかったのに。




 婚約破棄された4年前の夜。


 わたしに向けられた、陛下の冷たい表情。


 婚約者だったトール様から浴びせられた、汚らわしいものを見るような視線。


 思い出して、身震いしてしまう。


 ダメだ……。


 わたしの中では全ての男性が、あの2人に重なってしまう。




 自らの手で、両肩をキュッと抱きしめた。




 足元に落ちていた視線を、再び闘技場へと戻した時だ。






「……え? 女の人?」




 わたしの意識は、1人の剣士に引き寄せられた。





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