第4話 封筒の中身
俺と志保は電車に乗り、自宅への帰途に就いた。雪美と会うことは出来なかったが、収穫がなかったわけではない。雪美が美保ねえに宛てた封筒、それにもう屋敷に住んでいないという情報。……いろいろと考えていく必要がありそうだな。
「ねえ真司」
「どうした?」
電車に揺られていると、隣に座っていた志保が話しかけてきた。さっきの封筒を手に、何やら不安そうな顔をしている。
「この後さ……私の家、寄ってくれない?」
「なんで?」
「これ、お姉ちゃんに渡したいんだけどさ。……一人だと不安なの」
「……なるほどね」
そういや、志保は美保ねえのことが苦手だったよな。まあ、俺も得意ではないけど。きっと一人で渡すのは嫌なんだろうな。
「分かった、行くよ。もしかしたら、美保ねえが何か知っているかもしれないし」
「うん、そうだね」
志保は封筒を大事そうに持ったまま、そう答えた。そして間もなく、電車は駅に滑り込んでいく。俺と志保は席を立ち、降りる準備を始めたのだった。
***
「ただいまー!」
「お邪魔しま~す……」
俺は約三年ぶりに志保の家に足を踏み入れていた。……変わってないな。昔よく遊んでいた景色と同じだ。
「おかえり、志保。……おや、珍しいお客さんだねえ」
「お、お姉ちゃん」
「美保ねえ……」
俺たちを早速出迎えたのは――美保ねえだった。どうやら他には誰もいないみたいだな。
「二人でどうしたんだい? お邪魔なら私は出かけるよ」
「か、からかわないでよ!」
美保ねえの言葉に、志保がぷんすかと怒っている。全く、美保ねえもよく言うよ。この人は俺のことを今でも――いや、今はいいか。
「それで、どうしたんだ? 今日はデートだったんじゃないのかい?」
「違うよ。俺たち、雪美の家に行ったんだ」
「……ほう」
美保ねえの目つきが一段と鋭くなった。この人も、恐らく雪美のことは気にかけているはず。
「白神くんがどうしたんだい?」
「その、雪美が最近学校に来てないでしょ?」
「だからさ、志保と一緒に家まで行ったんだよ」
「……会えたのかい?」
「会えなかったんだ。その代わり……ほら、志保」
「あ、うん。これ、お姉ちゃんにって」
「私に……?」
美保ねえは不思議な顔をしながら、志保から封筒を受け取った。裏返したり、中身を透かしてみたり。
「美保ねえ、中身見ないの?」
「なに、こういうときだ。……中身を調べてからでないと、開けられないよ」
恐らく、白神家の事件について言っているのだろう。雪美に関して、美保ねえはかなり用心しているということか。
「よし、中身はただの手紙のようだ。開けるぞ」
「ああ」
「うん……」
美保ねえは近くのテーブルからはさみを取り、封筒を開け始めた。俺は固唾を飲んで見守り、志保も緊張した面持ちでいる。俺たちが見つめる中――美保ねえは何枚かの便箋を取り出した。
「ふむ、ふむ……」
「み、美保ねえ?」
俺の問いかけにも応じず、美保ねえは一枚目の便箋を読み進めていく。何も言わないものだから、俺までなんだか緊張してきたのだが――美保ねえの口からは意外な単語が聞こえてきた。
「これ、文芸部の原稿だねえ」
「えっ?」
「もうすぐ文化祭でね、部誌の締め切りがすぐなんだ。……律儀にも、白神くんは書いてくれたようだね」
「「えーっ!?」」
俺と志保は、驚きの余り大声を上げてしまった。ぶ、文芸部の原稿? こんな時に?
「ちょっ、本当に原稿か!?」
「嘘ついてどうするんだい? 少なくとも、この便箋は間違いなく部誌に向けた原稿だ」
「そんな……」
あまりに拍子抜けで、俺と志保はがっくりと肩を落とした。なーんだ、原稿かあ……。って、美保ねえがさらに読み進めてるじゃないか。
「美保ねえ、他の便箋は?」
「……まあ、原稿に関することだね」
「俺にも読ませてよ」
「これは白神くんが私に宛てたものだろう? 君が読む義理はないはずだ」
「それは、そうだけど……」
せめて何か手がかりでもと思ったけど、流石に他人宛ての手紙を読むわけにはいかないか。そう思いつつ、ふと美保ねえの顔を見ると――なんだか厳しい表情をしていた。
「み、美保ねえ?」
「……なるほどね」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「とにかく、これは私が責任を持って預からせてもらう。二人とも、感謝するよ」
「ま、待ってよお姉ちゃん!」
志保の制止も聞かずに、美保ねえはすたすたと歩いていってしまう。階段の方に向かっているし、恐らく自分の部屋に行くつもりだろうが――
「美保ねえ」
「……なんだい、真司くん?」
俺が呼び止めると、美保ねえはぴたりと足を止めた。
「ちょっと、なんで真司の言うことは聞くのよ!」
「志保、今は黙っていなさい。真司くん、まだ言い足りないことがあるのかい?」
「その……美保ねえは、雪美はどこにいると思ってる?」
「え?」
「俺もいろいろ考えたんだけど、なかなか分からなくてさ。さっき雪美の家に行ったら、もう住んでないって言うし……」
「……真司くん、そこに座りたまえ」
美保ねえは居間のソファを指さした。俺と志保はそれに従い、大人しく腰を下ろす。美保ねえは俺たちの向かいに座り、改めて問うてきた。
「白神くんがもう家に住んでいないというのは本当なのかい?」
「お屋敷の人が言っていたし、間違いないと思う」
「そうかい、なるほどね」
「そしてね、雪美の家の近くに変な人がいたの!」
「ほう?」
「私と真司が歩いてたらさ、声掛けられて。『何してるんだー』なんて聞いてくるのよ?」
「……君たち、思ったより危ない橋を渡ったのかもしれないぞ?」
「えっ?」
美保ねえの表情は一層厳しいものに変わった。人差し指で自分の膝をリズムよく叩きながら、美保ねえはさらに話を続ける。
「私も白神家の件については調べてみたよ。やはり怪しい組織が白神グループを狙っているようだねえ」
「それで?」
「恐らく白神家の人間も標的になったのだろう。……真司くんたちに声を掛けたのも、組織の一員かもしれんな」
やっぱりそうか。……もしあそこで志保が機転を利かせてくれなければどうなっていたことか。
「そしたら、雪美は」
「これは私の推測だが――彼女はどこか遠い場所に『疎開』しているんじゃないか?」
「疎開?」
「ああ。きっと東京にいるのは危ないと考えて、別荘か何かに身を寄せているのかもしれないぞ」
「たしかに……」
美保ねえの説明を聞き、俺は深く頷いた。筋は通っているし、本当にその通りかもしれない。けど、腑に落ちない点もある。……雪美が「もう関わらないでください」と言ってきたのはどうしてなんだ?
「とにかく、私の考えはこの通りだ。では部屋に戻る」
「ごめん、呼び止めたりして」
「なに、気にしないでくれ。そろそろ母親が帰ってくる時間だし、イチャイチャするのもほどほどにな」
「お、お姉ちゃん!!」
美保ねえは志保を怒らせるだけ怒らせて、自分の部屋に戻っていった。結局、雪美の真意は分からずじまいだったなあ。いったいどうしたものか――
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