第25話 駆ける者、追わぬ者
「白神重工業って……」
思わず声に出すと、志保も俺がニュースを見ていることに気がついたようだ。スマホの画面を覗き込み、俺と同じように驚いた表情をしている。
「真司、これって……」
「ああ、雪美が……」
俺たちは記事を読み進めていき、詳しい情報を確認した。どうやら、白神重工業が海外に設けている工場が大火事になっているらしい。テロの疑いもあるとかで、現地の軍まで動くような大騒ぎになっているそうだ。
「役員を緊急招集して対応を検討、って書いてあるけど……」
「それじゃあ、雪美は……」
雪美は家族と花火を観ると言っていた。しかし「役員が緊急招集」となれば、それどころではないはず。たしか、雪美の両親とも役員のはずだしな。……今頃、アイツは一人ぼっちで残されているのかもしれないな。
「雪美、寂しいだろうな」
「えっ?」
「せっかく観に来たのに、きっと両親は会社に戻ってるだろうからな」
「……そうかもね」
俺がそう呟くと、志保も複雑な表情をしていた。雪美は俺たちにとって仲を取り持ってくれた恩人だ。……そんな人間が一人で花火を見上げるなど、あっていいはずがない。
「なあ、志保」
「なに?」
「……今から二人で、雪美のところに行かないか?」
「えっ?」
「たしか雪美は関係者席で観ているはずだ。今から行けば、花火が終わるまでには間に合う」
「……真司は優しいね」
志保は昔のように微笑んでいた。たった今、俺たちは三年間の清算を済ませた。だったら次は、俺たちが雪美のために動く時なんだ。
「行こう、志保」
「うん、そうだね……」
俺は席を立ち、手を差し伸べた。志保は立ち上がろうとはしていたものの、なんだか乗り気でない。
「どうした?」
「その……私さ、やっぱり行かない」
「はっ?」
「真司だけ行きなよ。私はいいよ」
「お前、何言ってんだよ……!」
俺は志保の手を掴み、無理やり立たせようとした。しかし志保は振り払ってきて、微笑みを浮かべたまま席についている。
「なんでだよ、志保……!」
「いいの。雪美は独りぼっちなんだからさ、早く行きなよ」
「お前だって、アイツの友達じゃなかったのかよ!!」
「そうだけどさ。……私はさ、今日はもう十分楽しんだんだよ」
志保が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。「もう十分楽しんだ」だと? それが何を意味しているんだ?
「もしかして、まだ話し足りないことがあるのか?」
「ううん、さっきので十分だよ。私と真司は、今日からまた元通り」
「じゃあ、なんで来ないんだよ……!」
「別になんでもいいじゃん。あの頃は両想いで、絶交した時に真司は好きじゃなくなった。それが分かればもうたくさんだよ」
「志保……!」
俺はどうしていいのか分からず、その場で立ち尽くすしかなかった。どうして志保は一緒に来てくれないんだ? どうして雪美のために動いてくれないんだ?
「……本音を話してくれ。何が言いたいんだ」
「相変わらずバカ真司だなあ。あのさ、私は今フラれたんだよ?」
「えっ?」
「もちろん、『三年前の私』がフラれたんだけどさ。ちょっとはショックだって分からないかなあ」
「あ、ああ! なんだ、そういうことか」
「そうだよお。分かったらさっさと行って」
「……ああ、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
志保は笑顔のまま手を振ってくれた。そうだよな、さっきあんなに顔を青くしていたもんな。そりゃ落ち着く時間も必要だろうし、仕方ないか。ヤバい、時間がないな。俺は人込みをかき分け、関係者席へと走り始めた――
***
私は頑張って笑顔を作りながら、真司の後ろ姿をじっと眺めていた。よかった、泣いたらアイツは戻ってきちゃうもんね。ちゃんと花火が終わるまでに間に合うといいな。
「……広くなっちゃった」
寂しくなったペアシートを眺めながら、私は一人呟いた。さっきは「三年前の私」なんて強がっちゃったけど、本当は違う。……フラれたのは、紛れもなく今の私だもん。
真司が私のことを好きだったなんて、少しも考えなかった。今思えば、私も真司の好意に気づいていなかったんだなあ。これじゃあ「バカ真司」なんて言える権利ないよね。
でも――絶交したときに好きじゃなくなったっていうのはショックだった。「嫌われたかも」とは薄々思っていたけど、実際に言われると改めて意識してしまう。だって、私は自分で両想いのチャンスを逃したんでしょ? そんな間抜けなことをしでかしていたのに、今まで気づかなかったんだもん。
「ごめんね、真司……」
あの時、絶交と言われた真司はどんな気持ちだったんだろう。私はどんなにアイツを傷つけたんだろう。……そうだよね、好きな相手から「絶交」って言われたんだもんね。
「わー、綺麗ー!」
「すげえなあ」
ふと顔を上げると、相変わらず周りのカップルが歓声を上げていた。私たち、こんな風になる未来もあったはずなのになあ。夜の暗さに紛れて、アイツのほっぺたにキス。……とか、したかったな。
「……これで良かったよね」
私は夜空を見上げたまま、自分に言い聞かせた。……雪美だって本当は真司と二人で花火を観たかっただろうに、私たちにチケットを渡してくれたのだ。私はもう二人きりで真司と過ごせたのだから、今度はあの子の番だよね。
「まだ、まだ終わりじゃないよね……?」
別に、これからまた真司に好きになってもらうチャンスはあるはず。雪美だって「仲直りしたら、正々堂々と勝負しましょう」と言っていたもの。明日からまた、真司と仲良くすればいいはずだよね。
……本当は、真司に「行かないで」と言いたかった。ずっと私の側にいて、一緒に花火を観てほしいと言いたかった。三年前みたいに、我儘に自分の好意を真司にぶつけたかった。……でも、それは雪美に対してフェアじゃない。
「私、やっぱり成長してたんだなあ……」
我儘な私は消え、成長した私が今ここにいる。喜ぶべき事実なのに、私は涙を抑えられなかった。皮肉なことに、成長したからこそ真司を引き止めることが出来なかったのだ。私は腫らした目で花火を見上げ、届かない告白を夜空に解き放つ。
「好きだよ、真司……!」
私の脳裏には、雪美に微笑む真司の姿が浮かんでいた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます