第14話 デートのお誘い
「真司さん。私たち、お友達……なんですよね?」
「ん? もちろん」
「……そうですか」
もう六月も終わりに近づき、晴れの日も多くなってきた。今日も今日とて中庭で昼飯を食べていたのだが、珍しく雪美が不機嫌そうだ。どうしたんだろう?
「雪美、何かあったのか?」
「……逆です」
「ほう?」
「何もないのです」
「??」
何もないなら、いったいどうしてこんなにカリカリとしているんだろうか。年頃の女の子っていうのは不思議だなあ……。
「そういや、文芸部の方はどうなの?」
「楽しく過ごしております。美保さんや江坂さんのおかげです」
「そうか。友達が出来てよかったなあ」
「……はい」
やっぱり不機嫌だ! 困ったなあ、俺何かやらかしたのかなあ。
「あの……雪美?」
「はい」
「何か怒っているなら言ってくれよ」
「怒っては……いませんよ?」
「怒ってるじゃん! 絶対怒ってるじゃん!」
「……」
何だろう、雪美が怒りそうな理由って。この前、白神電機の製品じゃない湯沸かしポットを買っちまったのがバレたのかしら……。
「あの、ポットの件は……」
「ポット?」
「え、違うの?」
「はあ……」
ヤバい、ため息までつかれてしまった。よっぽど腹に据えかねることがあったらしい。でもなあ、これ以上思い当たる節がないもんなあ。うんうんと唸って悩んでいると、見るに見かねたのか雪美が口を開いた。
「あの、江坂さんがよくお話しているんです」
「何を?」
「友達と映画に行ったとか、お買い物に行ったとか」
「そりゃ結構なことじゃないか」
「……でも、私は真司さんとそのようなことをしたことがございません」
「ん?」
「本当にお友達なのですか? 私たち」
そういうことかよ!? 雪美は不機嫌なんじゃなくて拗ねていたのか。普段は静かなくせに、こういうところは可愛らしいというか。
「わ、悪かった。気づかなくてよ」
「いえ」
「でも、遊ぶって言っても土日は忙しいんじゃないのか? お家のこともあるでしょ?」
「どうしてそんなことを気になさるのですか?」
「えっ?」
「予定を空けることくらい出来ます。……お友達のためなら、当然のことです」
前を向いたまま、雪美ははっきりとそう言った。お見合いのときもそうだったけど、勝手に白神家の事情を慮ってしまうのは良くないな。雪美も「自分の意志でお友達になる」と言っていたし。
「分かった。それなら、今週の土曜にでも出かけるか?」
「よろしいのですか!?」
雪美の表情が明るくなるのがはっきりと分かった。そんなに嬉しいのか、可愛いヤツめ。……よく考えたら、江坂さんたちとは遊びに行かないのだろうか? どうして俺と遊ぶことに固執しているのだろう。まあ、今はいいか。
「雪美の予定が空いているなら、構わないよ」
「空けます。お父様の視察に同行する予定でしたが、些事ですから」
「そ、そうか……」
「ところで真司さん」
「なんだ?」
「これは、その……」
なんだか急にもじもじとして、雪美は口ごもっている。何を言うのかと思えば、やっとのことで口から出てきたのは――
「『デート』ですよね……?」
「へっ?」
という、意外な言葉だったのである。……たしかに、中高生の男女が二人で出かけていたら紛れもないデートだろう。でもなあ、あくまで友達同士で出かけるわけだからなあ。「デート」と呼ぶと無駄な緊張感があるというか……。
「……雪美、俺たちはあくまで友達同士だ。それをデートって呼ぶのは」
「デートじゃ嫌なのですか?」
「嫌じゃ、ないけど……」
「ではよろしいではありませんか」
「そういうことじゃないの!」
「何を気になさっているのですか?」
「その、何というか……」
いかん、また主導権を握られそうになっている。なんとか挽回できないものか。「デート」じゃないようにするには――
「雪美、他に誰か誘わないか?」
「えっ?」
「どうせなら人数が多い方が楽しいだろ?」
「それは、そうですが……」
「じゃあさ、俺が適当に見繕って誘うよ。そのつもりでいてくれ」
「真司さんって、優しさがズレていらっしゃいますよね……」
「えっ?」
「……いえ、なんでもございません」
何故だか、雪美は呆れたような表情をしていたのだった。
***
「誰を誘うかねえ……」
その日の帰り道、俺は人選について頭を悩ませていた。誰か誘うと言ったはいいが、これといって該当人物が思いつかないのだ。雪美は基本的に無口で近寄りがたい性格。一緒に過ごせる人間というと、自ずと限られてしまう。困ったねえ。
そんなことを考えていると、ちょうど近くのコンビニから志保が出てきた。どうやら飲み物か何かを買っていたらしい。志保はこちらに気づいたようだが、フンと鼻を鳴らして先の方に進んでいってしまった。……アイツに頼ってみるか。
「おーい、志保ー!」
「な、何よ!」
呼び止めてみると、志保は相変わらずの対応だった。俺は小走りで志保のところに駆け寄り、用件を話す。
「あのさ、今週の土曜なんだけど」
「何か用?」
「俺と出かけないか?」
「はあっ!?」
さっそく提案してみると、志保はみるみる顔を真っ赤にしていた。絶交中なのに出かけようなんて言ったもんだから、怒ってしまったのだろうか……?
「すまん、無理ならいいんだ」
「なななな、何よ急に……!」
「いやあ、ちょっとな。でもいいや」
そりゃ怒るよなあ。仕方ない、やっぱり雪美と二人で出かけるとするか。俺はその場から立ち去ろうとしたのだが――志保に首根っこを掴まれた。
「待ちなさい!」
「うおっ!?」
バランスを崩して転びそうになってしまったが、なんとか踏みとどまった。志保の顔は相変わらず真っ赤である。
「な、なんだよ」
「それはこっちの台詞! 急にどうしたのよ」
「いやあ、実は土曜に雪美と出かけることになったんだけど」
「は、はあっ?」
「二人きりってのは気が引けてな。誰か他の奴に来てほしかったんだ」
「……期待して損した」
「はっ?」
「うっさい、バカ真司!!」
志保の顔は急速に元通りになっていった。さっきから忙しい奴だな。とはいえ、志保が乗り気でないなら仕方あるまい。
「すまん、忘れてくれ。やっぱ二人で行くよ」
「……私も行く」
「えっ?」
「私も行く!」
「行くのかよ!」
「あんたが誘ったんじゃないの!」
「そりゃそうか」
「だいたい、あんたが中学生と出かけて通報されないか心配だものね」
「うるせえよ」
まあ、あながち的外れな心配でもないがな。とにかく、これで三人で出かけることになる。雪美もいくらか志保と仲良くなったみたいだし、何とかなるだろう……。
***
「じゃあ、土曜はよろしく」
「分かってるわよ。じゃあね」
私は真司と別れ、自分の家に入る。それにしても驚いた。まさか真司の方からお出かけに誘われるなんて。……雪美は一緒だけどね。それでも、心が弾んでいるのを感じずにはいられなかった。私は居間に入ると、元気に挨拶をする。
「ただいまー!」
「おや、ご機嫌だねえ」
「お、お姉ちゃん……」
せっかくの気分に水を差されてしまった。……もうお姉ちゃんが帰ってきているとは思わなかった。
「別にいいでしょ、ご機嫌でもなんでも」
「何かいいことでもあったのかい?」
「ふん、お姉ちゃんには言わないもん」
私はお姉ちゃんが苦手だ。こちらのことを見通していそうな雰囲気に、どこか鼻につく態度。昔から変わらない。さっさと自分の部屋に――
「……真司くんだろう?」
「ッ!」
言い当てられてしまった。真司の「し」の字も出していないというのに、どうして分かるんだろう。やっぱり、お姉ちゃんには敵わない。
「その反応を見るに、やっぱり真司くんのことのようだね」
「……お姉ちゃんには関係ない。それに、アイツとは絶交中だから」
「ああ、そうかい」
お姉ちゃんから逃げるようにして、私は階段の方へと歩を進めていく。お姉ちゃんは関係ない。私はただ、真司と仲直りがしたいだけ。そう、私はただ――
「志保、一つだけ教えてやろう」
「いい加減にして、お姉ちゃ――」
「真司くんが好きなのは、私たちが知っている人間だ」
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