第15話 ノープラン
土曜日の朝、俺は最寄りの駅前で二人を待っていた。雪美と志保、今日はこの二人とお出かけってわけだ。あくびをしていると、遠くの方から聞きなれた声がする。
「真司ー、待ったー?」
「いや、待ってな――」
顔を上げると、そこにいたのは白いTシャツとグレーのロングスカートに身を包んだ志保だった。いつもの制服とは違い、長身が映えて綺麗に見える。俺が思わずその姿に見とれていると、志保が不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない。綺麗だなって」
「そっ! ……そう」
最後に志保と遊びに行ったのは数年前の話だからな。こんなお洒落な恰好をしているのは久しぶりに見た。志保もいつもより気性が穏やかなようで、綺麗と言われたせいか照れ臭そうにしていた。
「そういえば、雪美はまだなの?」
「もう少しで来ると思うんだけど」
「ねえ真司、そもそもあの子の家ってどこなの?」
「たしか東京のど真ん中だったような……」
「えっ、じゃあわざわざ一旦こっちに――」
志保がそう言いかけた途端、俺たちの前に高級車が現れた。俺たちが顔を見合わせていると、中から黒のワンピースを着た雪美が降りてくる。
「おはようございます、真司さんに志保さん」
「お、おはよう……」
「すごい車で来たわね……」
これから電車で新宿に行くっていうのに、わざわざ待ち合わせのために都心部の方から車で来てくれたのか。なんというかすごい気合いだな。無駄なガソリンを使わせてしまったなあ、白神家の財政に響いてしまう。
「お二人とも、今日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「よろしくね」
お見合いのときは和服だったけど、今日は洋服か。いかにもお嬢様といった感じのワンピースだが、半袖で意外と肌の露出が多い。普段あまり見ることない雰囲気で新鮮だなあ。
「そのワンピースどこで買ったのー?」
「屋敷の仕立職人に作っていただきました。一点物でございます」
「へー、すごーい!」
志保も雪美の服装に興味を持ったようだ。この間のラブレター事件があってから、二人の距離は少し縮まったみたいだな。
「よし、じゃあそろそろ行くか」
「はい」
「うん!」
俺たちは駅に入り、改札口に向かう。さてさて、次の電車は何時かな。おっ、ちょうどいいところに急行が――
「あの、真司さん」
「ん、どうした?」
「どうやって乗ればよろしいのですか?」
「へっ?」
俺は立ち止まり、雪美と顔を見合わせた。「どうやって乗ればいい」ってどういうことだ? そりゃ、改札機にピッとやって通るとか、切符を買うとかすればいいだろうに。……いや、もしかして。
「雪美、一人で電車に乗ったことが――」
「ございません」
「Oh……」
そうか、そうだよなあ……。普段は車かタクシーで移動だろうしな。とにかく、切符の買い方を教えてあげないと――
「もー、それくらい察してあげなさいよ!」
「志保!?」
「ほら雪美、こっちおいで! 切符買うから!」
「は、はいっ」
俺が動く前に、志保が券売機のところに連れて行ってくれた。雪美はポケットから財布を出し、志保の指示通りに切符を買っている。こうしてみると、なんだか姉妹みたいだなあ。
「真司さん、お待たせしました」
「ほら、電車来ちゃうわよ」
「よし、今度こそ行くか」
無事に購入できたようなので、俺たちは三人で改札を通過し、ちょうどやってきた電車に飛び乗った。雪美、志保、俺の順番でロングシートに腰かける。やはり電車に乗る機会はそうそうないようで、雪美は物珍しそうに流れる景色を眺めていた。
「ねえ、ちょっと」
「どうした?」
すると、横にいた志保が耳打ちをしてきた。何やら俺にだけ話したいことがあるらしい。
「あんた、今日は何をするつもりなの?」
「それがノープランなんだよ」
「はあっ!?」
「いや、いろいろ考えたんだけどな。お嬢様なんてどこに連れていけばいいのか分からなくて……」
「あんたねえ……」
志保は半ば呆れたような表情だった。でも、雪美がゲーセンとかカラオケとかで遊んでいる姿は想像できないしなあ。お見合いの時は喫茶店に連れて行ったけど、今日も同じってわけにいかないし。そんなことを考えていると、志保が何か思いついたようだ。
「映画……っていうのはどう?」
「映画?」
「新宿なら映画館もあるし、雪美だって映画くらい観るでしょ?」
「なるほど、ありかもしれんな」
俺は横目で雪美の様子を窺った。たしかに、映画っていうのは無難な選択肢だな。それでいこう。電車はどんどん進んでいき、あっという間に新宿駅に到着した。
***
「どちらに行かれるのですか?」
「映画館だよ、雪美」
俺たちは三人で駅を出て、映画館に向かっていた。雪美はあまり新宿に来ることはないようで、珍しくワクワクした表情で周りを見渡している。それにしても、今日も人が多いなあ。
「すいませんっ」
「ああ、すいません」
おっと、人にぶつかってしまった。俺はペコリと頭を下げて謝る。うーん、この人込みじゃ二人とはぐれてしまうな。特に雪美は背が低いからすぐに見失いそうになる。
「雪美、手貸して」
「えっ?」
「はぐれちゃうから」
「真司さん……!?」
俺は雪美の右手を掴んだ。そうだよな、手つなぎっていうのはこういうときにこそするべきだもんな。
「はぐれるなよ、雪美」
「はい……」
雪美は少し照れ臭そうに頬を赤らめている。可愛いねえと思いたいところだが、冗談抜きで人込みがヤバくてそれどころではない。って、誰だ俺の右手を掴むのは――
「……私もはぐれそうなんだけど」
横を見ると、志保がそっぽを向いたまま俺の手を握っていた。志保は背が高いので、そんなことをせずとも見失ったりしないのだが――ここは言わないでおくか。しかし三人で仲良く手なんか繋いでいたら、かえって通行の邪魔な気がする。
「よし、俺たちムカデになろう」
「はっ?」
「ムカデ?」
俺は雪美を先頭に回し、志保を後ろに回らせた。よし、これで隊形が縦長くなった。とてもお出かけに来た友人同士とは思えんな、まるで隠密行動をしている忍者のようだな。
「……真司ってさ」
「なに?」
「ロマンとか考えないわけ?」
「ロマン?」
「志保さん、真司さんに期待しても無駄でございます」
「さすが雪美、分かってるわね」
「俺、なんでディスられてんの……?」
***
やっとの思いで映画館に到着した。そういや、何の映画を観るのか決めていなかったな。二人が何を観たいのか聞いてみないと。
「志保、何が観たい?」
「そうねえ、三人で観るとなると難しいわね」
「これとかは?」
「ああ、いいんじゃないかしら」
俺が指さしたのは、青春ラブストーリー映画のポスターだった。若者に人気の小説を映画化したものらしい。まあ、中高生三人が観るならこういうのでいいだろう。ああでも、雪美にも何が観たいのか聞かないと。
「雪美、何か観たいのはあるか?」
「……こちらです」
「「げっ」」
思わず俺と志保がシンクロしてしまった。雪美が指さしていたポスターは――ヤクザ同士の血みどろの抗争を描いたアクション映画のものだった! ゆ、雪美……!?
「ほ、本当に観たいのか!?」
「はい。何かいけませんか……?」
「いけないってことはないけど……」
不思議そうにこちらを見つめる雪美に対し、俺と志保は顔を見合わせるしかなかった。み、観たいと言うなら観るしかないか……。
「じゃ、じゃあこれにしましょうか……」
「そうだな、志保……」
俺たちは顔を引きつらせながらチケット売り場に向かい、三人分の券を購入した。適当にポップコーンなど購入し、劇場内に入る。俺は雪美と志保に挟まれるように席についた。
「楽しみです……!」
「そ、そうか……」
「よかったわね、雪美……」
楽し気な表情をしている雪美に対し、俺と志保はただただ苦笑いするしかなかった。そして間もなく予告編が始まり、それに続いて本編が上映され始めた。
『どこのシマのもんじゃワレェ!』
『我々は東京から来たものだ。貴様らのような雑魚に名乗る筋合いはない』
『ああっ!!?』
どうやら東京の組と関西の組の対決らしい。めちゃくちゃ撃ち合ってるし、めちゃくちゃ人が死にまくってる。す、すごい映画だな……。
二時間ほどで上映が終わり、その時にはなんだか疲労感たっぷりだった。な、なんで土曜の朝からこんなものを観なくちゃならんのだ……。
「お二人とも、行きましょうか」
「え、ええ……」
「ああ、行こうか」
志保も同様にぐったりしていたが、雪美だけはいつもと変わらない様子だった。そんなに面白かったのかなあ、この映画。三人で劇場の廊下を歩いているとき、俺はそっと雪美に尋ねる。
「なあ、なんであの映画が観たかったんだ?」
「私の家と関係がある映画だからです」
「えっ!?」
関係がある!? ちょっと待て、ヤクザと白神家が関係があるなんて初耳――いや、俺は馬鹿か。きっとこの映画に白神グループが出資しているという意味だろう。そうであってくれ。
「そうかあ、白神家がスポンサーの映画なんだな」
「いえ、違います」
「へっ?」
「昔、ライバル企業が暴力団と手を組んで我がグループを潰そうとしたことがあります。この映画のモデルはその時のお話なんです」
「「ヒエッ」」
もう夏が近いというのに、思わず身震いしてしまった俺と志保であった。さて、そろそろ昼飯の時間か。何を食べようかねえ――
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