第11話 恋文大騒動

 ラブレターを受け取った翌日、俺は悶々としたまま授業を受けていた。一体誰が俺なんかにそんなものを送ったのだろう。とりあえず、心当たりのある人間を挙げてみるか。


 まず一人目、雪美だ。お見合いを断られないよう、ラブレターで俺の気を引いた……というのは考えられなくもない。が、そんなことをする性格ではないだろう。雪美なら昼休みに直接伝えてくるだろうしな。


 次に二人目、志保だ。俺が関わりのある同級生女子ってのはそんなに多くないし、その数少ない中では志保ってのが有力だ。……が、俺とアイツは絶交中。それで恋文を下駄箱に――なんてことは流石にあり得ない。


 最後に三人目、美保ねえ。……まだ俺のことを好きなのかもしれないけど、それで呼び出して告白しようってのはいくらなんでも今さらすぎる。俺に敬語を使って手紙なんて書かないだろうしな。


 結局、何も分からないまま時間だけが過ぎていった。あっという間に午前の授業が終わってしまい、俺はいつも通り中庭へ向かって歩いて行く。すると、向こうから志保が一人で歩いてきた。志保は一瞥もくれずに通り過ぎていこうとしていたのだが――すれ違いざまに呼び止めた。


「なあ、志保」

「なによ!?」

「お前は湯沸かし器か」

「あんたの家のはこの間燃えちゃったでしょ!」


 いきなりキレられてしまった! こんな奴がラブレターを送ってくるとはとても思えない……が、可能性は潰しておくに限る。


「なあ、お前……じゃないよな」

「いったい何の話よ」

「その反応ならお前じゃなさそうだな、じゃあ」

「ちょっと、何よそれ!?」


 手短に用を済ませて立ち去ろうとしたのだが、志保に肩を掴まれてしまった。ここで「ラブレターが」なんて言ってしまったら、また騒がれてしまいそうだしなあ。けどまあ、いきなり呼び止めたくせに「じゃあ」っていうのも失礼な話か。


「なんというか……人探しをしているんだ」

「人探し?」

「お前、俺のことを好きそうな女子とか知らない?」

「は、はあっ!?」

「どう、いない?」

「ななな、なんでそんなこと……」


 てっきりまたキレられるかと思ったが、急に志保が落ち着きを無くしてしまった。しどろもどろになり、顔を真っ赤にしている。


「どうしたんだよ急に、また湯沸かし器みたいに」

「ち、違うわよ!」

「いやあ、心当たりがあるなら聞きたかったんだけど。知らないなら大丈夫だ」

「……二人、知っているわ」

「ふたり? いったい誰――」

「バカ真司!!!」


 志保は捨て台詞を残し、ぷんぷんと怒って去っていった。二人? 困ったことに全く分からない。一人は美保ねえのことだろうか? いや、志保は俺と美保ねえの関係について深く知らないはず。いったい何がどうなってるんだ……。


***


「……真司さん、今日も上の空ですね」

「ん、そうか?」

「はい。昨日に増して」


 昼飯を食べ終えてベンチでぼーっとしていると、雪美が心配そうにこちらの顔を覗いてきた。お見合いの返事に、謎のラブレター差出人の正体。喫緊の課題が二つもあるんだから、そりゃ上の空にもなるって。


「まあな、ちょっと悩み事が多いって感じで」

「私とのお見合いの件でしょうか?」

「それもあるんだ。どうすれば雪美にとって最善なのか、分からなくてな」

「……それでしたら、お受けくださるのが一番良いのに」

「でも、それじゃ雪美が可哀想じゃないか」

「……」


 俺の言葉に、雪美は眉をひそめて黙り込んでしまう。本心では断りたいが――といった感じにも見えるな。しかし俺から断ったところで、やっぱり親御さんがまずいというわけか。……そういや、雪美は俺と結婚するために転校してきたはずだよな?


「雪美、仮にお見合いがダメになったら――お前はどうなる?」

「どうなる、とは?」

「いや、また元の学校に戻っちゃうのかなって」

「恐らくそうなるかと存じます。せっかく江坂さんたちに仲良くしていただいているのに、残念なことではあるのですが」

「そっかあ……」


 やっぱりまた転校することになるのか。文芸部に少しずつ馴染んできて、学校生活にも慣れてきたところなのになあ。雪美が転校したら、俺も昼休みは元通りに――


「……ん?」


 ここでふと、俺の心にある感情が芽生えていることに気づいた。ここ一か月くらい、俺は毎日のように雪美と昼休みを過ごしてきた。時には校内を散歩したり、弁当を作ってもらったり。いろいろあったなあ。……雪美が転校すれば、この生活も終わりか。


「……寂しいな」

「えっ?」

「いやあ、ランチ仲間がいなくなっちまうのが寂しいんだよ。……不思議だよな」

「真司さん……」


 雪美は腰を浮かし、俺と距離を詰めるように移動してきた。そのまま軽く身体に触れるよう、優しく寄り掛かってくる。前までなら止めるところだが――俺は止めなかった。むしろ、雪美という人間の存在が急に名残惜しくなってしまったのだと思う。


「……」

「……」


 俺たちは互いの体温を感じながら、何も言わずにただ座っていた。雪美が俺のことをどう思っているのかは分からない。けど、俺に対して感謝しているとは言っていた。……雪美も、俺から離れるのは嫌だと思っているのだろうか。


「雪美がいいなら、これからも一緒に昼飯を食べたい。……お前はどうだ?」

「私も同じです。真司さんがいなければ、今の私はありませんから」

「そうか、分かった」

「では、お見合いは」

「いや、受けるって決めたわけじゃない。それでも雪美と一緒にいられる方法を考えてみるよ」

「……悪い人」

「?」


 悪い人ってのはよく分からないが、とにかく雪美と離れるのはなんとなく嫌だ。昨日から俺の心に引っ掛かっていたものはこれだろう。ようやくスッキリ――って、ラブレターの件がまだ解決していない!


「そうだ雪美、聞きたいことがあったんだ!」

「はて、なんでしょうか?」

「俺にラブレターなんて出してないよな?」

「へっ!?」


 急にそんなことを聞いたものだから、雪美は目を丸くしていた。志保と違って騒ぎ出したりしないだろうし、ここは直球で聞いてしまった方が早い。


「ど、どうしてそんなことをお聞きになるのですか?」

「いやあ、出してないならいいんだ。すまんな」

「し、したためた方がよろしいのでしょうか……?」

「違う違う違う!!」


 俺は両手を振って否定した。しまった、雪美は雪美でこういう人間だということを忘れていた。……本当に恋文を書かれる前に、正直に言っておくか。


「実はな、昨日ラブレターを受け取ったんだ」

「……えっ?」

「校舎裏に来てくださいってだけ書いてあってな。まあ、だから厳密にはラブレターって決まったわけじゃ――」

「どういうことですか!?」

「うえっ!?」


 雪美はすっかり焦ったような顔をしていた。おいおい、普段のおしとやかさが全く消えているじゃないか。何をそんなに慌てているんだ?


「それが俺もよく分からないんだよ。差出人の名前が無くてな」

「まさかまつ……いや、そんなはずは……」

「ゆ、雪美?」

「……真司さん、私もお供してよろしいですか?」

「え、ええっ? 駄目に決まってるだろ。呼び出されたのは俺なんだから」

「婚約者に恋文を渡されて黙っている人間がどこにいるのですか!?」

「だからまだお見合いは受けてねえんだって!!」

「も、申し訳ございません……」


 さっきから慌てたり謝ったりと忙しいな。まあ、俺に彼女なんて出来たら雪美と昼飯なんか食えないからなあ。きっとそれが気がかりなんだろう。


「心配すんなって。雪美がいるってのに、誰からとも分からねえ告白なんか受けねえよ」

「……やっぱり、悪い人」


***


 そしていよいよ――放課後になった。俺は意を決して校舎裏へと歩いて行く。少なくとも志保や雪美ではなさそうだ。となれば、同級生の女子という可能性が一番高いだろう。


 いや、ちょっと待てよ。まだ可能性を潰していない女子が一人いる。その人間がラブレターを書くとは思えないが、俺のことを好いていそうなことは間違いない。そう、その名は――


「美保ねえ……!」

「やあ、待っていたよ」


 夕陽を受けて立つその姿は、芸術品かと見紛うほどに美しかった――

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