第2話 絶交したはずでは
俺と志保は幼馴染だ。小さい頃から家が隣同士で、幼稚園から小中高に至るまで全て同じ学校だった。昔はよく一緒に遊んでいたし、互いの家に泊まるなんてこともあったくらいだ。両想い……と言えばいいのかは分からないが、互いをなんとなく意識していたのは間違いないと思う。
けど、中学二年生のときにすれ違いがあった。今思えば俺も志保も未熟だったのだが、当時はそんなこと分からなかった。それ以来俺たちは絶交して、ほとんど会話を交わすこともなかったのである――
***
俺と志保は叫び合ったあと、互いにはあはあと息を切らして見合っていた。志保は相変わらず大きいリボンで髪をポニーテールにまとめている。それにしても、いきなり怒鳴りこまれてもなあ。とにかく説明してもらわなければ。
「結婚結婚って、いったいなんなんだよ」
「あんたが中二の子と結婚するって噂になってんのよ!」
「は、はあっ!?」
「中学生に手を出すなんてサイテー!」
「ちょちょちょ、待ってくれよ!」
もう三年も話してない幼馴染から急に詰問されても訳が分からない。が、中二という単語でピンとくるものがあった。……まさかお見合いの件がバレたってことか?
「……どこから聞いたんだ、その話。俺の親か?」
「はあ? なんであんたの親が出てくるのよ」
「えっ、違うの?」
「中等部に転校してきた子があんたと結婚するって言ってたの!!」
「!!!???!!??!?!?」
どどどどどういうことだよ!? なんで転校してきたお嬢様がそんなことを――
「先日はありがとうございました、真司さん」
「「ひえっ!?」」
突然少女が現れ、俺と志保は驚きのあまり飛び上がってしまった。そこにいたのはブレザー服に身を包んだ雪美。て、転校生ってまさか……!?
「ゆ、雪美……!?」
「転校してきました。今日からよろしくお願いいたします」
雪美は俺と志保にぺこりと頭を下げた。俺たちは再び顔を見合わせ、唖然としてしまう。
「そんな堅苦しい挨拶はいいって! それより、なんだって急に転校なんて」
「はい。結婚するなら少しでも真司さんと一緒にいた方が良いかと思って、転校いたしました」
「ええっ!?」
すっかりあのお見合いは流れたと思っていたのに、いつの間にか既成事実になってるじゃねーか!!
「あ、あのお見合いは断ったんじゃなかったの?」
「いえ、そんなことはしておりません」
俺はただただ動揺するばかりだった。てっきり雪美の方から断りの連絡が来るだろうと思って、俺は特に連絡などしていなかったのだ。……まさかこんな風に話が進んでいたとは思わなかった。
「あの、真司さん。この方は?」
雪美は俺の隣にいる志保を見て、不思議そうな顔をしていた。まさか本当に結婚相手が現れるとは思っていなかったのだろう、志保は完全に固まってしまっている。
「俺の幼馴染だよ。松崎志保っていうんだ」
「幼馴染……そうですか」
俺の説明を聞き、雪美は少し表情を険しくしていた。そして志保の方をじっと見て、再びぺこりと頭を下げる。
「白神雪美と申します。松崎さん、これからよろしくお願いいたします」
「え、ええ。よろしく……」
志保も動揺しているのか、挨拶する雪美に対して一言返すだけで精いっぱいだった。三人で騒いでいたせいか、いつの間にか俺たちの周りには人だかりが出来ている。
「あの子が岡本くんのフィアンセ?」
「へえ、かわいい子じゃん」
「白神家の令嬢っていうのは本当?」
俺と雪美について既にいろいろと話が出回っているようで、野次馬たちは口々にあることないこと話し合っていた。しかしよく考えたら、いったいどこからお見合いの話がバレたんだろう。俺はそっと耳打ちするように、雪美に尋ねる。
「なあ雪美、なんでみんな見合いのことを知ってるんだ?」
「いえ、私には分かりません」
「うーん、そうか」
雪美が分からないんじゃ仕方ないな。有名な白神家のことだし、きっとどこからか情報が漏れて――
「あ、あんたが自分で言ったんじゃない!」
すると突然、黙り込んでいた志保が大きな声で叫んだ。雪美は驚き、ぽかんとして目を見開いている。
「ちょ、どうしたんだよ志保」
「その子、朝のホームルームで『高等部の岡本真司さんと結婚するために転校してまいりました』って言ったらしいのよ!」
「はっ?」
「ええ、たしかにそう申し上げました。結婚すると決まっているのだから、特に問題はないはずです」
「ちょ、えっ……?」
「そしたらクラスの皆様が驚かれるものですから、不思議に思っていました」
「そりゃ驚くわよ! あんたどういう神経してるのよ!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ志保に対して、雪美は淡々と説明した。どうやら転校して早々にそんなことを言ったもんだから、あっという間に高等部にまで話が伝わってきたということだろうな。
「あら、そろそろお昼休みも終わりますわね。真司さん、またそのうち」
「ちょっと、話はまだ――」
「すまん雪美、またな!」
俺はさらに食って掛かろうとする志保をなんとか羽交い締めにしつつ、雪美に手を振った。それにしてもコイツ、なんでこんなに怒っているんだろう。中二の頃からまともに会話もしていなかったのに、何を今さら出しゃばってきたんだ。
「ねえ、いい加減離してよ真司!」
「あ、わりい」
志保がじたばたと両手を動かしたので、俺は解放してやった。野次馬たちも自分の教室へと戻っていく。志保も我に返ったのか、深呼吸して気持ちを落ち着けている。それにしても、相変わらず背が高いなあ。さすがバレーボール部で主力を張っているだけはある。
「ねえ、真司」
「なんだよ」
「……さっきの話、本当なの?」
志保は下を向き、右の耳たぶを触りながらいじらしく問いかけてきた。これはコイツの癖だ。昔から言いにくいことを言うときにこうするのだ。しかし、絶交した相手とべらべらと話すつもりはない。
「別に、お前には関係ないだろ」
「なっ、なんでよ……!」
「なんでも何も、お前から絶交したんじゃなかったのかよ」
「それはっ……、そうだけど……」
志保は縋るような声を出していた。絶交してからもたまに話す機会はあったが、決まってコイツはつっけんどんだった。こんなテンションの志保を見るのは久しぶりだな。理由を知りたいけど、もう授業が始まってしまう。
「もう昼休みも終わるし、俺も戻るぞ」
「ま、待ちなさいよ!」
「やだよ。なんでお前のために――」
「待ってよ、真司……!」
教室に戻ろうとした途端、志保は俺の制服の裾を掴んできた。その目は僅かに潤んでおり、今にも泣き出しそうな顔をしている。……絶交中とはいえ、志保のこういう顔には弱い。
「……分かったよ。ちゃんと説明してやるよ」
「ほ、ほんと?」
「俺はじーちゃんに頼まれてお見合いしただけだ。別に向こうに前向きな返事をした覚えはない」
「じゃあ、なんであの子が転校してきたの?」
「俺も分からん。多分だけど、親御さんに結婚するよう言われて仕方なくって感じじゃないかな」
「そう……なんだ」
俺の説明を聞き、志保の表情がみるみる明るくなっていく。なんだコイツ、さっきから泣いたり笑ったり忙しいな。
「真司が本当に結婚するってわけじゃないんだ」
「そんなわけないだろ、俺たち高二だぞ」
「えへへ、そういえばそうだった」
志保は照れたように笑った。懐かしいな、この笑顔。なんだか久しぶりに見た気がする。
「ところでさ、志保」
「なあに?」
「……俺がお見合いしただけでなんでそんなに焦ってたの?」
「そっ、それは……!」
予想外の質問だったようで、志保は目に見えて焦り始めた。何をそんなに慌てているんだろう。
「だから、あんたがっ……! その、中学生と結婚するとか言うからっ……!」
「別にお前とは関係ないじゃん」
「ちがっ、そうじゃなくて……!」
「なあ、なんでなんだ?」
「~~~!! 真司のバカッ!!」
志保が台詞を吐き捨てていったのと同時に、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いた。俺も教室に戻り、自分の席に座る。やれやれ、とんだ大騒ぎだったなあ。
それにしても、まさか雪美が転校してくるとは思わなかった。家の事情とはいえ、こんな歳で結婚相手を決められるなんて本当に可哀想だなあ。あの子のためにも早く断ってあげないと。
……そう思っていたのだが、事態はどんどん混沌と化していく。この日から、雪美と志保は何かと俺にまとわりついてくるようになったのである――
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