お嬢様中学生とお見合いしたら、絶交していたはずの幼馴染が騒ぎ出した
古野ジョン
第一部 陽炎に消えた少女
第1話 お見合い相手は中学生!?
学校を終えて家の前に着くと、隣の家の前に幼馴染の
ため息をつきつつ家に入ると、ちょうど母親が電話に出ているところだった。それをぼんやりと眺めていたのだが、なんだか様子がおかしい。
「あらお義父さん、
母親は不思議そうな顔で俺を手招いた。じーちゃんが俺に電話してくるとは珍しいな。いったい何の用だろうと受話器を取ってみると、意外な言葉が聞こえてきて――
『真司、お前にお見合いの話があってな』
『……は? じーちゃん、俺まだ高二だぞ?』
『分かっておる。昔の取引先のお孫さんでな、断れなかったんじゃ』
じーちゃんはかつて小さい会社を経営していて、いろいろなところと取引があったらしい。どうやら向こうの方が立場が上らしく、断るに断れなかったようだ。
『けど、なんで俺なんだよじーちゃん』
『真司は成績優秀で将来有望だからな。噂を聞きつけたんじゃないか』
『ええ、そんなことあるかなあ』
『とにかく頼む。お見合いさえしてくれれば、後は断っていいから』
『う、うん……』
***
というのが一か月前の話だ。俺は今、都内のとある料亭で一番立派な部屋にいる。横には付添人の母親がいて、向かいにはお見合い相手とその付添人がいるのだが――
「ちゅ、中学二年生……?」
「はい。先月に進級したばかりでございます」
「ず、随分と綺麗なお嬢様で……」
俺と母親は――ただただ目を見開くばかりだった。俺の目の前にいたのは、綺麗な和服に身を包んだ長髪の美少女だったのだ。気品のある目元に、しっかり通った鼻筋。クールで物静かな感じだが、一方であどけなさも残っており、いくらか幼い印象もある。
「ええと……
「
「いやいやいや、こちらこそ……」
雪美という少女は俺なんかよりよっぽど落ち着いた振る舞いで、なんだか恐縮してしまう。母親も中学生とは知らなかったらしく、ただただ苦笑いを浮かべるばかりだった。
その後、俺たちは料理を口にしながら型どおりの話をした。趣味は何で、普段は何をしていて、みたいな話だ。あまりに動揺していたもんだから、高級料理の味が全く分からなかった。
雪美はどうやら無口な性格のようで、俺が何かを聞いたときにだけ静かに答えてくれた。表情もずっと変わらないし、まさに箱入り娘といった感じだ。白神家ってのは世間でも有名な経営者一族だからな、それも当然か。
食事も終わってお茶が出てきた頃、雪美の付添人がお決まりのフレーズを言い出した。どうやら俺と雪美を二人きりにさせるらしい。
「では、そろそろ若い者だけに任せることにして……」
「え、ええ。真司、雪美さんに迷惑かけちゃだめよ」
母親は俺にそう言い残し、足早に出て行った。俺は雪美と二人、立派な部屋に残されてしまう。
「あの……雪美さん?」
「呼び捨てで構いませんわ。将来結婚することになるのですから」
「えっ!? い、いやいやそんな……」
俺は雪美の言葉に動揺し、ぶんぶんと両手を振った。流石に中学生がこんなに結婚に乗り気なわけがない。きっと親から結婚するように言われているのだろう。けど、いくらなんでも早すぎる。
「その……君は無理して結婚する必要はないんだよ?」
「えっ?」
「君のお家のことは分からないけど、親御さんに言われてお見合いしたんでしょ?」
「いえ、その……」
「結婚なんて考える必要ないよ。まだ俺たち若いんだからさ、ははは」
「……そうですか」
雪美は呟くように返事をすると、少し暗い表情で下を向いた。こんな歳でお見合いさせられるなんて、いくら白神家のご令嬢といえども可哀想に思えてきた。
「ねえ、普段は街で遊んだりするの?」
「いつもお稽古ばかりで、そんな時間はありませんから」
やっぱりいろいろと大変なんだな、きっと家ではがんじがらめの生活なんだろう。……ここはいっそのこと、お嬢様に羽目を外させてやるか!
「じゃあさ、今日くらい出かけようよ」
「えっ?」
「ほら、行こう!」
「し、真司さん……!?」
いたずらにでも誘うかのように、俺は雪美に手を差し出した。雪美は驚いた様子だったが、やがて頬を赤らめて俺の手を握ってくれた。別室で待つ母親たちにバレないようにそっと料亭を出て、俺たちは街に繰り出していく。
普段遊ぶならカラオケとかゲーセンとかだけど、流石にこんな子を連れて行くわけにはいかんしな。どこに行こうかと考えを巡らせていたのだが、雪美も同じことを考えていたらしく、戸惑ったような顔で問いかけてきた。
「真司さん、どちらに行かれるのですか……?」
「君はどうしたい?」
「えっと、その……」
「いいよ、何でも言ってごらん」
「あ、甘い物が食べたいです……」
雪美は小さな声で恥ずかしそうに答えた。てっきり完璧なお嬢様だと思っていたけど、こういうところはまだお子様らしいな。
「よっしゃ、じゃあいい店に連れて行ってあげるよ」
「本当ですか……?」
「ああ、おいで」
俺は雪美の手を引くようにして、近くの小さな喫茶店に向かった。そこは都会の隠れ家といった感じで、以前道に迷っていたときにたまたま見つけた店だ。細い路地を何度か曲がって店の前に着くと、雪美は胸を躍らせたような表情をしていた。ポーカーフェイスだと思っていたけど、こんな顔も出来たんだなあ。
「いらっしゃいま……おっ、今日はデートかい?」
「あはは、そんなとこです。テーブル席空いてますか?」
「ああ、構わないよ」
店に入ると、顔なじみのマスターが出迎えてくれた。俺と雪美は向かい合って席につく。備え付けのメニュー表を差し出すと、雪美は真剣な表情でそれを眺めていた。間もなくして、店員が注文を取りにやってくる。
「何になさいますか?」
「僕はコーヒーで。雪美はどうする?」
「その……、これでお願いします」
雪美が指さしていたのは、この店で一番大きいパフェだった。イチゴと生クリームをふんだんに使ったもので、これ目当ての常連も多いくらいだ。財布には痛いが、せっかくこの子が食べたいと言ってるんだ。まあ、いいか。
「はい、かしこまりました~」
店員が去っていくと、雪美はすっかり顔が真っ赤になっていた。料亭の時とは全く違う印象だな。俺はコップの水をちびちびと飲みながら、改めて雪美と会話を交わした。
「普段はパフェとか食べないの?」
「あまり外食することもありませんから、そうなるとなかなか……」
「それは可哀そうだなあ」
「それより、真司さん」
「ん、なんだい?」
「きょ、今日のお見合いのことなんですけど……」
かなり恥ずかしいのか、雪美はすっかり小さくなっていた。そういや今日はお見合いだったな、すっかり忘れてた。
「ああ、さっきも言ったけど断ってくれていいから。君だって嫌だろう?」
「いえ、そんなことはっ」
「俺も貴重な経験が出来て楽しかったよ。高校生でお見合いなんてなかなかないからね、ははは」
「ですから、あの――」
「いちごパフェとコーヒー、お待たせしました~」
俺たちの会話を遮るようにして、店員が現れた。相変わらずでけえな、この店のパフェ。俺はスプーンを差し出してやり、食べるように促す。
「ほら、アイスが溶けちゃう前に食べなよ」
「あ、はい。いただきます……!」
さっき何かを言おうとしていたはずの雪美だが、目の前のパフェに心が奪われてしまったようだ。雪美はすっかり無我夢中でスプーンを動かし、美味しそうに頬張っている。てっきりクールなお嬢様だと思っていたけど、こんな無邪気なところもあるなんてなんだか可愛いな。
「どう、美味しい?」
「はい! 美味しいです……!」
「そうか、それは良かったよ」
普段は息苦しい生活を送っているんだろうし、こうやって羽を伸ばす日も必要だよな。最初はお見合いって聞いてびっくりしたけど、この子が楽しく過ごせたならこれでいい気がするなあ。俺はしみじみとしながら、幸せそうにパフェを食べ進める雪美を眺めていた――
***
あの後、いつの間にか喫茶店の前に迎えの車が来ていて、雪美はそれに乗せられて帰っていった。今日はあのお見合いがあってから初めての平日だ。昼休みにぼーっとしていると、教室がなんだか騒がしい。
「おい、聞いたか? 中等部にすげえお嬢様が転校してきたらしいぞ」
「聞いたよ、でもなんでうちの学校なんだろうな」
へえ、高等部にまで噂が伝わってくるなんてよっぽど凄い奴なんだろうな。まあ俺には関係ないことだ――
「ちょっと、どういうことよ真司!!」
突然教室の扉が開き、そこに現れた女子が俺の名を大声で叫んだ。驚いて扉の方を向くと、そこにいたのは幼馴染の志保。
「な、なんだよ急に!?」
「なんだも何もないわよ!!」
俺が大声で怒鳴り返すと、志保は教室に入ってつかつかと俺の方に歩いてきた。コイツとは中学時代にひと悶着あって、それ以来絶交していたのだ。一切口も聞いていなかったのに、何を今さら――
「あんた、中学生と結婚するってどういうことよ!?」
「なななな、なんじゃそりゃあああああああああ!!?」
俺と志保の絶叫が、校舎中に響き渡った――
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