第57話

 やっぱり、君は、いつまでも、傍にいてくれた。




 風がそよぐ中、僕は、ぼうっと空を眺めて車椅子に座っていた。それを引いてくれるのは一人の女の子である。


 もうちょっと見上げると、その女の子の綺麗な顔が下から見えて、心の内、胸を高鳴らせながら、僕は視線を変えて、過ぎて行く景色を眺めていた。


 僕は、一体。


 僕は、絶対、何かを忘れている。


 この、僕の車いすを押してくれている女の子の何も知らないはずがない。


「僕は、君に対して、何か忘れているのか?」


 その女の子は僕の言葉を聞いて、ゆっくりと首を振る。


「いいえ、陸さんは、なにも忘れてなんていません、やっぱり……」


「ティファだ。僕にはとっても大切なアンドロイドがいてね、僕はそのアンドロイドにとてもお世話になったんだ。正直、僕は好きだったんだと思う」


 僕は何気なく話をした。


だが、ティファはもう僕の前にはいないんだよな。


「そのティファですが……」


「ああ、ごめんね。関係のない人のことを話してしまって。良いんだ、気にしないでくれ」


 その女の子は僕を見て悲しそうな瞳をして言った。


「陸さん、あなたは本当に」


 風を通して聞こえたその声は、僅かにティファの声と似ていた気がする。


「うぅ」


 と僕は身震いを一つ。


「陸さん、寒いでしょう」


 その女の子は、僕の膝にブランケットを掛けてくれた。


「別にいいのに」


 遠慮する僕。


 だが、女の子は優しく僕の手に自分の手を添えながら言ってくれた。


「風が強くなってきたので、暖かくしてもらわないと困ります」


「そうか、ありがとう」


 僕は静かに笑みを見せた。


「僕の独り言なんだけどね、僕が強く生き続けた理由は主に二人のためにあったんだ。一人は涼香というさっきの女の子だ。涼香の笑顔をひたすら望み続けながら僕は待っていたが、今、涼香の笑顔を見ていて、本当に待っていてよかった、と思えているよ。もう一人は……、容姿が涼香に似ているが別人の、凄く真面目で……、ちょっと変わった、ティファというアンドロイドだ。ティファにはいつもたくさん助けられてね。たくさんの時間と日々を過ごしていたはずなのに、今となっては僕がティファと過ごしてきた時間はあっという間だったと思えてしまう。心が不安に満ちた時には、僕が立ち直れるまでずっと傍にいてくれた。その代わり、僕もそのティファを支えようと頑張ることが出来てね。僕はいつの間にか、そのアンドロイドに安心感を覚えるようになっていたんだ。そんな二人を僕は絶対に忘れたりしない」


 僕はその女の子に話を聞いてもらった。


 その女の子がぽとりと涙を流す瞬間を見た。


 だが、僕にとっては何故かわからなかったのだが。


 最後にその女の子は笑ってくれた。


「ありがとうございます」


 何故だかわからないが、その瞬間、僕は一生で一度の、絶対に忘れることのない、濃い感情になっていた。

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